174竹中家にこの人あり植田田ノ助爺。国造りの礎は人にあり!(カケルのターン)
まだ、陽も明けきらぬ早朝にカケルは竹中半兵衛に起こされた。
カケルは目を擦って、布団から身を起こすと、頭に鉢巻、衣服は麻衣、腰には手拭を突っ込み、すでに農業の支度をした半兵衛が右手に鍬を持ち立っていた。
「左近、すぐに顔を洗って身支度を整えよ」
と、鍬を突き出した。
半兵衛の領地、垂井、関ケ原は、伊吹山と揖斐川の恵みを受けて農作物が良く育つ。米、小麦、大豆の穀物に始まり、水菜、小松菜、大根、枝豆、フキ、ネギ、たまねぎと一通りの農作物が採れる。
半兵衛は、蔵屋敷に山と積まれた俵を一俵開いて、中身を手に取ってカケルに広げて見せた。
「この茶色いお米みたいのなんですか? 米? 小麦?」
他人が作った農作物をスーパーで買う、現代人のカケルには、精米した白米以外は、米も、小麦も見分けはつかない。
「これは、米造りの要となる種籾だ」
「種籾?」
「種籾は、田圃の中でも選り抜きの稲から選ぶ。それを脱穀するのだが、我が領内では、味の良い米を作るため、千歯抜きは使わぬ。すべて手作業で種籾を取り出すのだ」
「ええ~っ、そんな、めんどくさいことしなくてもコンバインを使えば簡単に出来んじゃないの?」
「コンバイン?! 聞きなれぬ道具のようだが。そのような道具は我が領内にはない。我らが使える脱穀方法はこの手じゃ。左近よわたしの手元をよく見て真似て見よ」
と、いうと半兵衛は、器用に指先で種籾を千切ってゆく。
辺りが明るくなった頃、カケルは、半兵衛を真似て種籾取りが様になってきた。
「よし、そろそろ、辰の刻(午前七~九時頃のこと)だ。次に行くぞ」
半兵衛に伴われてカケルは、綺麗に収穫の終わった田圃へ出た。
「これは、半兵衛様。毎日の直々のお出ましご苦労様でございまする」
「田ノ助爺もご苦労なことじゃ。いくつになった」
「オラがまだ半兵衛様のお父上の頃に足軽をしていた頃が四十八だもんで、今の半兵衛様のお歳を足したらオラの年齢だがね」
「そうか、わたしは三十路であるから、四十八を足したら、おお、田ノ助爺。もしや、八十路ではあるまいか!?」
「ほ~う、それで、最近、膝や腰が痛みまするので」
「田ノ助爺や、そろそろ家長を息子の田吾作に譲ってはどうか?」
田ノ助は頑固そうに口を真一文字に結んで、
「うんにゃ、田吾作は、まだ、若けぇ~から、まだまだ、半兵衛様にくっついてお役に立たねばなりませぬオラが引退するのはまだ先でですだ」
半兵衛は呆れたように、
「田ノ助、息子の田吾作はいくつじゃと思う」
「そうですのう、半兵衛様と同年代の三十路を回った辺りでしたかのう?」
「いいや、田ノ助。田吾作は、もう、四十八じゃ。最近では、田吾作の息子、田造もわたしの元手働いてくれておるのだ」
「そうでしたかのう? 田造はまだ鼻たれ小僧と思っとりましたがそんなことで」
「はっはっは、竹中の家は、田ノ助。お主のような忠義者の百姓が、わたしの手足となって額に汗して働いてくれるから成り立っておるのだ」
「なにをおっしゃいます半兵衛様、オラたちのような百姓とならんで田圃に入って、誰より早く一番しんどい野良仕事を引き受ける御領主様が他におらんですよ。オラたちは、半兵衛様を見習って働いておるだけだがね」
「いいや、田ノ助爺、お主は、わたしより早く田圃に出て居るではないか、この半兵衛を出し抜いて先回り致すのは、天下広といえど、田ノ助爺をおいて他に居らんで」
今孔明と呼ばれるほどの軍師になった今でも、この竹中半兵衛重治という漢は、一切、この時代の最底辺に当たる百姓を相手にしても偉ぶるところはなく、気さくに談笑をかわしながら自己から泥の中に足を突っ込み、分け隔てなく付き合っている。力あるものが正義、身分の隔たりが大きいこの戦国で、竹中半兵衛重治という人物は稀有な領主である。
「今日はのう、ワタシの野良仕事の先生の田ノ助爺にみっちり教育をつけてもらおうと若い者をつれてきた。おい、左近ここへ来て田ノ助爺に頭を下げよ」
カケルは、半兵衛に促されるままペコリと頭を下げた。
田ノ助爺は、曲がった腰を一層低く下げて、
「半兵衛様、オラのような百姓に身分あるお侍様が挨拶なんて構わねぇだがね。やめてくだせぇ~よ」
と、頭を振った。
半兵衛はキッパリと、
「いいや、田ノ助爺、この竹中の家では、侍であろうが百姓であろうが、家を支える人間に上も下もない。皆一緒くたになって前を向き、栄ある領国にする仲間であるぞ。この左近は、預かり者であるから寝食を共にする日数は三日であるが、田ノ助爺にあずけるゆへみっちり国造りを徹底的にご教授くだされよ」
「半兵衛様、オラが先生なんて飛んでもねえです。オラが教えられるのは、せいぜい、農作業くれえなものです。侍を鍛えるには、半兵衛様のお舅殿、安藤伊賀守就成様へでもお預けになられた方がよろしいのではないですかい?」
「いいや、田ノ助爺、そなたがいい。この半兵衛を出し抜いて、野良仕事に立つ者は田ノ助爺そなたをおいて他にはおらぬ。舅殿は、なかなかの器量人であるが、この半兵衛までは出し抜けまいよ。ははは……」
「半兵衛様がそうまでおっしゃるならば、この田ノ助爺が引き受けますけども、オラが教えられるのはせいぜい野良仕事ぐれぇだがね?」
「うむ、それでよい」
こうして、竹中家でのカケルの師匠が決まった。
つづく
こんばんは、星川です。
竹中半兵衛、最近は、ゲームの戦国無双シリーズや、戦国BASARAなどで、取り上げられることが増えた武将。
私の子供の頃は、竹中半兵衛は無名に近い存在でした。
しかし、様々な物語で、豊臣秀吉を導いた先見性や、私利私欲に走らない誠実性、
半兵衛の後を引き継ぐ黒田官兵衛が裏切ったと思われ、人質の長政を処断せよと信長に命ぜられた時、己の首を賭けて匿った漢気。
拙作の筆を執る最初の段階では、主人公は、島左近ではなく、竹中半兵衛でした。
それも、転生なしの歴史小説で。
私が、Web小説界隈への参戦がかなり後発のため、竹中半兵衛と言えば、紙の本になってるWeb小説がすでにありました。
よって、私は主人公を、左近に据えて、それだけでは、エピソードが乏しいので、現代の高校生、時生カケルと入れ替わった視点で描き始めました……。