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171第二次長島侵攻 大湊の豪商伊勢屋三津五郎と林通政(左近のターン)

 天正元年(一五七三)九月、信長包囲網、浅井・朝倉、将軍・足利義昭を駆逐した織田信長は、織田家領内で反乱を起こす、次なる敵、伊勢・長島一向一揆討伐のため兵をあげた。


 織田信長が、伊勢長島の一向一揆を攻めるのは、これが二度目である。


 一度目は、実質的な一向一揆を先導する本願寺の僧官たちとの戦いであった。


 しかし、今回は二度目。伊勢長島のある北勢は、北勢四十八家と呼ばれる小規模の豪族が連携協力していた。伊勢の国司で北畠家の養子に入った織田信長の次男、北畠信雄きたばたけのぶかつ(後の織田信雄)の伊勢統治に反旗を翻した。


 この時期の伊勢は、織田信長の相次ぐ出兵でその軍資金を調達すべく、この北勢の北勢四十四家にも重税と軍役が課されていた。


 北勢四十八は、元々、四十八の自由都市の連合体だ。国司の北畠氏とそうしていたように、現代で言うところのコンビニ本部とフランチャイズ・オーナーがの関係だ。地域で数店舗を運営し、それが北畠家から織田家へ本部が変わっても、北勢四十八地域のフランチャイズオーナーは、本部の締め付けに反旗を翻して対等な立場を求める。


 北勢四十八家には、中心になる人物はいない。それぞれの領主が、一向宗への信仰心で、織田信長へ不満を爆発させ決起したのだ。中心人物がいるならば、その人物を討伐すれば事が済むのだが、北勢の四十八家は、一向宗への信心で連携はしてはいるものの、その実際はバラバラの考えを持つフランチャイズオーナーでしかない。反乱は地域に詳しいオーナーが本部にゲリラ戦を仕掛ける構図だ。


 ――伊勢・大湊おおみなと――


 伊勢侵攻の織田家の拠点、尾張・津島からの船に揺られて、織田家筆頭家老の林秀貞の子、林通政はやしみちさだが、大湊(現在の伊勢市)の港に降り立った。


 潮風が通政の髪を梳くように流れた。

(ここの潮風は尾張と違って爽やかじゃ)


 海路からの補給路断絶で、第一次長島一向一揆討伐に失敗した織田信長は、その反省を生かして、此度の侵攻では、海上封鎖をして補給路を断ち、陸から一揆勢の長島城を攻略する作戦だ。


 信長は、海路封鎖のため、数多の船舶を確保するたことにした。そこで、通政を伊勢の商都大湊へ交渉へ派遣した。


 通政は、大湊をまとめる会合衆えごうしゅう(自治をする大商人の寄り合い)との会談をとりつけた。


 会合衆をまとめるのは、伊勢屋三津五郎。御年八一歳になる重鎮で、店は息子の巳之助に任せて自分は会合衆を使い全国に散らばる伊勢屋のネットワークを駆使して、東海地方を裏で牛耳っている。


「これはこれは、破竹の勢いの織田様からのお使いのお名前はなんでしたかな?」


 三津五郎ほどの人物である、歳は食っても、昔取った杵柄、算盤算術、記憶の類は衰えてはいない。


(この爺さんわざととぼけやがったな)


 通政は、心の中でそう思ったが、涼しい顔で、「織田家筆頭家老の林秀貞が継嗣けいし(跡継ぎのこと)林通政である」と申し出た。


 それを聞いた三津五郎は、ブルドックのような垂れ下がった頬肉を揺らして、


「はあ、林様のご子息ですかこれは失礼いたしました」


 と、失礼とは露にも思っていない。その証拠に、鳥の嘴みたいにピヨピヨ尖らせてそう言った。

(まったく、食えない爺さんだ)


「ほんで、本日はどんな御用で?」


 三津五郎にはすでに織田家から何度も使いを出している。長島侵攻に大湊の会合衆の持つ船舶を片っ端から借り受ける申し出を何度もしている。その度に、三津五郎は曖昧な返事をして茶を濁して来た。


「伊勢屋殿へはなんども織田家から使いが来ておるであろう」


「はて、そないでしたかな?! わたしも歳をとり、耄碌してますもので、その辺の記憶がすっぽり抜け落ちて居りましたわ。ははは」


「伊勢屋殿、わたしも子供の仕いで来ておるのではない。此度の戦、わたしは、小荷駄奉行を任された。織田家総勢十万の安全な弾薬、兵糧の確保をせねばならぬのだ。責任ある対応をしていただきたい」


 この、のらりくらりとした伊勢屋三津五郎の態度には訳がある。戦、戦、戦、戦は巨大な胃袋だ。胃袋の数が増えれば増えるだけ、食い物の消費が増える。それに合わせて高い値段の消耗品、武器防具が飛ぶように売れる。


 東海道の商いを仕切る伊勢屋三津五郎は、この織田信長が始めた戦の波を、途切れぬように、マッチメークし、次々に敵対勢力をけしかけ、的に味方に、物品を流し、簡単に、信長に攻略させないように陰に働き均衡を保っているのだ。


 伊勢屋三津五郎は脂ぎった意地の悪い顔でニタリと笑いながら通政に聞き返した。


「わたしが、責任ある対応をせねば、あなた様はどうなりますので?」


 通政は、人を小馬鹿にしたような、誰でも分かる結論に目を剥いて、


「某は、侍である。しくじれば腹を切るのみにござる」


 と、バカ正直に答えた。


「左様ですか、それは、こちらがお侍さんの身の処し方への配慮が足らず失礼申し上げました。玄関先では、込み入った話も出来ません。奥に部屋を用意しております。後の話は、奥の部屋でゆっくりと聞かせてもらいましょう」


 と、戸を開けた。





 つづく



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