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168竹中半兵衛(カケルのターン)

 半兵衛の籠る竹中氏陣屋は表をきれいに掃き清め、門は誰でも訪問を受け入れるかのように開けっ放しであった。それは、どこか、古式ゆかしい寺院の境内のように――。


 カケルは、恐る恐る門を潜った。まったくの不用心だ。普通、武家の門口には雑兵が槍を構え突っ立っているのが常だ。これまで、武田家でカケルが潜った門という門はそこを潜るだけで一難関であった。半兵衛の門は簡単に入れた。


 門を入ると、砂利を引き詰めた庭に、飛び石が、半兵衛の居間へつづいて真っすぐ続いていた。カケルは、ピョコンピョコンと、子供のように飛び石を飛び跳ねてすすんだ。


 その様子を居間の障子を開けっぴろげにして、縁側に鶴氅かくしょう(中国の道教の道士が纏っていたと言われる鶴の羽を織り込んだ白く輝く衣)の薄衣をまとった半兵衛が、風に当たって微熱をごまかすかのようにどこか夢現ゆめうつつに涼んでいる。


 半兵衛を見つけたカケルは、まるで、水墨画から功名な道士が抜け出して来たものだと思った。

(間違いない。彼が、竹中半兵衛重治だ)


 カケルは、思い切って、半兵衛に声をかけた。


「竹中半兵衛重治様ですね?」


 と、カケルが尋ねると。


 半兵衛は、羽扇でゆっくり扇ぎながら、


「左様、わたしが竹中半兵衛重治です」


 と、落ち着きのある静かな声で応えた。


「以前どこかで会ったことがある印象だが、間違いなく初見の顔です。そなたは?」


「わたしは、武……」


 カケルが素性を口走りそうになった時、半兵衛が、静かに首を横に振った。


「素性は良いのです。六尺を優に超える体躯だけ見れば一角の侍であるのは判る。それだけの体躯を誇る侍にわたしが見覚えがないのは言うにいえない家中のお方。飛び石を子供のように飛び跳ねて来たところを見れば、童心を失わぬ心根をお持ちのようだ。万が一にもわたしを殺しに来たとは思えない、姓名だけをお伺いたいそう」


「お初にお目にかかります。わたしは、嶋左近清興と申します竹中半兵衛様」


 と、カケルは、挨拶のセリフを、つっかえ、思い出しながらいつも以上にかしこまって挨拶をした。


 半兵衛は、不慣れなカケルに助け舟を出すように、笑って、


「嶋左近殿、かしこまらんでよろしい。わたしは、日頃、織田家、羽柴秀吉家中に合って若い家臣たちに教育をつける身。若いものが不躾で、ざっくばらんを好むことなら知っています」


 そういわれたカケルは頭を掻いて、


「さすが、今孔明と呼ばれる天才軍師竹中半兵衛様。付け焼刃にかしこまっても、すべて、お見通しだな」


「それでよいのです。人間、身分の上下分け隔てなく、善良に心のままに付き合わなければなりません。ところで、嶋左近様、今日はどういった御用で?」


 と、半兵衛は単刀直入に尋ねた。


「実は、今日は連れては来てないのですが、半兵衛様に会いたいというお方の使いで参りました」


「ほう、一角の侍の左近様を使いに出す主人ということは、そのお方はさぞ高名なお方なのでございましょうな」


「う~ん、確かに高名だけど、オレにムチャぶりばっかりすることを除けば、半兵衛さんと一緒の好奇心旺盛な性格で、何考えているか分からないけど面白いオジサンだよ」


「それは面白い。ぜひ、会わせていただきましょう。その前に、今日は、あなたと話を致しましょうか」



 そこから、カケルは、言葉を濁しながら、戦国に来て、山県昌景に見込まれて武田家に仕え、奥三河攻略戦で、昌景に無理難題を吹っ掛けられたこと、三方ヶ原の戦いで、徳川の本多忠勝という化け物武将がいたことなどを胡麻化しながら話して聞かせた。


 竹中半兵衛ほどの知能ならば、カケルの誤魔化しなどはスグに脳内補正で変換して誰のことを言ってるかなどは簡単に理解してしまうだろうが、この竹中半兵衛なる人は、生来の善人で、人の良い面を引き出し、人を肯定的に捉える素質を有している。


 半兵衛は、カケルの言葉を始終楽しそうに聞いていた。


「それでは、明日、左近殿の主人殿をお連れ下され」


 そう言って、カケルは竹中氏陣屋を後にした。




 山県昌景の隠れ家へ戻ったカケルは、半兵衛との面会の始末を話して聞かせた。


「そうか、竹中半兵衛重治なる人物は噂通りの人物であったか」


 そう言った山県昌景は、そう言ったきり何か思案に暮れて言葉を発さなかった。


「竹中半兵衛重治と申す者は、父上のような人物なのですか?」


 代わりにお虎が尋ねた。


「はい、山県のオジサンと違って、背が高くめっちゃイケメンで知的で正反対の姿形ですが、心は山県のオジサンと同じものを感じました」


「それは、それは、それならばわたしも一度、竹中半兵衛重治様に面会しとうございます」


「左近や、そなた、半兵衛の話をしながらワシを腐しておりゃせんか?」


「いや~、そんなつもりはハハハハハ~」


「おい、何か感じぬか!?」


 山県昌景の鋭い嗅覚が騒いだ。


「いつもと同じですけど??」


「いや、何かがおかしい……左近、竹中半兵衛は心がワシと似ておると申したな?」


「そうです、人間的に、山県のオジサンに似た物を感じました」


「そうか……」


 と、山県昌景は、顎髭を撫でた。


 突然!


「こうしては居れん! 今すぐここを離れるぞ!!」


「どういうこと?!」


「半兵衛は確かに人間として、左近が一目で心服するような人物であろう。しかしじゃ、その高潔な人柄は、生き馬の目を抜く戦国下剋上を駆け上がる人間にとってはこれほど御しにくい人間もいない」


「どういうことにございますか父上?」


「半兵衛は、反対の生き方をして来た者には信用されずに、常に見張られて居るのじゃ。高潔すぎる故に、敵が居る。水が清すぎれば、泥水にしか生きられない魚は汚しに来るものじゃ」


 ヒュン!


 隠れ家の壁に火矢が突き刺さった。


「ホホホ、オホホ、ついに見つけたぞ」







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