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127石田佐吉の計画(左近のターン)

 翌朝、天道の勇次郎の計画を、京都所司代村井貞勝へ密告に来たヤクザ子狐の伝造を、計画を聞き終えるやいなやブスリッ!と刺し殺し、自分たちで内密に事態を処理することになった石田佐吉を代表の京都所司代若手組は、夜の間に、子狐の伝造の死体を屋敷の裏庭へ埋めると、長屋で朝から額を突き合わせた。


「いったい、どうするというのだ石田佐吉!」


 と一夜明けて酒も抜けた柴田勝定が、青い顔して詰め寄った。


「落ち着いてくいださい柴田さん」


 江口正吉が、すごい剣幕の柴田勝定を抑える。


「もはや、生き証人の子狐の伝造の証言も得られぬとなった今、我らは、石田佐吉殿の計画に乗るしかあるまい。まずは、石田殿の考えを聞いて見よう」


 と渡辺勘兵衛こと嶋左近がつづいた。


 切れ長の目と長いまつ毛の石田佐吉は、柴田勝定、江口正吉、渡辺勘兵衛こと嶋左近を順番に瞳を合わせた。


「皆さん、聞いてください。我らは大殿、織田信長公によって選任された、重臣家の家来。いわば、陪臣の身分にござる。柴田を名乗る柴田勝定さんは、苦労など知らぬであろうが、我らは素性明らかならぬ、庶民の出仕。手柄を上げなければ、立身出世もかないますまい」


 すると、柴田勝家が噛みついた。


「何を申す石田佐吉、確かに、ワシは叔父御の(柴田勝家のこと)薫陶を受けて育ったが。叔父御は、決して、ワシの立身出世の道に下駄をはかせるようなことはなさらぬ人だ。ワシは、そなたが思っておる以上に苦労をかさねておる」


「まあまあ、柴田さん。わかってますよ落ち着いてください。いちいち、佐吉殿の言葉の端々に噛みついていたのでは計画の本題へ入る前に日が暮れてしまいます話をまずは聞きましょう」


 と江口正吉がなだめる。


 佐吉は、切れ長の目で、柴田勝定へ冷めた一瞥をくれると淡々と話し始めた。


「計画を簡単に話します。一度で聞いてください。我らはこれから子狐の伝造の子分を装って、天道の勇次郎の元へ行きます。そうして、天道の勇次郎へ近づいて、一刺しで亡き者にします。大将の首を取られた天道一家は一時的に混乱状態となります。我らは、その混乱に乗じて逃げるのです」


(まさに、子供の計画だ)


 用意周到に綿密な計画でもあるのかと思いきや、石田佐吉は、政治的な駆け引きには、佐吉にも目を見張るものがあるが、所詮、戦下手な石田殿の考えそうなことである。すべてが最良の結果を前提にした机上の空論。最悪の結果から始めて計画を積み上げて行く左近には、まるで、子供のお遊びに感じる。しかし、佐吉は、その子供遊戯をさも真剣な顔して実行するのだ。

(優秀な武士でも最良の結果で戦を始末するのは奇跡に近いのに、この石田佐吉という男は、最良の戦は見えども、その結果を導き出す英知、工夫、そして、苦労を分からぬお人だ。これでは、最前線で戦う人間に憎まれても当然といえよう)


 関ケ原の戦いで銃弾に倒れるまでの人生六十年を知る左近は、この若い石田佐吉の計画の危うさに不安を覚えた。


「おお、それは痛快な作戦じゃ! ワシは胸躍るぞ!!」


 と左近の不安をよそに、柴田勝定は佐吉の未熟な計画に賛成の声をあげた。


「うんうん、おもしろくなりそうです。私にあざやかな脱出計画が閃きました。すぐさま、手配いたしましょう」


 いつもは、冷静な聞き役の江口正吉まで賛成をする始末だ。

(まったく、だれもかれも若い。後に、丹羽家を支える江口正吉でも、若い時分というのはこれなのだ。若さというのは危なっかしくていけない)


 左近は、仲間たちの計画の始末をどうつけるものかと思案していると突然襖が開いた。


「聞いたぞ、若造ども、ワシを仲間外れに面白そうな計画を練っておるそうだの」


 村井貞勝だ。その横に、長束正家がいる。


「長束正家! お主、ワシらを裏切って村井様へ告げ口したのか!!」


 柴田勝定が長束正家へ噛みついた。


「我らは行き当たり上仕方なく乗り気ではなかったのです。すべては、石田佐吉さんの計画です」


 江口正吉も続いた。


 すると、石田佐吉は、悪びれもせずいけしゃあしゃあと、


「これはこれは、京都所司代村井貞勝様の直々のお目見え恐れ入ります。何も、長束正家が早まらずとも、これから、ことの計画を村井様へお伝えに行きますものを直々の御出座、恐れ入ります」


 それを聞いた村井貞勝は、石田佐吉を射竦いすくつめるようにみおろして聞いた。


「まことであるな」


 石田佐吉は、さも当然と言った表情で、


「そのように」


 と言ってのけた。


「わっはっはっは、石田佐吉、お主、吏僚としておもしろき男じゃ。ワシは好きじゃぞ」


 と村井貞勝は、扇子を叩いて、喝采した。だが、ぱたりと扇子を閉じて、ピシャリ、佐吉の首に宛がい。


「佐吉、次は許さぬ!!」


 と村井貞勝に釘を刺された。


(そうか、この権力者に対しても全く悪びれることなく、さも当たり前のように自己が一存で処理しようとする。計画が明るみになっても、それもまた当たり前なりとした腹の座り様が石田佐吉。いや、三成公の魅力。それがまた権力者にとって都合がいい人物である……)


 左近は、戦の勝ち負け以前に、ドロドロとした人が腹の中で何を考えておるかわからない政治まつりごとの世界で、忖度出来る器量に(政治においては石田佐吉は怪物じゃ……)と感嘆の声をあげるのだった。





 つづく




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