144お主たちは料理も出来ぬのか!(カケルのターン)
朝になった。まだ明けきらぬ夜明け前に、カケルと菅沼大膳、月代が旅支度をして、街道筋に立った。少し遅れて、松倉右近が供を連れてやって来た。
菅沼大膳が、目ざとく気づいて、
「その者は誰じゃ」
すると、松倉右近は、堂々とした口調で、
「この者は同じ筒井家に仕える元伊賀忍びで、殿からの使いで大和忍軍からの寄こされた者だ」
「大和忍軍?! あまり聞かぬ名じゃな?」
「大和も松永久秀と緊張状態にあっての、諜報活動は欠かせぬのよ」
「うむ、その者の名は?」
「蜘蛛の六郎太と申してな、この旅に役立てよと殿から遣わされた」
松倉右近のこの言葉は真っ赤なウソである。蜘蛛の六郎太は、昨夜、河尻秀隆に面会したとき、山県昌景の消息を掴んだらスグにつなぎをつけれるようにつけられたのだ。
カケルが、月代の微笑みをうかがい見るように振り返ると、視界に蜘蛛の六郎太の姿がはいった。
蜘蛛の六郎太の眼は、細く蛇眼で、同じ、忍者でも加藤段蔵のように、技に生きる職人気質のカラッとしたところがない。人を幾人も後ろから刺し殺したような薄気味悪さを感じる。
(なんとなく、六郎太さんを見ると、右近の言うことは信用できないな……)
カケルはボンヤリとそんなことを思った。
その頃、先に逃げた山県昌景とお虎、そして、白花温泉のドラ息子、富太郎は、鳶加藤こと加藤段蔵の計らいで、細久手領内を少し離れた、山間の農村の水車小屋へ身を隠している。
ぐう~~!
富太郎の腹が鳴った。富太郎は、なぜ北庵法印の一行の荷物持ちの政吉が、鶴ヶ城の主、河尻秀隆から逃げたのか理解できないでいた。それよりも、富太郎の心の中を占める悩みは、細久手の町にいる女、伊織のこと。富太郎は、空腹がうまれば、次の瞬間にはそのことを切り出そうと必死だ。
カタツ!
小屋のカギが外から開いた。そして、入って来た鳶加藤の手には、土のついたフキノトウ、ゼンマイ、明日葉、かぼちゃ、しめじだけ、ねぎも見える。それに、近隣の農家に忍び込んでくすねて来たのか、少量ではあるが味噌に玄米、そば粉まである。
「政吉殿、三人には少のうござるが食料を調達いたしましたぞ、スグに食い物をこさえて腹を満たされよ某は、外の見張りがありますのでこれで」
と近くにいた富太郎に渡した。
富太郎は、困った顔をして、
「おらぁ、生まれてからこの方料理なんて自分でしたことないのでわからねぇよ」
とお虎に突き出した。受け取ったお虎はお虎で、
「わたしも、生まれてこの方、槍と刀、武術の稽古はしても、包丁とお玉は握ったことなどない。富太郎これは返すぞ、お前が作れ」
押し付けられた富太郎は、
「料理ができない女ってどんな女だよ、お城の姫様でもあるまいし」
と不満顔。
すると、囲炉裏にいた山県昌景が立ち上がって、富太郎から、
「貸してみよ」
と野菜の乗ったザルをうけとると、台所へ下りて、額にねじり鉢巻きを巻いて、包丁で小気味いい音を奏でだした。
山県昌景の料理は、なかなかのものであった。武田家にこの人ありと言われる武勇に聞こえた赤備えの山県昌景がまさかいっぱしの料理人さながらに料理ができるものとは、娘のお虎でも思わなかった。
囲炉裏を囲んで、火にかけた鍋を山県昌景自ら、茶碗に取り分ける。お虎に、
「食べて見よ」
と差し出した。
山県昌景が拵えたのは、肉とうどんこそないが、代わりにそば粉を捏ねて作った ほうとう鍋だ。
父の料理を一口クチに運んだお虎が目を見開いて、
「父上、どこでこのような料理を! わたしが物心ついてからの父上は台所に立つ姿は一度も、まさか、自己から料理を作れるものとは思いませんでしたぞ」
「こう見えても、ワシは、若い頃から苦労を重ねておるからのう。お虎、お主と違ってこれくらい朝飯前じゃ」
「おはずかしいかぎり」
「此度のことで、お虎、お前を男勝りにこの父が育てはしたが、まさか、料理の一つも出来ぬとは、ちと、育て方を間違ったわ。国に帰ったら、ワシが、じっくり料理を仕込んでやるからの。そうでもせぬと、好いた漢の胃袋はつかめやせんだろうて」
「はい、父上、楽しみにしております」
ぐう~!
富太郎が今にもよだれを垂らしそうな顔で、政吉さん、オイラにも早くおくれよ」
「うむ、食え、富太郎。腹一杯食うのじゃ」
富太郎は、茶碗をうけとると、犬がエサを食らうように、箸よりも先に顔が茶碗をおおう始末。
見かねた山県虎が、
「これ、富太郎、いくら腹を空かせているとはいえ、そのような食い方は、まるで、獣じゃ。誰も取りはせぬ落ち着いて食べよ」
それを聞いた富太郎が、顔を上げて、
「おらぁ、こんな美味いほうとうを食べたのは初めてだ」
と会心の笑みを浮かべ、空っぽの茶碗を山県昌景に差し出した。
茶碗を受け取った昌景は、頼りない我が子でも見るように、再び、茶碗を満たしてやり、
「おかわりじゃ、遠慮なく、食べよ」
と差し出した。
茶碗を受け取った富太郎は、また、顔を沈めた。
それを、見た、お虎が、
「これ、富太郎!」
「キャン!!」
お虎に叱られた富太郎は、子犬のような鳴き声を上げた。
歴戦の勇士、さすがの山県昌景もこれには顔を崩して笑い声をあげた。
ほう~ほう~ほう~!
フクロウの合図だ。これは加藤段蔵が、誰かがこちらへ向かってくるときの合図だ。
「左近殿たちがこられましたぜ。おや、一人、見慣れない男が一人増えてますぜ。某は、一旦ここで身を隠します。それでは、政吉様、旅のご無事を」
つづく
今夜はテレビで戦国大名総選挙をやっていた。信長、秀吉、家康の三英傑をはじめに、最近では、北条早雲、北条氏康、後北条氏が見直されているんだなあと。