175第二次長島侵攻 林通政と織田信長(左近のターン)
現代の高校生時生カケルと魂が入れ替わった嶋左近は、この時代では、訳あって明智家家臣、渡辺勘兵衛を名乗っている。左近は、信長の第二次長島侵攻の激に動き始め船舶の手配のため伊勢屋との交渉にあたっていた織田家家老、林秀貞の子、通政と懇意になった。
左近は、京都所司代村井貞勝の元で吏僚の経験を積んだ左近は、第二次長島侵攻作戦の間、前線司令官の林家へ後方支援専門の部隊の一員として派遣となった。
尾張国熱田の港には、米、弾薬、槍、刀、物資が伊勢屋から林通政が、信長の子供を人質に差し出して借り受けた船舶に積み込まれて行く。
帳簿を開いて補給物資の手配をする左近は、高く積まれた物資の山の影で、下っ腹を押さえ吐き戻す林通政を見かけた。
「林殿、お身体大丈夫でございますか?」
林通政は、左近と気づいて、
「構わぬ、何でもない」
と、振り払って行こうとするのだが、再び、腹の底から吐き気をもよおしてきて、グワッと胃の中の物を吐き戻した。
「林様、何も食されておられぬのですか?」
左近は、通政が吐き散らした胃の内容物が水分だけなのを見て取った。
「すまぬが、渡辺殿、構わんでくれ」
「しかし……」
それでも、左近を振り払って行こうとする通政であったが、グラリ、力なく倒れた。
左近は、青白い顔の通政の額に手をやり、腕の脈を診た。
「これはいかん。すごい熱で衰弱しておる。だれか、戸板を持ってくるのだ。すぐに、屋敷に運んで医者に診せるのだ」
一時ばかり寝たであろうか、屋敷で横になる通政が重たい瞼を開いた。
「林殿、意識が戻られましたな」
通政の脈をとる医者の傍らに控える左近が声をかけた。
脈をはかった医者は、「これならば!」と頷いて、後ろへ下がった。
左近は、通政の乾いた唇に、白湯で湿らせた手拭をあてがいシトリと吸わせた。渇きを潤した通政は、擦れるような声で重い口を開いた。
「ワシはどれくらい眠って居ったのだ」
「丸三日にござります」
「いかぬ、それほどに!」
通政が全身に力が入らない体で、飛び起きようとするのを左近が押しとどめた。
「林様、今は身体を休めて下され」
「しかし、ワシが休めば、戦支度がそれだけ遅れてしまう。そうなれば……」
「林様、心配にはおよびませぬ。戦支度の方は、ワタクシが御家老に許可をとり、通政様が戻られるまで任されております」
通政は、胸を撫でおろして、
「なにからなにまでかたじけない渡辺殿。一生の恩にきる」
左近は、首を振って、
「いやいや、気にせんで下され。某は、生来のお節介ものゆへ乗り掛かった舟。お節介承知で勝手に首を突っ込んだまでにございます。しかし、此度の林殿の悩みの種は……」
「知っておるのか?」
「当て推量ですが……」
林通政は、左近以外の者を手で払う仕草を見せ退出させた。
「そうだ、伊勢屋へは大殿の御子息は差し出しておらん」
「やはり、替え玉にござるか?」
「ああ、替え玉には大殿の御子息、大洞様と年恰好が近いワシの息子 蝉ノ介を差し出したのじゃ」
「林様、それが伊勢屋へ知れては、蝉ノ介様のお命は!」
「覚悟の上じゃ。それに、幼いながら蝉ノ介にはよう言い含めて居る。あ奴も承知じゃ」
「なんと不憫な……」
「これも、武家の子の定め……」
「分かりました。この渡辺勘兵衛、長島攻めの間、林様の御心が少しでも軽うなるように手足となって働きまする。なんなりとお申し付け下され」
林通政は、乾いた瞼に涙をためて、押し頂くように左近の手をこすり押し頂いた。
「かたじけない。かたじけない渡辺勘兵衛殿。そなたのような理解者が出来てワシの心はどれほど軽うなったか。この恩には必ず、必ず、報いるからのう」
それを聞いた左近は、台所へ向かって、
「誰か、誰か、林殿は回復されたぞ、早う、粥をもて」
「はい!」
翌日、熱田港にはやつれて頬の肉が削げ落ちた林通政の姿が立っていた。左近という理解者が生まれて何分心が軽くなったのか、通政の目には活力が戻っている。それに、飯を食うまでに回復している。
「皆の者、急ぐのじゃ、伊勢長島攻めはすぐそこまで迫っておるぞ、皆の者、急いで働け!!」
と、そこへ、西洋の鎧兜に漆黒のマントを付けた男が白馬に跨り乗り付けた。
織田弾正忠信長だ。
近江(滋賀県)の浅井長政、越前(福井県)の朝倉義景を平らげた織田信長は、一層、冷たい眼光を放つようになった。
「これは、大殿直々のお出まし痛み入ります」
林通政は、信長の足元へひれ伏さんばかりに頭を下げた。
「で、あるか」
信長は、通政を歯牙にもかけず、駒を進めて、「それ!」と、それに続く堀久太郎、菅谷長頼、福富秀勝、大津長昌、矢部家定、長谷川秀一、万見重元の側近衆に鞭で指示を出した。
すると、側近衆は、騎馬のまま、物資の差配をする通政配下の重臣から、帳簿を取り上げて、直接差配を取り替わった。
「大殿、何をなさるのです!」
通政は、通政の差配を不満に思うかのように取り上げた信長に食い下がった。
凡庸な通政にも、筆頭家老、林秀貞の息子で、伊勢長島攻めの差配を任されている面子がある。いくら、大殿信長自己の采配とはいえ、こうも眼前で差配の実権を奪われると、今後、筆頭家老林家の面子は成り立たない。
クルリ!
信長は、側近連に差配を振るっていた鞭をピシャリと林通政に振り下ろした。
「通政、勝手がすぎるぞ!」
「大殿、何のことでござりまするか、通政そのようなことは、身に覚えがございませぬ!」
ピシャリ!
信長は再び、通政に鞭を振り下ろして、
「そなたが、勝手にワシの息子の替え玉を伊勢屋へ差し出したのは聞き及んでおる。よくも、勝手なことをやってくれたな」
「それは、大殿……クッ!」
「黙れ! 通政!!」
信長は、通政の話は一切聞かずに、公衆の面前で筆頭家老の林秀貞の子、林通政を散々に鞭打った。
つづく
こんばんは、星川です。
歴史的資料に乏しい林道政。拙作では華々しい活躍の武辺者ではなく、裏方に回ることが多い文官をとりあげてます。
武将と言えども普通の人、天才の信長とのはざまで苦しむ秀貞の苦悩を描いてみました。
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