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146富太郎と伊織(カケルのターン)

「オイラと伊織の願いは聞けないって、約束が違うじゃねぇかよ~」


 と、山県昌景こと政吉とお虎、今、合流した嶋左近ことカケル、菅沼大膳、月代、そして、松倉右近に、蜘蛛の六郎太は、今更、富太郎のネットワーク買いを聞いて細久手の町に戻るのは、自己から河尻秀隆の網にかかりに行くようなものだと全員一致で約束を反故にすることで固まった。ただ、一人、カケルを除いては。


「このまま、富太郎さんを放り出していくのは可愛そうじゃないか」


 とカケルが頼りない富太郎に同情して言い出した。


「馬鹿者、左近! ここで、富太郎に同情して、旅の目的をしくじったら元の木阿弥ではないか!!」


 とお虎が叱りつける。


「しかし、左近が言うのも一理……」


 菅沼大膳が、カケルの援護射撃が口を突きかけると、すかさずお虎が、


「お主は黙っておれ!」


 と菅沼大膳を睨みつけた。


「でもね、お虎さん、オレたちは花白温泉で、女将さんと約束したじゃい。富太郎さんのことは任せてって。オレはやっぱり約束は守りたいな。どうかな? 政吉さん?」


「仕方あるまい、細久手の町に戻るは、危険ではあるが、ここで富太郎を放り出すのは、確かに、左近が申す通りに筋が通らぬ。よし、危険は承知で、町にもどるか」


「父上!」


 山県虎が、無謀な父昌景の発言に悲鳴にも似た声をあげる。


「やっぱり、信頼できるのは政吉のおじさんだよ」


「しかし、町へ戻るのは、左近お主とお虎、そして、富太郎だけじゃ」


「なんと、わたしもですか父上!」


「うむ、そうじゃお虎お主も左近についてゆけ」


「お言葉ですが、父上、何故、わたしが左近と富太郎なような軟弱な男たちについて行かねばならるのです」


「それは、お虎、頼りないからさ。しっかりしたお前がお守してやれば安心だろう」


「しかし、父上の……」


 山県昌景は、ゆっくり首を振って、道案内には松倉右近殿に月代殿、護衛には菅沼大膳一人おればなんとかなろう。お虎、しっかり、左近について行くのじゃ」


 山県昌景は、自分と菅沼大膳、月代、松倉右近、蜘蛛の六郎太と先へ、カケルとお虎、そして、富太郎を細久手へ残し、先の井ノ口(岐阜県)で会おうと再開を約束し分れた。


 美濃国井ノ口(現在の岐阜県岐阜市)、美濃の大名斎藤道三によって切り拓かれた町で、六年前、永禄一〇年(一五六七年)、織田信長が道三の孫斎藤龍興さいとうたつおきを攻め滅ぼして、地名を、岐阜へと改めた町で現在の織田信長の居城である。





 細久手の町は、北庵法印の連れの左近と菅沼大膳、娘の月代が逃げたことで怪しんだ河尻秀隆がすぐさまふれを出し追っ手を差し向け、いたるところで、槍を持った足軽が警戒し、怪しい者がいればすぐさま声をかけ取り締まって歩き緊張に包まれている。


 細久手の町の街道筋から山手へ丘陵を少し上った外れのあばら屋の木窓に富太郎が飛びつくように組み付いた。


「伊織、伊織元気か!」


 あばら屋には、まだ、歳の頃は二三、四。婚期の早いこの戦国時代にしては行き遅れた感はあるが、美しい髪と、眉丘に沿った細く薄い眉、瞳は大きな垂れ目、口元はほころんで愛嬌がある。何より印象的なのは大きめのその鷲鼻だ。伊織は、どこか男好きして、ほっとけないような印象がある。


「あれ、富太郎さん来てくれたの?」


「当たり前じゃないか、伊織、オレはお前にぞっこんなんだぜ」


「嬉しいよ富太郎さん、ささ、上がって下さい。おや? お連れかい?」


「すまねぇ、ホントはお前を迎えにオレ一人で来たかったんだが、おっ母が、この人たちが一緒じゃなきゃ金を渡さなかったんだよ」


「いいんだよ富太郎さん、あたいは、あんたがここへ来てくれることだけで、救われる心地がするのさ、ささ、なにもないが、上がっておくれよ」



 伊織は、細久手の町の辻に立ち、富太郎のような銭を持っている遊び人の男を見つけては声をかけ、このあばら屋へ上げ客をとる”辻君つじきみ”と呼ばれる客引きをしていた。


 伊織は、体で稼ぐ女だ。戦国のこの時代さしたる避妊具がない時代である。子供の一人や二人は居てもおかしくはないのだが、このあばら屋から子供の声が聞こえないことを見ると産めない体なのだろう。


 伊織は、茶を向かい合わせのカケルとお虎に出し、自分は富太郎の横にちょこんとその肩口にもたれかかるように座った。


 それを見たお虎が、


「ううん、ゴホン! ゴホン!」


 と伊織を窘めるように咳ばらいをした。


 伊織はその意味を分かっているのだが、「なんだい? 男と女は素直になって初めて結ばれるのさ」とでも言いたげに、富太郎の腕に組み付いてその豊満な胸をぶち当てた。


 お虎は、目を剥いてカケルに、


「おい、左近、お前からもなんとか言え!」


 とけしかけた。


 カケルは、お虎や、月代とは魅力が違う、しっぽりとした色気の伊織に鼻の下が伸び切っている。


 それに気づいたお虎が、悋気を妬いて、「キッ!」とカケルの腿を力一杯につねり上げた。


「イテテテテッ! いきなり何するのさ、お虎さん!!」


「左近よ、我らは話し合いに来ておるのだ。お前が、富太郎と一緒に鼻の下を伸ばしてどうする。しっかりせぬか!!」


「だって、伊織さん……」


 とカケルが名を呼ぶと、伊織は、


「なんだい?!」


 と、なんとも優しい垂れ目と微笑みを向けて笑いかけた。


 男は、この手の女には皆骨抜きにされて弱いのだ。


 キッ! 


「イテテテテ!」


 お虎が、また、カケルの腿をつねり上げた。


「左近よ、まだ、わからぬのかしっかり目を覚ませ!」


 これにはカケルもたまらない。カケルは、気を取り直して座ると、


「実はね、伊織さん。今日、ボクたちが富太郎さんについて来たのは、富太郎さんと別れて欲しいからなんだ」




 つづく





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