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139天の巫女の妙薬(左近のターン)

 天の巫女から妙薬を受け取った左近と、小者の二ツ星の徳兵衛は、昼に差し掛かったので、近くの一膳めし屋へ入った。


「で、先ほどの女はどういうつながりなのだ」


 と左近は単刀直入に尋ねた。


「あの女はオイラが大和の国高取に暮らしていた時の昔馴染みですや」


「大和の国高取といえば大和生薬で有名な里であるな」


「渡辺様、よく、ご存じで……」


 大和国高取の里は、古来、都に近く、疫病から朝廷人を守るため中国伝来の生薬も栽培されている。地黄じおう当帰とうき人参にんじん大黄だいおう、などが有名だ。ここでは、それぞれの効能についての説明は差し控えるが、大和はいわゆる漢方薬の一大産地であったのだ。


 左近は、二ツ星の徳兵衛から受け取った包み紙をほどいて、現れた白い粉を指でさすってペロッと舐めた。


 左近は、「これは!」目を見開いて、徳兵衛にも舐めて見ろと差し出した。


「これは、妙薬などではなくただの小麦粉ですぜ! お初の野郎、今から追っかけてとっちめてやる!!」


 左近は、大きく手を振って、


「よせよせ、徳兵衛。疫病などに人心が乱れるときには、人はワラにも縋る気持ちで、神や仏や邪心にさえ心のよりどころを求めて縋りたくなるのじゃ許してやれ」


「しかし、渡辺様、これはれっきとした犯罪、騙りですぜ?! 京都所司代様に報告した方がよろしいのでは?」


「構わぬ、それくらい現在の都は、疫病で不安が広がり人心が乱れておるということだ」


 とそこへ、


「おお、渡辺勘兵衛、ここにおったか」


 と柴田勝定と小者の杏林の寛吉が左近の向かいの席に座った。


「おい、女将、こちらにも一本つけてくれ」


「お頭、朝から酒ですかい? 同僚の渡辺様の前で飲んで、もし、村井様に報告されたらお咎めに合いませんので?」


「いや、渡辺殿とワシはツーカーの仲であるから心配には及ばぬ、のう?」


 左近は、茶をぐっと飲み、薄笑いを浮かべて返事にした。


「それはそうとな、お主、知っておるか? 今、市中を歩いているとな天の巫女なる一団が横切り……」


 と言いよどむと、寛吉に目で合図を送って、


「渡辺様、こちらににございます」


 と左近たちが話していた同じ妙薬を取り出して見せた。


「お主たち、天の巫女なる一団が妙薬と申して、配り歩いているのは、薬には遠く及ばぬ真っ赤な偽物。ただの小麦粉じゃ。わしには、幸い、医術の心得の有る杏林の寛吉が小者についておるゆえにわかったが、心得のないお主たちにまずは知らせておこうと思ってな」


 というと柴田勝定は徳利を掴むとそのまま口に運んで飲み干し、


「ここの勘定は頼んだぞ」


 とさも重要な情報を教えて去るように出て行った。


 見送った左近と、徳兵衛は目を丸くして、図々しい態度の柴田勝定を見送った。




 午後も、市中へ出た左近たちは、やはり市中で天の巫女の一団を見かけた。


 此度は、大店が軒を連ねる左京の町だ。


 店先に立った十二人ほどの一団は、チリーン、チリーンと鐘を鳴らし、


「お越し召す召す、天の巫女様、病治し奉らん、病治し奉らん~」


 と講釈を垂れる。


 すると店から手代や番頭が中から現れて、小判一枚ほど掴ませてありがたがって妙薬を買い取る始末。時には、店に誘われて中へ入り、サラリサラリと霊験あらたかな”疫病退散”と書かれた護符を書いて、これまた、一両なり、二両なりで売りつける始末だ。


「親分これは捨て置けねぇですぜ」


 二ツ星の徳兵衛はつい癖で、左近のことを親分と呼んだ。左近は、別段、それを咎めもせずそのままに、


「ワシは、たとえ、騙りであったとしても、手の施しようのない疫病に、庶民にとっての心のよりどころとなりうるならば見逃すつもりであった。だが、商人とつるんで大ぴらに妙薬を売り始めたのでは話は別だ。なんらかの断を下さねばなるまい」


 と左近と徳兵衛が、遠巻きに天の巫女の入っていった大店を見張っていると、中から、人目を掻い潜ってお初が走り出た。すぐさま、腕っぷしの強そうな男が後を追って、お初を捕まえると、いきなり、頬を張り飛ばした。


「逃げようったって、そうは、問屋がおろさないぜ」


「もう、私は、人を騙して薬と偽って小麦粉を売るのは嫌です」


 男は、再び、お初の頬をぶって、


「おう、お初、人聞きの悪いことを往来で言うんじゃないぜ。そんなこと、されちゃあ、天の巫女様のご威光に傷がつく。いいから来い!」


 男は、嫌がるお初の腕を掴んで無理やりに引っ立てて連れて行く。


「お初!!」


 それを見た徳兵衛が、居ても立っても居られず助けに行こうとするのを、左近が、腕を掴んで「今は、いけない。泳がせておくのだ」と押しとどめた。




 夜更けた。夕闇に町が暮れる頃、京都所司代の長屋へ戻った左近たち、京都所司代若手組は、今日市中巡回で見聞きした情報を額をつき合わせて話した。


 左近、柴田勝定、江口正吉、話すことは、同じ天の巫女の騙りについてであった。しかし、石田佐吉一人は違って、


「天の巫女の妙薬が、小麦でウソ偽りであったとしても、それを、独占してこちらの物としてしまい、京都所司代が天の巫女の妙薬に税を上乗せして市中にばら撒けば一石二鳥、戦の軍資金も増えて、市中には一時の平静は保てましょう」


 とさも平然と詐欺の片棒を担いで銭儲けを画策する始末。


(佐吉よ、その後はどうする。京都所司代が偽りを申して庶民を騙したとあっては、収まるはずの治世も治まらなくなる)


 左近は、そう思うのだが、自説を否定されると、そのプライドの高さからひきつけをを起こしかねない佐吉には黙っておくことにした。


「佐吉よ、それはおもしろい名案じゃな」


 とさっと襖が開き、京都所司代、村井貞勝が入って来た。





 つづく




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