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155槇嶋城の戦い2 宇治川攻防戦(左近のターン)

「それ、宇治川へ飛び込め!」


 細川藤孝、荒木村重、両大将を先頭に二方向から宇治川の渡航を始めた。


 宇治川は先は大阪湾へと流れる大川である。一朝一夕に渡れる川の広さではない。

 船で渡ろうにも、敵もこの地を本拠にする家来、真木島昭光を抱えている。船がいる。それぐらいのことは分かったもので、宇治川の周辺の船は漁師の船も含めてすべて抑えている。


 そうしておいて、対岸には公方方の武将、真木島昭光まきしまあきみつ柳沢元政やなぎさわもとまさが迎え撃つ。


 真木島昭光は、強硬に宇治川を渡る細川藤孝を狙って、弓を向け矢をつがえた。


「室町幕府開幕から二四〇年、大恩ある公方様への御恩を忘れ、逆賊、織田信長へ鞍替えし弓を引くなど、細川藤孝め、ワシのこの弓で射殺してくれん!」


 ビュン!


 バサリ!


 真木島昭光の放った矢は細川藤孝の肩口に刺さった。矢の勢いで、馬上で川を巧みに泳ぐ藤孝は、ドブンと川へ落ちた。


 真木島昭光の矢を合図に、一斉に矢が宇治川の渡航する兵馬へ向かって放たれた。


 バサリ!


 バサリ!


 次々に矢が、兵馬に当たって、川へ沈んでゆく。


 一方、荒木村重の方には、柳沢元政が矢を射かける。


 同じくこちらもバサリバサリと矢に射られ次々に川へ飲まれた。


 柳沢元政は、裏切り者の細川藤孝、荒木村重の兵を押し戻した。




 その夜、宿営地で、


 細川藤孝と荒木村重が額を突き合わして、


「荒木殿、このまま槇嶋城を攻めあぐねて居っては、我ら、殿よりどのようなお叱りを受けるかわかりませんぞ」


「左様だの藤孝殿、我らは、将軍家から鞍替えした新参の身、わざと槇嶋城を攻める手を押さえているとでも殿に勘繰られでもしたら、この首すら危ういかも知れぬどうしたものか……」


 細川藤孝と荒木村重が思案にくれていると、帷幕に村井貞勝が入って来た。


「これは、京都所司代、村井貞勝殿いかがいたされましたな」


 いつもは落ち着いた吏僚の村井貞勝である。この男、甲冑なぞは着れぬものと思っておったが、なかなかに武骨な面構えだ。一見すると、とても、織田家を代表する吏僚とは思えない。むしろ、柴田勝家のような武辺物のような面持ちである。


「明日、明後日には、ここへ、殿から遣わされた援軍が参る。両大将に与えられた時間は明日のみにござるぞ」


 村井貞勝は暗に明日の間に、槇嶋城を落城させ結果を出せと申しつけているのだ。


 今日の結果は散々である。信長の命じるままに、源平の宇治川の戦いにならって、兵馬を進めても上手くはいかなかった。宇治川を渡航するには何か工夫がいる。


 細川藤孝は恥も外聞もなく村井貞勝へ尋ねた。


「村井様、我らが結果を出すには、宇治川を渡る何か妙案がなければなりません。どうか、お知恵をお貸しくだされ」


 と頭を下げた。


「ならば申そう、船じゃ、船を用意せねばこの城は落ちぬ」


 なにを言い出すのだこの男は、そんなことは、言われなくても分かっている。その船が敵にすべて抑えられておるから頭を下げたのだ。この男は、ムリな助言をして、我らを将軍家もろともに滅ぼしてしまおうということなのかと藤孝は思った。


「船ならば、もう、用意しておる」


 藤孝の腹の中を見透かしたように村井貞勝が言葉を次いだ。


「なんですと、船が用意できておるのですか!」


「うむ、明日の明け方には届く」


「しかし、そのような船などこの宇治川にはあらぬはず。いったいどこから!」


 村井貞勝は不敵に、


「宇治川は大甕おおかめにつづいておる」


 藤孝は、ハッとして、


「殿は、初めから、この城で戦うことを予想していて、琵琶湖の船を用意しておったのですか?」


「うむ、我らの殿とはそういうお人だ。まったく、意地が悪い」


 と白い歯を見せた。


 細川藤孝と荒木村重は、感情に任せた行動の足利将軍足利義昭と違って、織田信長の冷静に対局を見る戦術眼の確かさに脱帽した。

(将軍家の灯火は完全に消えたわ。これでは公方様へ命を架けた兄上は浮かばれん)



 翌日、陽がまだ明けきらぬ明け方。宇治川は冷え切り、川面から、川霧が立ち上がって向こう岸は見えない。


 公方方の見回りの足軽が、小便をしに、宇治川へ向かって、フンドシをずらした。


 チロチロと、気持ちよく用を足していると、宇治川の霧の向こうに、ボンヤリと黒い影が近づいて来た。


 なんじゃ、あれは、足軽が目を凝らすと、


 スパン!


 いきなり、矢が飛んで来て、胸を撃ちぬいた。


 足軽はクルリと、槇嶋城を振り返って倒れると、声にもならない声で、


「敵じゃ……」


 と息絶えた。


 息絶えた足軽を踏み越えるように小舟が岸へ着いた。


 弓を携えた渡辺勘兵衛こと嶋左近だ。


 左近は、身を低くくして、息を殺して、重臣おとなの黒木治郎兵衛、庄司四郎九郎、麻田将吾郎へ合図を送る。最後に下りて来た流れ車の池蔵を確認すると、自身も、霧に紛れて進んだ。


 そして、宇治川の守りを過信した柳沢元政の宿営地を左近が襲撃した。


「かかれ!」


 左近の激に、黒木、庄司、麻田の重臣おとなたちは、足軽を指揮して、防備の手薄な宿営地を襲う。


 織田家の兵に囲まれて、鎧の武装も半分の大将、柳沢元政を左近が見つけた。


「皆の者手を出すな、大将首はこの渡辺勘兵衛が貰い受ける!」


 すると、柳沢元政を守るように豪双を振るう侍が立ち塞がった。


「我こそは、柳沢元政が家臣、巨椋助右衛門おぐらすけえもんワシが、ここへ居る限り、御殿へは指一本触れさせぬ。命の欲しくないものはかかって参れ!!」





 つづく


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