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131侠客、天道の勇次郎の覚悟!(左近のターン)

 ―天道一家・広間―

「野郎ども準備はいいな!」


 上から空色の生地に太陽の揃いの紋付き半纏で固めた天道一家の男たち。背中からクロスに回したたすきを肩口でキュッとしばり、今から討ち入りとでも言わんばかりに腰に短刀を差し込む。最後に頭でねじり鉢巻きをギュッと締める。


「しかし、親分、子狐の伝造の野郎遅いですね」


「おい、鷹山の太刀ノ介、おめぇ、女と遊んでいて、子狐への連絡を怠ったんじゃあるめぇなあ?」


「いいや、親分、今回に限っちゃいくらオレでもそんなしくじりはしねぇ。オレたちゃ、親分の心意気に心の底から心酔してるんだ。そんな筋の通らねぇことしちゃあ、大門の兄貴に脳天に拳骨を食らわせられりゃ」


「そうだったな、おめぇはオレの右腕、大門に心酔してたもんな。疑ってすまねぇ」


「いいってことよ」


 天道の勇次郎は、若頭の大門の哲五郎に額をつきつけて、


「しかしよ哲、鷹山の太刀ノ介がいう通りだったら、子狐の伝造の到着が、遅すぎやしねぇかい?」


「へえ、親分。あっしら、太陽一家がヤクザ者の組ではいくら大所帯とは申せ、手勢は二〇〇そこそ

 こ、この人数で約五倍の一〇〇〇を超える人間が詰める所司代へまともにぶつかっちゃ一溜りもねぇ。そこで、俺たちは、人が寝静まった丑三うしみつ時(深夜の二時ごろ)に京都所司代へ忍ばせた引き込みの手筈でまっしぐらに京都所司代、村井貞勝を討ち取るんだ。少しの計画のぶれも許されねぇんだが……」


 とそこへ、


「親分、子狐一家がきやしたぜ」


「おお、そうか!!」


 身支度を整え、太陽の勇次郎が、玄関へ立つと、子狐一家の若頭狐火の新次が、親分の子狐の伝造不在を伝えた。


「なに? 子狐の伝造がいない?!」


 京都所司代への討ち入り当日に、子狐組の親分、伝造が行方不明だということだ。それもそのはず、子狐の伝造は京都所司代へ密告にあらわれたその日に、石田佐吉にブスリッと始末されている。それに、太陽の勇次郎へ報告する若頭の狐火の新次にしても、早朝に、京都所司代若手組に踏み込まれて、家族を人質に取られて、嫌々ながら協力するほかはない。


「へい、大親分、俺っちたちの親分は、昨日、ちょいと出かけて来るって言ったきり戻って来ねぇんだ……(大親分、気づいてくれ、オレの背中には京都所司代の連中がいるんだ……)」


 と大門の哲五郎へ伝える狐火の新次の背中には、不要な素振りを出来ないように、背中にピッタリ柴田勝定が張り付いている。


「なに、戻って来ねぇ?! 子狐の伝造は昔からずる賢い野郎で、ヤクザ者の信条、”任侠”の精神をバカにするところがあったからな、ここ討ち入りと決まったら、野郎一人で尻尾まくって逃げやがったかもしれねぇ。しかたねぇ、哲! オレたちだけで行くぞ!!」


「街ちねぇ。大門の、まずは、ここにいる子分たち全員にもう一度親子の固めの杯をかわそうじゃねぇか」


 そういうと天道の勇次郎は子分に合図して、樽に入った酒をもって来させた。ポ~ンと、木槌きづちで樽を開けると、柄杓ひしゃくでサッとすくって自分が口を湿らし、ほらよ! と隣の大門の哲五郎へ酒を渡した。


 大門の哲五郎は、そのまま飲み干すと、柄杓を恭しく額の上に祀るようにかざして、天道の勇次郎へ返した。


「よし! おめぇたちも、遠慮なく呑め!」


 鷹山の太刀ノ介、杏林の寛吉、新星の徳兵衛が次々に呑み干す。それに釣られて子分たちが、手酌、柄杓、盃、升を引っ張り出してそれぞれに呑む。


 すると、天道の勇次郎が、


「今、盃と、升を引っ張り出して呑んだ野郎は、今夜の討ち入りへは連れて行けねぇ!」


「え?!」


 固めの杯だと思っていた子分は、天道の勇次郎の申し出に、心の隙をつかれた。第一、理由が分からない。


「これからオレたちは京都所司代へ命を架けた戦を仕掛けるんだ。それが、いくらオレが飲ませた固めの杯とはいえ、うめぇ酒を飲むように、オレが与えた柄杓以外のしゃくを使っているようじゃ、覚悟が足りねぇ。だから、連れて行けねぇ」


「大親分そりゃないぜ!」


 任侠の精神を全うする覚悟を決めて集まった天道一家の子分たちだ。頭から末端の子分まで、天道の勇次郎の”侠客きょうきゃく”の精神が貫いている。


「それに、長屋へ女房、幼い子供のいる奴も連れてはいけねぇ。お前たちは、今日、この時をもって破門にする。今すぐ、天道一家の紋付きを脱いで、帰ってかかぁの乳でも吸ってろ!」


「あと、一つ、命の惜しい奴はオレに付き合うこたねぇ。ここで、破門にしてやる帰れ!」


 鷹山の太刀ノ介が泣きつくように、


「大親分、そんなに子分を絞っちゃ勝てる喧嘩も勝てなくなっちまう」


「なんだ、太刀ノ介、文句があるのか?」


「いや、文句はねぇけど、あんまり人数を減らしちゃ……二〇〇いたのが半分の一〇〇人に減ってら」


「それでいいんだ。オレにとっちゃおめぇたちは家族だ、誰が好き好んで命を纏の戦へ借り出せるもんか。一人でも多く、女房を大事に、子を育て、二度とオレたちのように孤児になってヤクザが増えねぇように天下国家をつくらなきゃならねぇんだ。それが、この天道の勇次郎の最期の戦よ。よし、残ったおめぇたち覚悟はいいな!」


 勇次郎の啖呵で、天道一家総出の京都所司代への討ち入りが決まった時、背中に張り付く見張りの柴田勝定の隙をつき狐火の新次が突き飛ばして、天道の勇次郎の前に立ちふさがった。


「大親分、行っちゃいけぇねぇ! オレたちの討ち入りの情報は京都所司代へ筒抜けだ。今、オレの背中にいるのが京都所司代の捕り方だ!!」


 そういうと狐火の新次は、背中の柴田勝定以下、京都所司代若手組を指差した。






 つづく

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