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147戦火の予感(左近のターン)

 琵琶湖湖畔を頭の先から尻尾まで、終わり見渡せないような長蛇の列を作って逢坂(滋賀県、大津市)を織田信長が京都を目指して総勢七万の兵を連れて進軍している。


 サササ、と橙色の忍び装束を纏った信長お抱えの甲賀忍びが走り込み、信長の轡を取る覚めるような鋭い目をした侍の前で膝を折った。


「四郎兵衛様、京より火急の知らせが入りました」


「うむ、貸してみよ」


 四郎兵衛こと、多羅尾四郎兵衛光俊(たらお しろべえ みつとし)御年六〇を迎える甲賀忍軍の棟梁は、先頃、信長に滅ぼされた近江の六角氏から、状況不利と見るや、同じ近江日野城主、蒲生賢秀がもうかたひでに近づき、信長に転じた。


 白髪の総髪にまだらに黒髪がのこり、常に眉間にシワを寄せ睨みつけるように眉を吊り上げている。眼は鋭く、右の眉から頬にかけて修羅場を掻い潜ったであろう一直線に深い刀傷がある。キュッと細く高い鼻柱の下に髭を蓄え威厳を示し、意思の強い真一文字の口を閉じている。小袖の上に肩から狼の皮で拵えた上締めを羽織っている。


 四郎兵衛は、さっと、目を通し、馬上の信長を仰ぎ見て、「ついに、公方様が動きましたぞ!」と声をかけた。


 信長は、四郎兵衛の呼びかけを特に気にする素振りもなく、まっすぐ、京都へ向かう道の先を睨みながら、


「で、あるか」


 とそっけなく応じた。


「おや、都の方角から、二匹の早馬が参ります。あれは、将軍家御側近くに仕える細川藤孝と、摂津茨木城の荒木村重にございます」


 駆けつけた細川藤孝と荒木村重は、信長の前まで来ると馬を飛び下り膝をついた。


 それを多羅尾光俊がうけて、


「殿の恩前まで馬にてやって来るとは何事じゃ?」


 細川藤孝は、頭を下げて、


「公方様、京、二条城を引き払い、槇嶋城(まきしまじょう)にて挙兵致しました。それを信長様に知らせに参りました」


「で、あるか」


 荒木村重がつづいて、


「摂津衆は公方様と示し合わせて決起した三好三人衆を駆逐するため兵を上げ押さえております」


「で、あるか」


 荒木村重は、信長の心の無い機械のような反応に、将軍家を裏切り、天下人に最も近い有力大名の織田信長の元に馳せ参じたのであるが、この時の信長の心の底が覗き込めない深遠な人間性に恐ろしさを感じた。


 村重は、鬼瓦のような骨ばった四角い顔で心意気で対峙し人間に怯むような人間ではない。ほとんどの場合、村重と向き合えば、その太く吊り上がった眉と、大きなギョロ目、大きな鼻先から頬を伝い顎先までみっちりと埋め尽くす逞しい姿に気迫されるのだ。


(信長は、ワシを歯牙にもかけて居らぬ……なんて、漢だ)


 信長は、なにも新参者にたいしてだけ冷淡なのではない。古参の家臣に対しても冷淡だ。信長の父、信秀の時代から織田家に仕える筆頭家老の林秀貞はやしひでさだなどは、武辺の才能は無き者と見限られ、もっぱら、内政、外交交渉と、武将としての才より政治家的な才を重宝されている。しかし、秀貞は、信長の視線の先には入っていない。信長の視線の先に入るのは、織田家では有名な小唄。”木綿藤吉、米五郎左、かかれ柴田に、退き佐久間、”。

 古参ならば、

 木綿のように丈夫で非常によく働く木下藤吉郎。

 何をやらせても一定以上の結果をのこす欠かすことのできない丹羽長秀。

 馬鹿がつくほど実直な武骨者で戦にめっぽう強い、柴田勝家しばたかついえ

 対峙する敵の前から状況不利と見るや、退却する殿軍しんがりを任せれば見事にやってのける佐久間信盛。


 新参者では、さきほど、

 将軍家と織田家を結び付け上洛の手筈を整え立身出世を果たした明智光秀。

 元甲賀の忍びで、巧みに鉄砲隊を活用して戦火をあげる滝川一益。


 などは、信長も、面と向かって「で、あるか」以外の言葉も交わすが、林秀貞は、筆頭家老であっても信長の構想からは外れている証拠に、どんな結果を出しても、報告に上がっても、「で、あるか」以上の言葉を聞いたことがない。


 信長は、自分の与えた任務をこなすのは元より、家臣が、自分の頭で考え、信長の想定を超えた結果を示す家臣を好むのだ。


(ワシは、この方の期待に応えられるであろうか……)


 荒木村重は、人知れず、不安を覚えた。




 実際は、京都へ向かって進軍しているのは織田信長だけであるのだが、洛中には


「徳川を打ち破った武田信玄が、兵五万を率いて上って来るぞ」


「朝倉義景は兵二万を率いて信長の背後を突く」


「三好、本願寺が、兵二万を率いて、公方様を補佐して、信長を迎え撃つぞ!」


「丹波の赤鬼赤井直正が来たから入り、四方から信長を囲むそうな、もはや、織田信長は袋の鼠……」



 京都所司代は、将軍家の信長との対立、決起を受けて、慌ただしく動き出した。


 京都所司代、村井貞勝は、信長の早馬を受けて、将軍家との和睦を仰せつかった。和睦とは言っても、これは上洛には今しばらくかかる、信長の行軍を待つ間の時間稼ぎをせよとの密命だ。


 村井貞勝は、決起した将軍家に乗り込む命がけの任に同行する若者を誰にした者か頭を捻っている。一歩言葉を間違えば、自分も含めて、命の保証はない。運が良くて人質として囚われの身。悪く転べば、見せしめとしてさらし首に相成ろう。機転が利いて、弁舌が立つ者……。


 村井貞勝は答えの用意に出ない回答を思案した。


(弁舌と云えば石田佐吉ではあるが、あやつは、言葉が危なっかしい……主、丹羽長秀のように、重宝するのは江口正吉であるが、あやつは、空気を読みすぎる……柴田勝定、あやつは武骨で交渉には向かん……長束正家、あやつは身分卑しく、務めて日が浅い……残すは、渡辺勘兵衛か……)




 つづく





あけましておめでとうございます。

星川は、才能に乏しく、遅筆なため、中々毎日更新とは参りません。

コツコツ、コツコツ続けて行くこと、作者もカケルと左近がこれからどうなるかは分かりません。

ただ、作者は、2人の人生を見届けたいと思っております。

応援よろしくお願いします<(_ _)>〈 ゴン!〕

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