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162お虎の幸せ(カケルのターン)

「ここまでくれば、敵も追っては来れまい」


 鳶加藤こと、武田忍びの透波者の棟梁、加藤段蔵の先導で、岐阜城下を離れた山県昌景とお虎は、街の外れのの大木の木陰までくると、ようやく喉の渇きを覚えた。


「山県様、ここまで逃れれば、一息ついてもよろしいでしょう。近くの川で水を汲んで参ります。しばし、この木陰でお休み下され」


 そういうと鳶加藤は、姿を消した。


 大木の傘の下に父と年頃の娘が二人残された。


 山県昌景は木陰の腰かけ石に座って、お虎に側へ来るように促した。


「お虎よ、ワシとお前がこうして密に話をするのはいつ以来のことだろうのう」


「父上は、戦場続きでこうして密に話を出来る機会は、幼き頃、依頼にござります」


「そうか……、ワシは、そんなに娘不幸をしておったか……」


 山県昌景は、言葉が詰まった。


「いいえ、決して、わたしはそのようなことは思っておりません。むしろ、父上と共に戦場を駆けることが性に合っております」


 山県昌景は、自分の都合ばかりで、大事な娘すら戦場に引っ張り出した父の不徳を恥じた。娘ならば、鮮やかな衣服を身に纏い、蝶や花やと、娘盛りを過ごしたい年頃ではあるまいかと思い、そのまま聞いて見た。


「お虎、お主は、今年でいくつになるや?」


「二十四にござります」


 命のやり取りが盛んなこの戦国期にあっては、娘盛りの二十四歳は行き遅れにあたる。この時代の常識では、女は初潮を迎えると、たとえ、義務教育の年代であっても嫁に行き子を産んだ。資料によれば、後に加賀百万石を領することになる前田利家の妻、まつは、満十一歳で利家に輿入れし、十一歳十一か月で娘を出産した。翌年には、長男、利長としながを。まつの例は、現代だと早すぎるようにも思えるが、平均寿命が武士が四十二歳。庶民だと三十歳の短い人生においては決して早すぎるとは言い切れない。


 二十四歳のお虎は、この時代においては、明らかに行き遅れているのである。


「すまぬなお虎、父が勝手者ゆへ、お前には女の幸せを掴む機会を失わせてもうた」


 山県昌景の娘を思う言葉に、お虎はきっぱりと、首を振り、


「いいえ、父上。ご存じのように、わたしは自分より弱い男は好みません」


「しかし、秋山虎繁とは歳も離れすぎておるし、おつやの方を迎えたあやつの元へ参れば、そなたは側室の身じゃ。それは、父は不憫に思う。他に、武田家中で心に思う漢はおらぬのか?」


「居りませぬ! 目星しい漢は、姉上の亭主になった三枝昌貞さえぐさまささだ殿、妹の亭主、相木市兵衛あいきいちべえ殿、横田陣右衛門よこたじんうえもん殿と、父上が皆、家中に引き入れております故、もはや、家中には残って居りませぬ」


「すまぬ、お虎。本来ならば歳の順で言えば、妹たちよりお主を先に嫁へ出すべきであった。しかし、将ととしてのお主の器量を思えば、なかなかに、この父は、手元から離せななんだ。恨むならワシを恨め」


「いいえ、父上、わたしはそのことで感謝すらすれど、恨みなどしておりませぬ。わたしは嫁いだとしても、家庭に引きこもり亭主に三つ指ついてかしずく暮らしなぞ性に合いませぬ。わたしは、こうして父上と共に生涯戦場を駆け巡りとうございます」


 お虎の言葉を聞いた、山県昌景は「はあ」と深いため息をついた。

 武田家にこの人ありと謳われる赤備えの山県昌景も人の子である。娘の当たり前の幸せを願わずにはいられない。身から出た錆とはいえ、お虎の覚悟が不憫で仕方ない。



 すると、向こうから、


「お虎様、水をお持ちしましたぞ!」


 と聞き覚えのある漢の声が聞えた。


 お虎が。振り返ると、カケルがこっちを向いて水の入った竹筒を掴んで手を上げた。


「おお、左近よ戻ったのか」


 と、傍らの山県昌景が見ても見とれるような万遍の輝く笑顔をカケルへ向けるお虎の姿があった。

(こやつには、もう、心に決める漢がおったか……)


 川へ水を汲みに行った鳶加藤が、甲賀忍軍、鵜飼い孫六、孫七から逃れたカケルを見つけて来たのだ。


「お虎様、この水はなんとか申す名水にござれば、たいそう美味うござるぞ。たまたま、そこに居わした左近殿が見つけ申した」


「お虎さん、山県のオジサン、『マ・ジ・で!』美味いから早く飲んで!」


 そういって、カケルは、お虎と山県昌景へ竹筒を差し出した。


 お虎は、カケルの水に手をつけると、ごくごくと水を飲んだ。


 すると、カケルは、すかさず、言葉を足す。


「お虎さん、この水は昔のエライお坊さんが見つけた名水で、子宝の水らしいんだ」


 ブワッ!


 カケルの言葉に、お虎は思わず水を吹き出した。


「バカか、左近!」


 先ほどの父、山県昌景との会話もあって、お虎は、顔を赤らめて、竹筒をカケルへ投げつけた。


「うわ、いきなり何すんのお虎さん!」


「それは、こっちのセリフじゃ!!」


「こっちのセリフも何も、オレはいまここへ来たとこじゃんか。意味が全く分からへん!」


 お虎は、モジモジと、


「ええい、とにかく、左近、お主はバカ者なのじゃ!」


 それを見た山県昌景が、鳶加藤と目を合わせ、胸を撫でおろし、


「うむうむ。お虎には、心配はなかったか。すべては、父の思い過ごしであったわ。わっはっは~」


 と、高らかに笑った。



 キラリッ!


 一時の平穏を味わう一行を見張るように、草むらで怪しく光る四つの瞳があった。


「ホホホ、オホホ……」



 つづく


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