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177海の女、瑞希(左近のターン)

 織田信長自身の采配で伊勢長島侵攻の準備は整った。


 武器弾薬、兵糧を山と積んだ船舶は満帆の船出だ。


「こらぁ、今日の出向は見合わせだ」


 船長の操助そうすけが海の男らしい潮の流れにしかにも縛られないぶっきらぼうな言葉を発した。


「どういうことだ操助」


「そら、今日は潮目が悪いんだよ」


 出港を見合わせよという操助の言葉に、林通政がすがるように食い下がった。


「それは困る。今日出港せねば、陸と海から攻め込むという大殿の作戦を不意にすることとなる」


「あんた、そんなこと言ったって、これから天候は荒れて、とても船を出す天気じゃなくなっちまうよ。とても預かり者の船を沈めるような真似はできねぇよ」


「そこをなんとかできぬか。金ならいくらでも出すぞ」


 と、林通政はすがりつく。


「ダメだ、ダメだ。オレたちゃ水夫だ。天の神様、海の神様にはとてもじゃないが、ちっぽけな人間は勝てやしねぇんだ。あきらめな」


 と、そこへ渡辺勘兵衛こと、現代の高校生時生カケルの肉体と魂の入れ替わった嶋左近が通りかかった。


「林様、なにか?」



 飯屋へ入り昼食を林通政と、向かい合わせで食う左近。通政は、店の親爺に頼んで粥に梅干しを落としてもらったものを食し、左近は、飯と魚と、味噌汁にお新香である。いつも通り左近は、一心不乱に飯を食らう。対して、通政はシトリ、シトリと粥を啜る手も止まりがちだ。


「はぁ~、万事休すじゃ……」


 林通政が、ついに根をあげた。


「大殿の長島侵攻が決まってからワシの手配は難題ばかり、どれ一つとして、スッキリ事が運んだものがない」


 左近は、グッと、最後に茶をすすって、、


「林様、此度はなにが問題なのでございますか?」


「実はな、明日、出港の手筈なのじゃが、船長の操助が、天候を気にして中止を申し出たのじゃ。しかし、大殿との手筈通りならば、明日、必ず出港せねば間に合わん。ワシは、一体どうしたらよいのじゃ」


 と頭を抱えた。


 左近は、腕を組んでしばし思案した……。


「!」


「おう、渡辺殿なんぞ名案が浮かびましたか?」


 左近は、ぱっと、開けたような表情をして、


「大殿へ使いを出し出兵を一日遅らせてもらいましょう。さて、その使いならワタシが引き受けますが……」


「あいや、待たれよ渡辺殿。その義は早まらんでほしい。よく聞いて欲しいのじゃが、ワシの林家は、此度の戦奉行の成否によって、大殿より厳しい査定をあずかることとなるはずじゃ。それが、散々、大殿の計画を邪魔してみろ、査定も何もあったものではなくなってしまうのだ」


「そう、おっしゃっても海がしけて、操船する水夫が集まらないとなると、船もまともに動きませぬぞ。やはり、大殿には待ってもらうしかございませぬ」


 そう言って左近は立ちかけた。


「あいや、あいや、しばらく!」


「その使い。やはり、ワシが行く!」


「しかし、林殿は、体の具合が思わしくござりませんのに」


「さればこそじゃ、大殿に代理を立てるなぞしようものなら、血気にはやる大殿のことじゃ、スグに、ワシは戦奉行を解任されて、代わりに側近の堀久太郎などに任せてしまわれよう。そんなことになったら筆頭家老林家の面目は丸つぶれじゃ。やはり、ワシ自己から参る」


「林殿がそこまでおっしゃられるのなら、外野のワタシはもう何も言いますまい」




 一度嘘をつき始めると、嘘を守るために、更なる、嘘を重ねて、やがて雪だるま式に嘘が山積みになり、やがて、本人がその嘘によって押しつぶれるという。


 林通政は、海がしけて操船する水夫が船を降りてしまって、明日、船を出せないことを、主、織田信長へ伝えなかった。


 しかし、翌日、船はしけた海を走り出した。


 通政は、金を積んで、船長の操助に頼み込み、金に目の無い命知らずの水夫をかき集めなんとか、予定通りの出港にこぎつけたのだ。


 金でかき集めた水夫は、酒で失敗する者、喧嘩っ早くて気が短い者、事故や戦で体に不自由のある者、老いた者、女……。


 通政の水夫は、常備の水夫とは違い、一癖も、二癖もある者ばかりだ。



 通政が操助と軍議を終えて甲板へ出ると、風に乗って走り出した船を良いことに、隻眼の水夫が、仲間の水夫と車座になり、花札博打を始めている。


 戦の最中の博打なぞは、命を張る男たちの陣中ではよくあることだ。通政も、それぐらいは大目に見ようと行きかけた。


「きゃ~! やめてよ!!」


 博打好きの隻眼の男が、そこを通りかかった女水夫の腰を抱えて押し倒した。


「いいじゃないか、瑞希みずき。命を賭けた船旅じゃ、お前も知らぬわけではあるまい。楽しくいこうぜ」


 隻眼の男は、嫌がる瑞希に、むっちり毛むくじゃらの上半身を脱いで、馬乗りになった。


 押さえつけられた瑞希は、潮に焼け気の強い精悍な顔つきである。馬乗りになって、唇を吸いに来た隻眼の男に、ペッ! とツバを吐きかけた。


鯱三しゃちぞう、あたしの男はあんたのような卑怯者じゃないんだよ。そこをお退きなサンピン!」


 と、威勢よく言い返した。


 瑞希の言葉で、眉間にシワを寄せた鯱三は、瑞希に吐きかけられたツバを手で拭って、その手を舐めあげた。そうして、いきなり、動けない瑞希の頬を張り飛ばした。


「うるせえ! 瑞希、もうおめえの旦那の海の蒼次そうじはもうこの世にいねえんだ。調子に乗るなよ」


 鯱三は、そういうと、「おい、おめぇたち、こいつの手足を押さえつけろ。はじめにオレがたっぷりと味わったあと、こいつはおめぇたちの好きにしていいからな」


「放せ! 鯱三、わたしは、お前のような卑怯者の女にはならない!!」


 そう言って暴れる瑞希と、林通政はピタリと目が合った。通政は、罪悪感にかられつつも、ここで力の強い水夫たちにへそを曲げられでもしたら一大事に思い。静かに、目を伏せて見て見ぬふりを決め込んだ。


「これは、許せぬ!!」


 通政の後から、甲板へ上がって来た渡辺勘兵衛こと左近が、瑞希に乱暴を働こうとする鯱三を見つけた。


 左近は、士道に反する男を許せない。


「おい、お前、それ以上調子に乗ると、そのそっ首救い上げてくれよう」


 左近は、抜刀し、鯱三の喉元を跳ね上げんばかりに刀を振るった。


 さすがの鯱三も、切れ味鋭い左近の剣筋に、一気に顔を青ざめて、


「おいおい、侍さんよ。刀を引いてくれよ、これは、ただの船旅の遊戯じゃないか」


 左近は、キッパリと、


「ほう、ワシにはとても遊戯には見えなんだ。もう少しで、そのそっ首打ち落とすところであったわ。すまぬ」


 と、刀を引いた。


 血の気の引いた青い顔をした鯱三は身体が固まったように、馬乗りになった瑞希の身体から、仰け反りに足元へ倒れ込んだ。


 左近は、瑞希の手足を押さえる仲間の水夫たちにも、


「そなたたちも、ちと、いたずらがすぎるぞ!」


 と、鋭い眼光を放って追い散らした。




 つづく







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