129京都所司代若手組の企み(左近のターン)
石田佐吉をはじめとする京都所司代の若手組の暴走を、長束正家の密告によって、寸前のところで計画を知ることとなった京都所司代村井貞勝は、佐吉の計画に乗ることにした。
「佐吉、己の手筈通りにいたせ、各々、よいな」
と村井貞勝は言い残して部屋を出て行った。
石田佐吉たちに長束正家も加わって、計画は走り始めた。
京都所司代を出た石田佐吉たち若手組は、まずは左京にある子狐の伝造一家へ小者を連れて踏み込んだ。
一気に、昨夜から子狐の伝造が戻らない組を仕切り、捜索の準備をしていた若頭の狐火の新次を、戸板を蹴破って勢いよく先頭で踏み込んだ渡辺勘兵衛こと嶋左近が脇差のを引き抜き、殺さぬように刀の峯で、子分どもをばったばったと打ち伏せて行く。
「おめえたち、役人がいきなり踏み込んできなさっるとはどういう了見でぇ!!」
子狐の伝造のかわりに、組を仕切る狐火の新次が納得がいかず噛みついた。
左近は静かに、刀を構えて、ドスを抜いた狐火の新次と間合いを取りながら、
「京都所司代である。お前たちの親分子狐の伝造からの密告により、大親分の天道の勇次郎に天下動乱の予兆ありと承った。よって、お前たちを引っ捕らえる」
「なんだと、子狐の伝造が、天道の大親分を役人に売っただと!!」
左近の言葉を聞いた狐火の新次は、ポトリとドスを足元へ落として、肩を落として大人しく京都所司代へ投降した。
カンカンに照り付ける太陽が南中を射した。
子狐一家を制圧した京都所司代は、ヤクザ者の衣服を剥ぎ取ると、己の衣服を脱ぎ捨てて、そのまま、ヤクザ者の着流しへ袖を通した。
「どうです似あいますか?」
と江口正吉が柴田勝定へ尋ねた。
「おう、正吉、お主なかなかのものだ。もし、侍奉公をしくじって露島へ迷うことがあっても、ヤクザ者ならば務まりそうだ。そうだの名は韋駄天の正吉というところだろう。わっはっは~~」
「それを言うなら柴田さんこそ、筋骨隆々の太い腕でこん棒でも掴んで、その髭ずらで凄んでみれば、そのままヤクザじゃないですか、そうだな名は獄門の勝定」
「いやいや、それじゃあ、柴田さんはヤクザというより、山賊しか見えないですよ」
と長束正家がシレっとつぶやく。
「おのれ、裏切り者の長束正家、こともあろうにワシを愚弄するか! そこへ名折れ手討ちにしてやる!!」
慌てて、江口正吉が、
「やめてください柴田さん、我らはこれから一致団結、天道一家の捕り物があるんですよ。いまから、仲間内でいざこざを起こしていちゃあ、上手くいく計画もうまく運びませんよ」
左近も、江口正吉に同調して、
「江口殿が申す通りですぞ。我らはこれからお役目がござる。不満があるならば事が終わってからにいたしませ!」
と釘を刺した。
「うむむ……」
江口正吉と、左近に、言われた柴田勝定も、多勢に無勢、口をつぐんだ。
「これだから武骨者は……」
とポツリと石田佐吉が柴田勝定に聞こえるように呟いた。
怒髪天! 瞬間湯沸かし器の如く柴田勝定は赤い顔して、石田佐吉の首根っこを捕まえた。
「おい、小僧、侍は言葉一つたがえば、そのまま、命を落とすこともあるのだぞ!!」
「柴田さん!! なにも佐吉さん悪気があって申したのではないでしょうに」
「侍が武骨で何が悪い! 侍は太刀一本、槍一本で命を張って戦場を駆けねばならぬのだぞ。それが、最近は、石田佐吉のように口舌に走る軟弱な侍もどきが増えて、ワシは頭へ来ておるところだったのだ!!」
「おい、それは、石田佐吉だけではなく、村井貞勝様の前で言葉がすぎるぞ柴田さん!」
江口正吉にそういわれて、柴田勝定は頭に血が上りすぎたことにハッと気づいた。
「申し訳ござらん村井様」
と柴田勝定は村井貞勝に頭を下げた。
村井は、
「構わぬ、現在は乱世なればワシのような戦には向かん吏僚の価値など微々たるものだ。しかしな勝定、大殿(織田信長のこと)が天下を平定された暁には、お主たち武骨者ではなく、我ら吏僚の時代がやって来るのだ。勝定、悪いことはいわん。そう遠くない未来、大殿は必ず天下を取る。その時になってから治世をあずかる吏僚の仕事を学ぼうとしても遅いのだ。勝定、平穏な天下のため、今から学ぶのだ。それが、お主をワシにあずけた大殿の心の内だ」
柴田勝定は、懇々と真摯に言葉を選びながら教え諭す村井貞勝に返す言葉がついて出てこなかった。
「判り申した、村井様、ワシは大殿の天下のためにお勤めに励みます」
「うん、それでよいのだ。さすが、武門の誉れ名高い柴田家の漢だ」
と村井貞勝は、気持ちの花束を贈った。
「よし、それでは、天道の勇次郎の反乱の企てを阻止する計画。我らは、その筋書きに乗ってみようではないか、各々よいな、それでは、手配いたせ!」
京都所司代村井貞勝の許可の元、若手組は、石田佐吉の計画に乗って、射し込む太陽の明かりに照らされ意気揚々と屋敷を飛び出した。
しかし、その若手組にあって、左近一人は、佐吉の未熟な筋書きに一抹の不安を覚えるのであった。
つづく