159幻の手柄(左近のターン)
槇嶋城は、宇治川を集めた大きな水たまり巨椋池に浮かぶ城だ。天然の要塞と言える。
槇嶋城へ籠る足利義昭は、織田家の猛攻を宇治川の防衛戦線で防ぎ切れず撤退してきた真木島昭光、柳沢元政の両大将を引き入れて軍議に入った。
「この城は天然の要害、織田家がいくら束になって攻めかかたとしても、我ら、誇り高き幕軍が一致団結、粘り強く辛抱していれば、やがて、武田信玄が到着し瀬田に旗を立てるでしょうぞ」
と真木島昭光が武田信玄の到着を信じて、徹底抗戦を主張すると柳沢元政が応じる。
「西からは、毛利の兵が進軍中とのこと、西から毛利、東から武田が攻め寄せれば、憎き織田信長など公方様の御威光によって一網打尽にござる」
二人の意見を聞いた足利義昭は勇気をもらって、
「おお、そうじゃのもう直ここへは、征夷大将軍のワシの威光に従って武田と、毛利の援軍が来るのじゃな」
義昭は真木島、柳沢の両大将へすがるような目で尋ねた。
末席の巨椋助右衛門は、腕組みし義昭の軍議を聞いているが、
(織田信長の庇護によってようやく命脈を保っていた将軍とは名ばかりの操り人形が、また、他人の力を利用して命脈をつなごうとする。そんな権威は、織田から武田、毛利にすげ代わるだけではないかそんな将軍に何の力があると言うのだ馬鹿らしい)
「お屋形様、織田の軍が、小舟に乗って、この城の城壁へ取りつこうとしております!」
「なんじゃと、今は夜じゃぞ!」足利義昭は青い顔して、織田家の夜討ちの知らせを受けた。
「ええい、憎っくき織田信長め、あやつは、戦の作法も知りおらん尾張の田舎者め! 誰か、行って城壁へ取りつく織田の兵を追い払って参れ!」
義昭の激に、真木島昭光も柳沢元政も昼間の織田家の猛攻を耐え忍び命からがら逃げだして来たのだ出来ることなら、血を流し、汗みどろになって槍を掴む、泥仕事は、体をきれいに洗って軍議が終われば床に就く夜にはしたくはない。
「柳沢殿どうじゃ、行って、織田の雑兵を払って参れ!」
「いやさ、真木島殿こそ、この城の城主ではないか、おいきなされよ」
責任のなすりあいだ。一歩間違えば、明日にはこの城の入り口に、首を並べかねない状況にあっても、いわゆる時代錯誤の室町幕府の実態のない権威に彼らは生きているのだ。
「どうだ、巨椋助右衛門! お主が行って打ち払って参れ、活躍次第で恩賞は思いのまま、どうじゃ、巨椋、領地はどこが欲しい? 尾張か? 美濃か? 近江か? 好きな国を申せ!」
(もはや、公方様は、夢の中に生きておられる。我らに与えられる恩賞は幻の中にしかない)
巨椋助右衛門は、手元の槍を引き寄せて、さっと、立ち上がり、
「某への恩賞は、(さっと、義昭の元へツカツカと進んで、手酌の酒を奪い取ると、勝手にグイっと飲み干した)これで結構!」
「おお、さすが、長年幕府へ忠節を尽くす、真木島昭光の家臣、巨椋助右衛門! この戦が、終われば、お主には朝廷より官位を授けてやろう」
「ありがたき幸せ」
そう言い残して、巨椋助右衛門は織田の軍を撃退に出て行った。
時を同じくして槇嶋城の大手門では、夕方近くに到着した佐久間信盛、蜂屋頼隆の兵が、丸太車を大手門にドカンドカンとぶつけて城門を破壊しにかかっている。
そして、後背を突くように、およそ三〇隻の小舟が、城へと進んでいく。小舟の先頭には竹で作った矢盾がつけられて、槇嶋城から放たれる矢を防いでいる。
渡辺勘兵衛こと嶋左近の部隊は小舟で巧みに矢を防ぎながら城壁へ船を寄せた。
「それ! 鍵縄梯子を掛けよ!」
左近を先頭に、巧みに縄梯子を上って城壁に絡みつく。
「庄司殿、援護を頼むぞ!」
弓隊を率いる庄司四郎九郎が、城から妨害のために顔を出した城兵を矢で射る。
壁を登り切った左近は、曲輪内に入って、突いて、払って、なぎ倒して、武勇を披露する。
「ほう、お主の腕はなかなかのものじゃのう」
現れたのは巨椋助右衛門だ。
「ここは、死んだ麻田将吾郎の仇、巨椋助右衛門の首、某にお任せ下され渡辺殿!」
と左近に続いて来た黒木治郎兵衛がいう。
「わかった。そなたに任せる」
「ここで会ったが百年目、京都所司代、村井貞勝が家臣、黒木治郎兵衛が、盟友麻田将吾郎の仇、巨椋助右衛門を打ち殺してくれる!」
黒木治郎兵衛の名乗りを「時代錯誤がここにもおったわ」と冷めた目で聞いていた巨椋助右衛門が槍を構えて、
「どこからでもかかって参れ!」
と応じた。
「うりゃ、うりゃ、うりゃ、うりゃーーーーーー!」
黒木治郎兵衛が息も切らせぬ乱れ突きを放つ。
まずは一つ、これで二つ!!」
ブスリ!
巨椋助右衛門の一撃が黒木治郎兵衛の腹を突き破った。
グフッ!
巨椋助右衛門が、その膂力で槍を引き戻すと、黒木治郎兵衛は口から血を吐いて、膝から崩れ落ちて前のめりに倒れた。
城壁の上から庄司四郎九郎が弓を構えた。
巨椋助右衛門が、地面に突き立つ黒木治郎兵衛の槍をつかみ取ると、ビュウン! と庄司四郎九郎目掛けて放り投げた。巨椋の手を離れた矢は一直線に飛んで行き、庄司四郎九郎の胸に突き刺さった。
ドサリ!
胸を突かれた庄司四郎九郎は仰向けに城壁から落下した。
「これで三つ。ワシはこれで尾張、美濃、近江の一〇〇万石の大名じゃ」
巨椋助右衛門、左近を見て、
「お前の首は如何ほどの値打じゃ?」
と嘲笑気味に笑った。
つづく