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134山県昌景は政吉さん(カケルのターン)

「動くな、曲者! お主、織田の間者だな!!」


 女たちの寝こみを狙って、女将の部屋からなにかを盗み出そうとして忍び込んだほっかむりの男を、背後から山県虎が槍を構えて叱りつけた。


 山県虎の剣幕に「あわわ!」と尻もちをついた男は、


「待ってくれ、殺さねぇでくれ、オレは違うんだ。断じて、織田様の間者なんかじゃねえ!」


「ならばなぜ、我らの寝付くのを見定めて部屋へ忍び込んだのだ!」


 男は、細工箱を見せて、


「コレだ」


「なんだそれは?!」


「オレはこの中身、おっ母の銭が目当てなんだよ」


「おっ母?!」


 すると、騒ぎを聞きつけて女将が灯りをもって、部屋へ飛び込んで来た。


「富太郎!!」


「おっ母、助けてくれ!!」




 夜更けの女将の部屋に明かりが灯り、一行の面々は皆起きて来た。


 平身低頭へいしんていとう平謝ひらあやまりする女将に、座長の北庵法印が、好々爺の眉を落として、


「いやいや、女将さん頭を上げて下され、我らも、理由は申せませんが訳ありの旅の一行。用心には用心を重ねませぬと旅の無事は願えませんからな、連れが息子殿へ少々手荒な真似をいたしました」


 女将は、不肖不精ふしょうぶしょうの息子の失態を詫びるように、


「申し訳ございません。四十を越えて授かった今は亡き主人との一粒種、女手一つ、甘やかして育てたものですから、此度のような失態を致しました。本来でしたら、お侍様の作法に従うと、腹を召すような、命事いのちごとの裁きをされるところ、どうか、愚かな母の一念とおもしめして寛大なお許しをお願いいたします」


 北庵法印は、事の裁きを仰ごうと、ちらと、山県昌景をうかがい見た。


 目を合わせた山県昌景は「ことを荒立てぬでもよかろう」とコクリと首肯した。


 昌景の寛大な判断をうけて、北庵法印は、眉尻を下げて、


「わかりましたぞ女将殿、我らも無理を言ってこちらへ一夜の宿を借りた身、日が登ればまた旅の空に戻る身ゆへ、此度の一件は夢の中の出来事として水に流しましょう。しかしじゃ、富太郎殿は何のためにお女将さんの寝所に忍び込もうと考えたのじゃ」


 それを聞いた女将は胸元から手拭をとりだして、目元を抑えた。


「これ、富太郎、その話は自分の口からおっしゃい!」


 自分が原因であるのに、ふてぶてしく背中半身で叱られていた富太郎が、突然、話を女将から向けられて、動揺したように「おら、嫌だよ恥ずかしい」と袖をつかんだ。


「しっかり自分でおっしゃい!」女将はピシャリと富太郎の手を払いのけた。


 富太郎はなにから話始めたらよいのか、親指を咥えて思案する。


 それを見た山県虎が、獲物を狩るような目で、


「おい、富太郎、我らの寝所へ忍び込んで置いて、申し開きが一つでも違えばただで済むとはゆめゆめ思うなよ!」


 噛みついた。


 富太郎は、いっそう甘えて「おっ母、おら、おっかねえよ~」と袖を掴んだ。


 女将は、富太郎の袖を掴んだ手を握って、ゆっくりと、土下座でもさせるように、畳に手をつかせた。そうして、背中に隠れた富太郎の目をしっかり見つめて、懇々と説得でもするように話始めた。


「いいかい、富太郎、あんたはいつものように私の寝所へ忍び込んで金子を掠め取りに忍んだかもしれないが、今夜の過ちは、相手がお侍様だ。それはもう命をやり取りする話なんだよ。だから、しっかり、誠心誠意謝るんだよ」


 ガリガリと親指の爪を噛む富太郎。「これ! その癖はやめなさい!! しっかり、自分の口から話すんだよ」女将が叱りつけた。


 富太郎はしかたなく手をついてポツリポツリと話始めた。


「おらぁよ、細久手の町に惚れた女がいるのさ、その女がよ、親の借金が払えず身売りしそうなんだ。そんなこと、あっちゃあならねえ、とオレだ一肌脱いで救ってやろうと思ったわけだ」


 富太郎の申し開きに、女将は頭を抱えた。


 それを見た北庵法印が、女将に話を向けて尋ねた。


「おや、女将さん、富太郎殿の申し開きに何やら頭を抱えて居るようじゃがどうされましたな?」


 女将は、ツッパッた物言いの富太郎の手をピシャリと叩いて、北庵法印に頭をさげた。


「息子の申し開きは真実ではございません。息子は、細久手の町の色茶屋の女にうつつを抜かしているのでございます」


 女将の言葉に、富太郎はムキになって、


「ちがうよ、おっ母! オレと、伊織いおりはそんなんじゃねぇ。オレたちはもっと純真な愛で繋がっているんだよ」


 女将は、呆れたかのように「はぁ~」と大きなため息をうって、


「いいかい、富太郎、あたしゃ何度も言ってるだろう。色茶屋の伊織は、あんたを客としか見ていないって」


 富太郎は、ブンブン首を振って、


「いいや、おっ母、伊織は他の色茶屋の女とは違う。いつも伊織はオイラと逢うときはしっかり手を握って、『富さん、あたしを救えるのはあんた一人だよ。お願いだから、毎日通って、あたしを一人占めにして離さないで』ってオイラの目を見つめて毎日、懇願するんでぇ」


 それを聞いた山県虎は、ポツリと、


「どうしようもない馬鹿だ」


 と死んだような冷たい目を放った。


 それを聞いたカケルは、身を乗り出して、ズズズいと、進みいでって、床に着いた富太郎の両手を握り上げた。


「オレにはわかるよ、富太郎さん。その気持ち、愛する伊織さんのこと何とかしてやりたいよね。こういう時に頼りになるのは政吉さんだよ。ね!」


 と懇願するように、山県昌景の顔を見た。


(政吉とはワシのことか?! 初めて聞いたぞ??)


 カケルに懇願された、山県昌景は、困惑の表情を浮かべたが、次いで、女将が、


「政吉様、富太郎が女にうつつを抜かしているのは事実にござります。許されるなら、此度の息子の仕置き、あなた様へお任せする訳にはいきませんでしょうか。どうか、よろしくお願いいたします」


 と三つ指ついて頭を畳に擦れんばかりに頭を下げた。





 つづく


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