15尾張に咲いた花の指切りげんま(戦国、カケルのターン)チェック済み
岩村城の女城主おつやの方の寝所へ忍び込みその唇を奪った現代の高校生 時生カケルは、
「お前はあの時の五平の孫の助兵衛ではないか、ワラワをどうするつもりじゃ! ここは織田家の城中、たとえワラワを人質に取ってもそうそう逃げおうせるものではないぞ! 」
カケルは、おつやの方にゆっくり首をふって、
「なら、口説くのさ」
と、ニッコリ笑った――。
布団の上で互いに立て膝で、おつやの方の肩を抱くカケルが、そのまま、なだめるように、
「おつやの方様を初めて見た時に、淋しい女だなと感じたんだよ」
おつやの方は、カケルの胸板へ引寄せられた。
カケルはつづける。
「山県のおじさんから聞いたけど、おつやの方様は、その若さで三度もご亭主を亡くしてるんだってね。オレにはそのツラさの本質は分からないかも知らないけど、心の奥に秘めた思いを聞かせてほしいんだ」
キッとしたおつやの方はカケルを押し退け身を離そうとした。だが、カケルの太い腕に抱かれているおつやの方は身を離そうと、もがくが体はピタリとカケルの胸板に張りついた。
「こら、助兵衛! ワラワを離さぬか! 離せ! 離せ! と言っておろうに!! 」
カケルは立ち上がって、暴れるおつやの方を宙ぶらりんにした。腰を掴んでグッと引寄せて、再び、唇を重ねて黙らせた。
「助兵衛の馬鹿! ワラワはもう逃げも人を呼んだりもせぬ。お主には逆らえない。分かったから素直に言うことを聞こう」
カケルはそっとおつやの方を下ろした。そうして、布団で互いに足を崩してドカリと座った。
「教えて下さいおつやの方様。これまで、あなたが心の奥へしまっていた物」
おつやの方は、カケルへポツリポツリと語りはじめた。「まず最初の夫は――」
――永禄元年(1557)尾張の国(現在の愛知県)、清洲城。
城中の中庭に咲いた真っ白なヤマボウシの傍らで、侍女たちと玉遊びに興じる黒髪の美しい幼き少女。
「コレ! おつや様、あまりオテンバが過ぎてはなりませぬ! 」
「ワハハー、婆やこれしきのことで息が上がるようではワラワの侍女はつとまりませぬよ」
おつや思いきって毬を蹴る。コロコロと中庭から外れた縁側まで転がった毬。そこへ供を連れた14歳のおつやより10歳ほど年長な織田信長が現れる。
信長は中肉中背の色の白い神経質のような男であった。おつやの転がした毬を見つけると、ギロッと眉間へシワを寄せおつやを睨み付けた。
信長は庭へ下りて毬を拾い上げおつやへ渡した。
「これは叔母上、活発でよろしい」
おつやは信長の威圧感に気圧される様子もなくケロリと、
「ウム、信長よ。ワラワもそなたが活発でうれしいぞ」
「(ギロッ!)」
骨肉の争いを乗り越え若き大名になった信長は、立場もわきまえず対等に話すこの小娘を今にも絞め殺すような険しさで睨み付けた。
と、そこへ、信長の小姓として侍っていた若衆髷の青山与一が進み出でて、何やら信長へ耳打ちした。
信長は「ウム」と、頷くと与一を残して行ってしまった。
残された与一は、ニコリと白い歯を見せ、毬を拾い上げおつやへ渡した。
「おつや様、あんまりオテンバが過ぎますとお嫁の貰い手がなくなりますよ」
おつやは、この爽やかな侍の与一に一目で心を奪われてしまった。おつやは、与一へ「ついてまいれ!」と、手を引くとヤマボウシの植込まで連れていき、膝間跪かせると、真っ白な大輪のヤマボウシを一輪ちぎって、与一の髪へ差してやった。
「与一よ。お主はワラワの婿になれ、よいな約束じゃぞ」
とおつやは与一へ小指を出した。
与一は、ニコリ微笑んで、
「分かりもうした与一はおつや様の婿に成り申そう」
と、指切りをした。
しばらく月日が流れたある日――。
婆やが息を切らして中庭で女らしくヤマボウシの手入れをするおつやの元へ駆け込んできた。
「おつや様! おつや様の嫁入りが決りました! 」
「えっ! 」
「信長様は、おつや様の願いを聞き入れて下さりさっそく明日には輿入れでございます!」
「相手は、青山与一であろうな!? 」
「何を仰有ります。相手は家中の青山与一のような小物ではございませぬ美濃の国、斎藤義龍が重臣の日比野下野守清実様にございます」
ヤマボウシの花がこぼれた。
――岩村城の寝所。
向い合せのおつやの方とカケル。
「ワラワにも好いた男があった。戦国の世を生きる織田家の女として、桶狭間の戦いの傷も癒えぬ織田家の為、斎藤家との政略結婚を受け入れた。しかしの大名の斎藤義龍がコロッと病死して15歳の息子、龍興になると信長は和議を裏切って、日比野が守る墨俣へ一気に攻め寄せ夫もろとも奪い取ったのじゃ」
おつやの方は、遠い目をして、話をつづける。
「ワラワは幼かったのもあって日比野とは関係がなかったこともあって心も痛まなんだ。むしろ織田家へ戻って青山与一へ会える事がうれしかった」
おつやの方は微笑んで、
「織田家へ戻ったワラワは、信長様へ今度こそ青山与一と夫婦になれるように直訴したのじゃ。その時の信長は二つ返事でワラワと与一の夫婦話を認めたのじゃがワラワと与一の暮らしは長くはつづかなんだ……」
――永禄5年(1562)
「(悲しいおつやの声)翌年、信長はワラワと与一の夫婦を引き裂く政略結婚を再び持ち込んだのじゃ……」
夜の山道を月明りをたよりにおつや手を引きひた走る与一。
「おつや様、この峠を越えれば織田の息のかからない伊勢の国(三重県)もう一息にござる。ほれ、伊勢の港の灯りが見えましたぞ!」
ワラワと与一は信長から逃れるために夢中で逃げた。しかしな……。
「伊勢の港へ着いたワラワと与一は、不幸にも、すでに計略で北畠家から織田家へ転ぶ約束をしていた商人を頼ってしまったのじゃ。何も知らないワラワと与一は安心して舟で眠った翌日には織田家へ引き戻された……」
おつやの方の頬を伝う一筋の涙。
「信長はワラワと与一を引き裂きも裁きはしなかった。ただ、与一を戦へ送りだしたのじゃ……」
カケルは、眉をハの字に寄せて、
「与一さんどうなったの? 」
「愛した夫は2度と家には戻らなんだ。そして、翌月には、ワラワは岩村へ輿入れしておったのじゃ……」
つづく