170逃げる昌景、追う甲賀、その時救出に現れたのは今孔明(カケルのターン)
「ホホホ、オホホ、ついに見つけたぞ」
火矢の飛び込んできた藁ぶきの小屋は、スグに火の手が上がり、黒煙が部屋を埋めた。
「この声は、甲賀の鵜飼孫六・孫七の兄弟だ。まったく、しつこい」
「どうすんの、山県のオジサン?」
「煙が回ってると言っても、戸口を開けて逃げてはいかぬ。おそらく戸口には、弓を構えた兵を配置して待ち構えて居ろう」
お虎が血相変えて、
「ならば父上、我らはここで蒸し焼きでございますか?」
「いいや、ワシはあきらめぬ。死地に活路を生み出す。これまでもそうしてきたし、これからも生きてそうするつもりだ。お虎、背負い包みから、刀を出せ」
お虎は、昌景の指示に従い、背負い包みを開いて、中から、紙に巻き包められた長い棒のような物を取り出した。
「父上、これは、こういう時もあろうと、刀を隠し持ってまいった。
昌景は、お虎から受け取った包みをクルクルとほどくと、中から、なかなかの拵えの刀が顔を出した。
「銘はわからぬが、岐阜の前田玄以の屋敷から拝借してまいった。無銘の刀ではあるが、おそらく、関(岐阜県・関市)の名のある刀鍛冶が拵えたに違いない。刀をろくに操れぬ坊主の前田玄以に持たせておくは、宝の持ち腐れじゃ。頂戴してまいった」
「山県のオジサン泥棒はいけないんだぁ~」
昌景は、ニヒルに右の口角を上げて笑い。
「これも、戦国の習いじゃ。左近よこれをつかって、この壁を切り分けよ」
と、刀をカケルに突き出した。
カケルは、ガシッと、刀を受け取りはしたが、
「……でも、山県のおじさん、いくら、藁造りとはいっても壁は壁よ?」
「構わぬ、左近。六尺のお主の膂力ならば、見事、切り分けられよう」
「で、山県のオジサン。ここから、脱出したとして、どこへ、逃げるのさ?」
「逃げ込み先は、すでに決まっておろう? なあ、お虎?」
「かしこまってございます父上」
「えーーーーーーっ、山県のオジサンと、お虎さんだけズルい。仲間外れしないで、教え~てよ」
「そんなこともわからぬのかと」菅沼大膳が、
「左近よ、お主は、侍としてはなかなかの素質を持ってはおるが、賢者としては、まったく、成長せぬな。逃げ込む先は、お主が今日、面会した竹中半兵衛殿のところじゃ」
「ええーーーーーっ、そんな、みんなで押しかけたら、半兵衛さんに迷惑じゃん!」
菅沼大膳は、口をあんぐり開けて呆れた。
死地にあってもどこか他人事で、のんびり構えているカケルに、山県昌景は、微笑をおくって、
「よいか、左近。ワシらは命を危険に晒して死地を潜り抜けておるのじゃ。それに、竹中半兵衛殿がお主の見立て通りの人物であるとすると、信用成る人物じゃ。まずは、早う、死地を脱出するぞ。左近よ、活路を開け!!」
「エイヤ――――!!」
カケルは、藁で組んだ壁を一刀両断に切り開いた。
パカリ!
藁の壁をカケルが切り開くと同時に菅沼大膳が弾丸のように壁に体をぶつけて、力尽くで押し倒した。
「よし、三十六計逃げるに如かず。一目散に竹中陣屋へ逃げるぞ!!」
「オホホ! あそこを駆けだしたのは、奴等じゃないか兄貴?」
「ホホホ! 逃がしちゃなんねぇ。追うぞ!」
山県昌景を先頭に、カケルたちは、竹中陣屋へ向けて駆けて、駆けて、駆けた。
「おお、火が灯っている。あれが、半兵衛さんの陣屋です!」
「はあ、はあ、はあ……うむ、もう少しか」
赤備えの騎馬隊を率いる山県昌景である。日頃、手足の如く扱う馬の背にあっても、ここまで、自己の足で走ることはない。中年のには一里(およそ四キロメートル)を休まず走るのは昌景は刻であった。
ヨロり。
山県昌景の足がもつれて転んだ。
「父上!」
スグに、お虎が肩を貸して昌景を抱き起そうとするが、そうとうに走った昌景は、もはや、息が上がってこれ以上走れそうもない。それに、転んだ拍子に足を挫いた様だ。
「いかぬ、お虎、ワシを置いて行け!」
「何を申されます父上! 父上をこんなところへは置いては行けません。ほれ、左近、大膳、父上に背中を貸せ」
山県昌景が転んで、グズグズやってると、
「ホホホ、オホホ」
あっという間に、甲賀忍者の鵜飼孫六・孫七が、甲賀忍びを配して猫一匹、這い出る隙間なく取り囲んだ。
「もはや、こうなっては万事休すか……」
ダッダ、ダッダ、ダッダ!
