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158怪僧前田玄以とお虎の操 左近、信じて居ったぞ! (カケルのターン)

「おい女、今夜は、この山県昌景の目の前でたっぷりこってりと苛めてあげるからのう」


 と前田玄以は、一際大きなこけしの頭を舐めた。


「じーーーー!」


 前田玄以の頭の上の天井の羽目板が少し開いている。


 天井では、部屋から漏れ出す灯りに忍び装束の男と大男。カケルと鳶加藤だ。


 アホのカケルが、鼻の下を伸ばして、


「お虎さんこう見ると、おっぱいおっきかったんだね」


 鳶加藤は、あちゃ~ダメだこりゃという表情を浮かべて、


「お虎様の母上は、甲斐の国でも評判の娘でありましたからな、お虎様を見ると、お方様の娘時分を思い出します」


 カケルは、デリカシーの無い言葉で、


「エ?! もしかして、鳶加藤さん、お虎さんのお母さんが好きだったとか?」


「はは、昔のことです」


 カケルは、下の様子を覗いて、


「しかし、前田玄以の野郎、お虎さんになんてことしようとしてるんだ」


「そうですな、お虎様は、山県殿の娘です。甲斐では、嫁に欲しいと縁談話は引く手あまたでありました。ただ、初恋の相手があの家中でも武勇に優れた秋山虎繁殿。あのように美男子で、勇ましく、一途な方は二人と居りませぬ」


「へー、お虎さん、秋山さんが好きだったんだ。秋山さんは、昔、織田家へいて、おつやの方と駆け落ちした過去があったよね。それが、偶然、岩村城で再開し、数十年の恋を成就したんだったね」


「左様でございます。秋山虎繁殿のような真の漢を愛されたお虎様は、自分より弱い男の元へは嫁へは行かぬと申して、操を通してまいりました。それが、こんなところで、好色な破戒僧の手慰みになるだなんて悔しゅうてなりません」


 カケルは、鳶加藤と目をしっかり合わせて、


「そうだね、お虎さんは誰が好きかは知らないけれど、あの真っすぐな秋山さんのことが大好きだったんだもの、こんなところで夢が傷つくのはオレも耐えられない。鳶加藤さん、絶対に助けよう!」




 こけしを持った前田玄以は、舌なめずりをして、お虎の足元に立った。


 そして、お虎の耳元で「お主、生娘であろう?」と囁いた。


 それを聞いたお虎は、猿ぐつわを噛みちぎらんばかりに唸って、四体を揺すって抵抗する。


 前田玄以はねちっこい意地の悪さで、


「おお、元気がよいな。しかし、体を悦びで身を捩らせるにはまだ早い。(こけしを舐めて)まだ、わたしは何もお前をいたぶっておらぬのじゃからなウフフ」


 縛り付けられた山県昌景も前田玄以のお虎をこれから弄ぶという言葉には、爪が剥がれんばかりに縛り付けられた腕で唯一動く指先を爪立てて怒りを隠せない。

(すまぬお虎、この父がついていながらこのようなことになって、すまぬ、すまぬ……)


 山県昌景は今にも血の涙を流さんばかりだ。


 前田玄以は、さも意地悪く、


「山県昌景とやら、わたしのお楽しみが終わったらそなたにもこの娘と楽しませてやるからのう。わたしは慈悲深い坊主であるからのうウフフ」



 コンコン!


「うん?!」


 この前田玄以の秘密の寝室の戸を叩く音がする。


 コンコン! コンコン!


「誰じゃ? わたしがこの部屋へ入ったら誰も取り次ぐなと命じておるだろう」


「筒井家家臣、松倉右近にございます。なんとしても今夜のうちに前田様に目通り願いたいと無理を申しました」


「明日に致せぬのか?」


「ことは筒井家と織田家にまつわること、今日中の話でなくてはなりませぬ」


「わたしは今取り込んで居る。それでも、明日に致せ」


「いいえ、前田様に会っていただけるまでここを梃子でも動きませぬ」


「煩わしい奴、半時じゃ半時待っておれ」


「出来ませぬ。ことは緊急を要します」


 松倉右近はやけに強情だ。


「ええい、強情な奴め、四半時だけじゃぞ」


 そう言って前田玄以は秘密の部屋の戸を開けた。



「お主は誰じゃ、松倉右近ではあるまい!」


「へへへ、あっしの名前は鳶加藤、加藤段蔵と申します」


「ええい、怪しい奴、成敗してくれる。誰や、誰や居らぬか!! 出合え! 出合え!!」


 前田玄以が家中の者に号令をかけたが、誰も姿を現さない。


和尚わじょう残念ながら誰も来やせんぜ。家中の者は、あっしが眠り薬を嗅がしておきました。今頃、皆、和尚をのぞいて皆、夢の中でしょうぜ」


「ええい、ならばわたし自ら成敗してくれる!」


 そういうと前田玄以は、手に持ったこけしを鳶加藤目掛けて投げつけると、さっと、秘密の部屋へ取って返して刀を振り上げた。しかし、前田玄以の剣の腕はそれほどでもなく簡単に鳶加藤の苦無で弾き飛ばされた。


 ドスン!


 鳶加藤は、前田玄以の鳩尾に拳を突き当て、気を失わせた。


「左近殿、生臭坊主の仕置きは終わりましたぜ」


 すると、鳶加藤に呼ばれたカケルが、天井から飛び下りてきた。


「武田忍び衆、嶋左近参上!」


「…………」


 鳶加藤は、お虎と山県昌景の危機的状況で、忍者ごっこをするカケルの神経を疑った。いやしかし、戦場で命のやり取りを平気でこなす侍というものはこれくらいの異常さがあってもいいかも知れぬと思いなおして、


「左近殿は、お虎様を、あっしは山県昌景殿をお助け致します。さあ、早く!」


 そう言って、鳶加藤は椅子に縛り付けられた山県昌景の縄を苦無で切り始めた。


 カケルは、さっと、縛り付けられたお虎の体にさっき忍び込んだ隣の部屋から盗んだ前田玄以の法衣を掛けて、枕元へ立ち、口に噛まされた猿ぐつわをほどいてやった。


「お虎さん、助けに来たよ。大変だったね」


 お虎は、自分のあらわな姿に恥じらいを見せつつも、気丈に、


「遅いではないか左近、信じて居ったぞ!」


 と応じた。


 カケルは、お虎の腕の縄を解きながら、


「しかし、お虎さん、案外おっぱいおっきいんだね」


 とデリカシーの欠片もない一言を放った。


 その瞬間、お虎の平手打ちが、カケルの頬を力一杯弾き飛ばしたのは語る必要はないだろう。




「ホホホ、オホホ、そう簡単には逃がしやしないまへんで……」


 庭の植え込みの陰で、キラリと鋭い二つの瞳が輝いた。




 つづく


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