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179瑞希と蒼次

 女水夫の瑞希みずきは男勝りによく働く。


 女としては大きい四尺二寸(およそ百六十センチメートル)の柔軟な筋肉質のアスリートのような体格に、塩気に脱色気味の肩口までの長い髪を額の辺りで布を撒き目に髪が掛からないように工夫している。キリリと弧を描く眉に、黒目勝ちの二重、鼻筋は通り、口は拳が入るほど大きい。


 それに、瑞希は、太陽の光と、潮風を全身に浴びながらよく笑うのだ。その様は、なんとも爽やかで美しい。


「まったく、瑞希は海の女神じゃ。蒼次そうじさえ生きておればのう」


「なにをいってるのさ魚次うおじのお父っさん、蒼次は今も生きているよ。あたしの心の中に……」



 瑞希の許嫁の蒼次は、尾張(現在の愛知県西部)熱田港から、伊勢、鳥羽、和歌山、堺を結ぶ南海路を航海する船長だった。江戸時代に菱垣廻船、樽回船と太平洋をすすむこの航路が確立されるが、現在は戦国、この航路は船長の経験と器量頼りの命がけの航路であった。


 蒼次は、この命がけの航路をたくさんの荒くれ者を従えて走る船長だった。


 大坂の商人の自由都市堺と、東海地方を結ぶこの南海路は金の眠る海と呼ばれた。一度の航海で、一年は遊んで暮らせる金を得て、その日暮らしの水夫には格好の金ずるだった。


 しかし、そのドル箱商売に、鳥羽に根をはる海賊の長、九鬼嘉隆が待ったをかけた。


 鳥羽の港は、伊勢志摩の南海道の太平洋を巡るルートの入り口にあたる。その入り口で、九鬼嘉隆は、暴利な通行税を貸したのだ。それは、儲けの半分にあたる。


 大方の船乗りたちは、武力に勝るこの九鬼嘉隆の申し出を泣く泣く受け入れたが、蒼次は聞き入れなかった。蒼次は九鬼嘉隆に、立ち向かったのだ。


 蒼次の戦いは、武力、資金力、知名度に勝る九鬼嘉隆が、蒼次の胴元、安全な航路の確保を優先する伊勢屋の裏切りにあいあっけなく敗退した。


 哀れ蒼次は、許嫁の瑞希を残して、海の藻屑となってしまった。


 この度、林通政が集めた命知らずの水夫たちというのが、散り散りに四散していた蒼次の仲間たちなのだ。


 蒼次の仲間の生き残りは、蒼次の船の副船長だった魚次の父っさん、蒼次の船の切り込み隊長だった隻眼の鯱三、航海士だった許嫁の瑞希だ。


 魚次は、蒼次の元にいたころも父っさんだから、現在は、老人だ。鯱三は、蒼次の死後、船員の半分を吸収し九鬼嘉隆の下請け、助っ人の船乗りの口入屋(派遣会社のようなもの)をしている。瑞希は、蒼次を慕う者たちを集めて細々と九鬼嘉隆の目の届かない小商いの航路を走っている。

 それが、今回の信長の長島侵攻と林通政の大金によって、図らずも蒼次の仲間たちが顔を揃えたのだ。



 大福帳を抱えた林通政の家臣、寺本てらもと通政みちまさが、搬入された織田家の物資を確認作業をしている。


 それを見た鯱三と子分の三人の男たちが、ワザと寺本通政の足元に転がるように、小樽を転がした。


 ヒョロ長の寺本は、まるで、ボーリングのピンのように大福帳を放り投げて弾け飛んだ。


「わっはっは~」


 鯱三たちは、まじめ一本に生きて来た寺本をバカにして笑った。


 これには、さすがの寺本も腰に刀をぶら下げた侍である。刀は引き抜かないまでも、武士の面目を潰されるわけには行かない。起き上がるなり、鯱三たち荒くれ者たちに一言注意しておこうと、


「おい、鯱三! お主たちもあぶらを売っておらんで、織田家の物資は次々と運び込まれるのだ、少しは手伝ったらどうだ」


 寺本にしては不良を相手によく言えた。


「はぁ~?」


 寺本は、尚も優しく、


「鯱三、お主も、手伝えと申しておるのじゃ」


「はぁ~? 海の音がうるさくてまったく聞こえませぬな」


 これには、さすがの寺本も、語気を強めて、


「もう一度言うぞ、鯱三、お主たちも手伝え」


「分かりましたぞ寺本様……」


 そういうと、鯱三は、手に持った酒瓶を、寺本の頭からトクトクと注いだ。


 頭から、酒を引っ掛けられた寺本は、笑いながら、


「これ、冗談はやめぬか!」


 と、ここでこやつらに逆らって出港がおくれれば、取り返しのつかぬことになると、心の奥底へ怒りをグッと押し込めて諭して聞かせた。


「はぁ? そうかそうか、寺本様はもっと、酔いたいそうだ。もっと、酒を持ってこい!」


 鯱三は、侍の癖に力に劣る寺本を完全にバカにしている。


「よせ、よせ、よせ……」


 鯱三とその仲間たちは、寺本を羽交い絞めにして、無理やり、その口に酒を飲み込ませた。


「お、なかなかやるな寺本の旦那、旦那が、その陽気じゃ、今日は仕事にならねや、みんな、今日は酒盛りじゃ。酒じゃ、酒、酒を持ってこい!」



 と、そこに、ツカツカツカと瑞希が鯱三に近づいて来た。


「なんだ瑞希、オレに酌をしようってか?」


「寺本様を放しなさい」


「やってみろよ」


 鯱三は薄笑いを浮かべて、出来るものならやって見ろよと、子馬鹿にしている。


 瑞希は、力に勝る男たちの悪ふざけに負けじと、寺本の身体を振りほどいた。


 解放された寺本も侍、この場合は、鎌倉以来の武士の端くれである。たくさんの面前で馬鹿にされたのだ、武士が面目を保つためには、相手を殺すか、自分が腹を切るかしかない。


 力に劣る寺本は、短刀を引き抜いて、自分の腹に突き立てようとした。


「おやめください」


 瑞希が、寸前のところで、短刀を押しとどめた。


 その様子を見た鯱三は、


「おおっ、武士の鑑の寺本様が腹を召すというに、武士道のわからない、女に止められ慰み者になったぞ、わっはっは~」


 それを聞いた瑞希は、ツカツカツカと、鯱三の面前に来ると、力一杯、頬面を張り飛ばした。


「卑怯者! あなたこそ寺本様の武士道を知らない犬畜生に劣る劣悪漢です」


「なんだと~?」


 鯱三は、瑞希の腕を掴んで吊り上げた。


「放せ、放さぬか!」


 鯱三は、瑞希の女の胸にブルブルと顔をこすり付けて、


「たまらん、女の匂いだ。オレは、蒼次が羨ましくてたまらなかったのよ。瑞希、いつかお前を蒼次から奪い取って寄ろうとづっと考えていたのだ」


「誰か早く林様を!」


 瑞希を慕う水夫の一人がそう声を上げた。


「だれだ、オレを裏切るのは?」


 鯱三が、憎たらしい目を、甲板周に送った。


 みんな、目を伏せた。


「この船には、たとえ、侍だろうと、オレに逆らう奴はいないよな、ここは、オレの船だ!わっはっはっは~」




 つづく

どうも、こんにちは星川です。

世間は、オリンピック開始の時期は連休だとか、星川さん、誰にも求められてないけど、必ずとは、約束はできませんが、日曜まで、ストック書けたら、書いて出ししちゃいます。

出来ないかもしれないけど、ちょっと、頑張ります!


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