一騎の騎馬が甲賀忍びの包囲を突き抜けて駆けて来た。
「半兵衛さん!」
半兵衛は、取り囲む甲賀忍びに向かって、
「ここは、この竹中半兵衛重治の領地、垂井である。わたしの領内において、どのような私闘も黙認する訳にはいかぬ。その柿色の装束を見れば、取り囲んで居るのは甲賀忍びか?」
「ホホホ、如何にも、竹中半兵衛様、我らは、大殿直属の甲賀忍び多羅尾常陸守光俊様が配下、鵜飼孫六にございます。竹中様、そやつらは、武田の国境、細久手の鶴ヶ城城主、河尻秀隆様、岐阜の奉行前田玄以様より手配が出て居る咎人。大人しく我らにお渡し下さい」
「ごきげんよう嶋左近殿。そちらで、息が上がって動けない御仁があなたの主人ですね」
山県昌景は、息を整えながら、
「これは、竹中半兵衛殿。お初にお目にかかるわたしは……」
山県昌景が姓名を名乗ろうとした時、手で制して、
「名は構いません。左近殿から、あなたは海鮮問屋の御隠居の政吉さんとだけお聞きしております。それで結構」
「すまぬ」
「まずは、この窮地をなんとかせねば」
遠巻きに、蜷局をまく鵜飼孫六が痺れを切らせて、
「ホホホ、竹中半兵衛殿、早う、おとなしくそやつらの身柄をお渡し願えぬか?」
半兵衛は、キッパリと、
「彼らは、わたしの客人だ。それはならん」
「竹中様、抵抗なさるなら力尽くでも奪ってまいりますぞ」
と、鵜飼孫六は、強硬手段を匂わせた。それを聞いた孫七は、配下に目配せして、ジリッ、ジリリと、蜷局をしてつけるように縮めて行く。
「?! 待て、孫七!! 硝煙の匂いじゃ。これは、ワシらに向けて鉄砲を仕込んでおるぞ」
「気づきましたか、鵜飼孫六殿。いかにも、わたしは、森に兵を忍ばせて、わたしに何かあれば一斉射撃できるように準備しております」
孫六はクンクンと鼻を聞かせて、目を見開いた。
「この、数は、一挺二挺の数ではない。これは、百は下らん数じゃ!!」
「さよう、羽柴家では此度の戦に鉄砲は使わぬということで、新しい鉄砲戦術を考案するように、大殿直々の仰せで、わたしが預かっています。鵜飼殿がその気なら、ここでご披露いたしますが、いかがか」
それを聞いた鵜飼孫六は、弟、孫七と目を見合わせ、苦虫を噛みつぶしたように、奥歯をギリリと噛んで、
「大殿の仰せであれば仕方あるまい。我らが引くぞ!! だが、しかし、竹中半兵衛殿おぼえておられよ。これで、竹中様は我ら甲賀と因縁ができましたぞ。これからは、夜、眠るのも用心なされよ」
「戦国の武士たるもの在中戦場は当たり前にござるが、鵜飼殿の忠告、心にとどめおこう」
山県昌景を囲んだ甲賀忍びは、孫六が合図をおくると、一瞬で夜の闇に溶けて行った。
昌景は、半兵衛に、
「かたじけない半兵衛殿」
半兵衛は笑って、
「陣屋に、熱い茶漬けを用意しております。体が温まった後、赤備えの武勇伝でもお聞かせください。山県昌景殿」
つづく
どうも、こんにちは星川です。シンギュラリティはあと18回先までストックがあります。
週刊連載なので、そこまでは、心・配・ご無用!!
現在、作者は、紙の本の賞へ応募すべく転生無しのガチの歴史小説を執筆いたしております。
そちらへ手間取られシンギュラリティは、筆が止まっております。
読者の皆様、こちらの作品に、一言応援のメッセージいただけると励みになります。
主役のカケルと左近、以外にも、推しキャラなど教えていただけましたら、ニタニタして喜びます。
どうか、これからも応援よろしくお願いします。