132 松倉右近の秘密(カケルのターン)
慣れ親しんだ「疾風怒濤!~嶋左近~」のタイトル替えました。
完全な、歴史ジャンルではないので、色々、模索していた中での判断です。
もっと、ライトな層へも入りやすい歴史転生小説としてご覧ください。
内容は、歴史を中心に描くことは変わりません。
引き続きよろしくお願いいたします。
武田信玄の遺言を守って、近江国瀬田へ武田の旗を立てるたびに出た山県昌景一行は、日中、ゆるりゆるりと北庵法印の護衛を務める侍としての仮の姿もあるとはいえ、ゆっくりとした旅である。
「今夜の宿は先の三方ヶ原の戦の疲れもあるし、花白温泉へいたそう」とのことで、旅の宿を探した。
街道筋を少し下って、小里川を渡ると、クルクルと回る水車が目に入って来た。
「ほう、水車か、この里はずいぶん景気がよさそうであるな」
と、薬箱を背負った小者に化けた山県昌景は感嘆の声をあげた。
山県昌景は、北庵法印、旅の大将で筒井家から派遣されている松倉右近と話し合って、街道筋にも近い、湯煙上がる温泉宿を今夜の旅の根城に決めた。
暖簾をヒョイとめくって「いらっしゃいまし」と、しっぽりとした三十絡みの気立てのよい女将が顔を出した。
「すまぬが我らの旅の宿をお貸し願いたいのだが」
と、代表の松倉右近が声をかけた。
女将は、優し気な微笑みで出迎えて
「、一、二、三、四……あいにく、先客がいて、大部屋がうまってしまって、この宿は田舎なれば、このような大所帯の七名様がまとめて泊まれるようなお部屋はウチにはございませんが」
すると、北庵法印が進み出て、
「いやいや、女将さん、我らはすし詰めでも、ワラを重ねた馬小屋でもよいのだ。雨風が凌げて、一夜の宿がお借りできればそれで満足なのじゃ」
女将は、顎に一本指を突き立て、少し考えた。
「そのようなお望みなら、ワタシや奉公人が使っている手狭な部屋がございます。そちらをご用意いたしますのでお泊り下さい」
「かたじけないのう女将さん」
――夜更け――
女将の用意した奉公人の二部屋にそれぞれ山県昌景と北庵法印。嶋左近と魂が入れ替わった高校生、時生カケルと、菅沼大膳、松倉右近、と若い男。女将の部屋に、山県虎、北庵月代が、分れた。
月が冴えて来た。
一部屋目の山県昌景と、北庵法印は眠りについた。
二部屋目のカケル、菅沼大膳、松倉右近若い男たちは……。
「おい、左近よ。これまで我らは幾多の戦場を共にして来たが、お主の生い立ちは一度も聞いたことがなかった。お主と、ワシは、生死を共にしたもはや盟友だ。この機会に教えてくれぬか」
「そうだ、ワシも竹馬の友の左近が、武田家へ仕えてどんな戦働きをして来たか、聞かせて欲しい」
と、菅沼大膳と松倉右近がともに、カケルに話を向けた。
(これは困った……)
カケルが、武田家に仕えたのもあるゲームで寝落ちしたらある日、目が覚めたら戦国時代に居たのだ。たまたま、そこへ馬狩りに来ていた山県昌景に気に入られて、仕えるようになっただけで、カケル本人ですら、自分がどうしてこの世界に来たのかも知らない。答えようがないのだ。そこで、カケルは、まずは、菅沼大膳の問いに答えようと、それとなく、松倉右近へ尋ねて、左近の半生を聞き出そうと尋ねた。
「そういや、右近との出会いはどんなだったかな、最近、戦、戦で思い出せないんだよ」
「おいおい、竹馬の友のお主とワシの昔を忘れてもらっては困るぞ、ワシ松倉家とお主嶋家、それに、森家の爺さんを含めて、ワシらは筒井家の若き御当主筒井順慶様を支える三家老の家柄じゃ。そして我らは、宿敵、松永弾正久秀と長年にわたり戦いを繰り返して来た……おっと、話の途中ですまぬが腹が痛くなってきた。すまぬが左近、下痢止めを持って厠へ着いて来てくれ」
「しかたないな」
松倉右近に誘われて、縁側へ出て、廊下伝いに、厠へ向かう道すがら、松倉右近がカケルの首根っこに腕を掛けて、
「左近よ、よく聞け、武田家の者が居る前では言えなかったが、我ら筒井家はこの度、織田家、織田信長へ臣従することになった。この旅の途中で山県昌景の身柄を手土産に我ら筒井は織田との関係を強めるつもりだ」
「え?!」
松倉右近は、ビックリした声を上げたカケルの口を塞いで。
「左近よ、この話は他言無用だ。幼き頃よりの竹馬の友のお主にだから話すのだ」
「それじゃあ、瀬田に山県のおじさんたちが着いたらどうなっちゃうの?」
松倉右近は月明かりに怪しく光る眼を向けて、「おそらくは……」無言で手で首を弾く動きを見せた。
ホウホウホウ……。
さらに、夜も更けて来た。時刻はちょうど丑三つ時に差し掛かった頃合いであろう。男たちの打ち明け話を繰り広げていたカケルたちも、寝息を立てている。そして、もちろん女たちも寝息を立てている頃合いだ。
と、そこで、中庭の勝手口の戸が外からコトリと開いた。開いた戸から黒い影が侵入し中庭を抜け渡り廊下を上がった。そして、そろりそろりと忍び足に女たちの部屋の前まで来ると障子に手をかけ、ゆっくりと音もたてずに引いた。
障子の開いた間をついて月明かりが射し込み、黒い影を照らした。頭こそほっかむりをしているが目元は優し気な男だ。
抜き足、差し足、忍び足、男は女たちの枕元を音もたてずに忍んで行く。
男は女将の部屋の構造をよく心得ているようで、部屋の奥の押入れを静かに開くと、中から細工箱を取り出した。
「(かすかな声で)やったぜ……」
と、男は思わず声を発した。「しくじった!」と思い男は振り返って、眠る女たちを確認すれども、女たちは一向に構わず寝息を立てている。
男は、ふーっつと、息を吐いて、細工箱に手をかけた。この細工箱は、どこぞの職人の仕掛けがあるのか、まともには開かない。細工の組み合わせ動かし方を数回踏まえねば開かないのだ。男は手慣れた様子で、パチリ、パチリと簡単に謎を解いて行く。
「よし!」
男が、細工箱の中身に手をかけた時、
「動くな!」
鴨居の槍を手に握った山県虎が男の背で、槍を構えて立っていた。
つづく