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153槇嶋城の戦い1(左近のターン)

 元亀四年七月_(一五七三)七月三日


 信長の予想どうり、一回は、降伏和睦を結んだ足利義昭は、傀儡として生きることに耐えられず、再び、槇嶋城で挙兵した。


 槇嶋城は巨椋池に浮かぶ島にある城だ。琵琶湖から流れ出る水を宇治川がこの京都平野の中でも低地にあたるこの巨椋池へ注ぎ込む。そして、雨が降りじわじわと巨椋池を広げ、この城の天然の堀が完成する。


 古来この地域は水嵩みずかさの多い宇治川の影響で、川を渡るのは困難だ。


 五ケ庄の柳山へ布陣した信長は、宇治川の水に頭を悩ませていた。


 陣幕に新規の家臣になった、細川藤孝、荒木村重、を並べ、


「かつて、この地で宇治川の戦いがあった藤孝よ知っておるか」


「は! 平家を打ち破った木曽義仲が、鎌倉の源頼朝と対立し起こった戦にありますな」


「そうだ、木曽義仲が、頼朝より派遣された討伐軍、源義経と戦ったのがこの宇治川だ」


 荒木村重が、目を見開いて答えた。


「なんですと、義経は奇策ばかりを用いるとは聞いていましたが、どのような作戦で、ココを攻略したのでありますか」


 信長は、意地の悪い笑みを浮かべて、


「義経は、臣下の佐々木高綱ささきたかつな梶原景季かじわらかげすえに先陣を競わせたのよ」


 それを聞いた細川藤孝は眉を引き攣らせ、青い顔をした。荒木村重は一瞬遅く、藤孝の様子を見て悟った。


「殿、我らに宇治川を渡れと申すのですな」


「うむ、お主らが先陣を望まないのであれば、ワシが先陣を切る!」


「なにをおっしゃいます。ここは、新参の我らに先陣をお任せ下され」


「ならば申しつける。細川藤孝、荒木村重、両名はこの宇治川を渡り、朝敵、足利義昭を討て!」


「は!」


 この信長の要求は、これまで、義昭に仕えてきた細川藤孝と、荒木村重の覚悟と、器量を試す命令であった。もし、この両名が失敗に及んでも、元々は、義昭の臣下だ、織田家にとっては痛くもかゆくもない。ことが上手く運び、義昭を討てば、信長が、直接将軍に逆らったという汚名を被ることはない、義昭の兄、義輝が三好三人衆、家臣によって討たれたと同じことだ。



 この陣には、京都所司代、村井貞勝も同行していた。お世辞にも戦上手とはいえない貞勝も、各重臣家から集めた柴田勝定、江口正吉、渡辺勘兵衛、石田佐吉、若い人材がいる。

 村井貞勝の兵数は騎馬三〇、足軽一〇〇。そして、先ほど組み入れた天道一家二○○を加え、三三○だ。


 貞勝は、京都所司代若手組にそれぞれ三名ずつ騎馬武者をつけ、天道一家の者たちを四組に分けそれぞれ五〇の足軽とした。


「皆の者、我ら京都所司代の吏僚として使ってえて居るため、戦場ではそれほど役に立たないと思われて居る。しかしじゃ、この戦において功名を上げれば、殿の眼鏡にかなって黒母衣衆から城を任される大将になった河尻秀隆殿、この度、越前府中一〇万石に内示を受けた佐々成政殿、不破光治殿とともに赤母衣衆の前田利家殿のように功名次第では精鋭部隊の母衣衆への抜擢がかなうやも知れぬぞ。心して存分に槍を振るえ!」


 渡辺勘兵衛こと嶋左近に当てられた三名の騎馬武者は、名を黒木治郎兵衛くろきじろべえ庄司四郎九郎しょうじしろうくろう麻田将五郎あさだしょうごろうそれぞれ、貞勝の眼鏡にかなった叩き上げの戦働きで取り立てられた者たちだ。


 黒木治郎兵衛は、三人の中では年配で眉は凛々しく、引き締まった口元で威厳がある。

 庄司四郎九郎は、合戦をいくつか戦い抜けた経験があるのか、面長の顔につぶらな瞳をたたえた幼顔ではいるが、どこかに、自信のような物が感ぜられる。

 麻田将吾郎は、村井家に古くから仕える家来の四男でまだ若く、戦の経験が少ないのか、ぼんやり眠たい目をしている。


 そして、左近の馬の轡を(くつわ)を取るのは、足軽小頭あしがるこがしらの骨格のしっかりした徳兵衛に勝るとも劣らない体格の


「渡辺様、今日からは、二ツ星の徳兵衛の兄貴に代わって、ながれぐるま池蔵いけぞうが、おそばに仕えやすぜ」


 がついた。


 左近は、それぞれ、重臣おとなの三人に足軽を一〇人づつ預け、自身は、流れ車の池蔵以下、足軽二〇を従えた。


 左近はしばらく京都所司代で吏僚として村井貞勝の元で政務に当たって、膂力が衰えてはいないかと、およそ八尺の借り物の馬上槍を頭の上で回した。


 左近は、借り物のカケルの体とは言え、彼是、この体との付き合いも半年になる。そろそろ感覚が馴染んできたようだ。


(よし、これならいけるぞ!)


 左近は、久しぶりの戦場の感触を確かめるべく、馬を馴らして、槍を構えかけて見た。


 黒木治郎兵衛がその姿に目を見張って、


「渡辺様はあの若さで自由自在に馬を操りおる。明智家に仕える前はどこぞで仕官でもしておったのか」


 庄司四郎九郎が見解を述べる


「いいや渡辺様のあれは天性の気質じゃ。誰しもが、経験を積んだからと言ってああなるもんじゃない」


 麻田将吾郎が、


「渡辺様は、それでいてまったく気負ったところがない。あの性格はどこぞの領主の息子で在ったやも知れぬの」


 と述べた。



 左近は、宇治川のほとりまで馬をすすめると、槍で巨椋池を射して、


「敵は足利将軍足利義昭、明智家家臣、この渡辺勘兵衛が一番槍の功名を貰い受ける。者どもつづけ!!」


 と馬腹蹴って、宇治川へ飛び込んだ。





 つづく

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