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126カケルの決断!!(カケルのターン)

 ”瀬田に武田の旗を立てよ!”


 武田信玄の遺言を守って瀬田を目指すことになった山県昌景と、娘のお虎、荷物持ちの菅沼大膳、そして、嶋左近と魂が入れ替わった現代の高校生、時生カケルは、美濃岩村で、織田領内を通過する時に、身分を隠すため、城主、秋山虎繁とおつやの方の夫婦の計らいで、わざわざ大和の国から出向いて武田信玄を診ていた、医者の北庵法印の一行として成りすますべく面会の場をもった。


「こちらにございます」


 小姓に先導されて、山県昌景たちが北庵法印が待つ居間へ案内された。


 この岩村町に構えられた秋山虎繁の執政を行う武家屋敷はなかなかのもので、屋敷を屛で囲んだ一角に池と中庭がある。その角部屋に北庵法印は滞在していた。


(ほう、北庵法印とは、なかなかの人物のようだ)


 部屋へ案内された山県昌景は、障子を引いて出迎えた北庵法印の(たたず)まいに目を奪われた。


 法印は、山県昌景が障子を開けると、姿勢を正して向き直り、一瞬、チラッと目をあわせ昌景の人と成りを鑑定したかと思うとスッと畳に手をついて頭を下げた。


「山県昌景殿とお見受けいたします。お館様は、その後、壮健にあられまするか?」


「うむ、お館様は、陣中で少し風邪をこじらせ大事を取って陣を引き払ったただけで、問題はない」


 それを聞いた北庵法印は、スッと、顔を上げた。


「それはようございました。後の治療は、甲斐の名医、甲斐の徳本様にお任せしておれば難儀なさいませんでしょう」


「うむ」

(北庵法印、要らぬ詮索はせぬなかなかに頭の切れる男じゃ。この男ならば……)




「北庵法印、此度、ワシがお主と面談いたすは相談があってのことじゃ」


「ご相談にござりますか?」


「実はじゃ、ワシはお館様の密命で、京へ向かわねばならぬ。しかし、此度の徳川と一戦交えたことによって織田信長の警戒は厳しくなっておろう。そこでじゃ、お主の力を借りたいのじゃ」


「はい、貸せる力ならばいくらでもお貸しいたしますが、いったい山県様は、この法印にどのような力を貸せとの思し召しでござりまするか?」


「うむ、ワシらを、織田領内を通過する間、大和へ帰るそなたの一行に加えて欲しいのじゃ」


「それは、ずいぶんな大所帯になりますなあ」


「法印、断るか」


「いえ、断りは致しません。ですが、それならば、私の一行よりも、好都合な者がおります」


「誰じゃ?!」


 すると、北庵法印は手を叩いて隣室の者に合図を送った。


「これ、あの方をこちらへ案内せい」


 しばらくすると、縁側を歩いて、侍が障子を開けて入って来た。


「ああっ!!」


 侍を見るなり、おとなしく山県昌景と北庵法印の話を聞いていた左近が驚きの声をあげた。


「おお、嶋左近ではないか、長篠の峠で会った以来だな」


 と、筒井家から北庵法印の護衛に派遣された松倉右近が応えた。


「なんじゃ、左近、この北庵殿の連れの方に面識でもあるのか?」


 と山県昌景が尋ねた。


「あるもなにも、大有り! 奥平家の長篠城攻略の折に、領内の村娘たちが、遊郭に売り飛ばされそうなのを、オレは見過ごせず買い戻したんだ。だけど、オレから金を受け取った忘八は、そのまま、その金を使って、また、別の村娘を買って連れ去ろうとしたんだ。そんなバカな話があっちゃいけないと、オレは、追いかけて忘八に掛け合おうとしたら、オレが殺しに来たものと思ったらしく取っ組み合いになった時、たまたま、北庵先生を大和の国から迎えに来た、この、松倉右近に助けられたんだ」


「ほう、ならば、この松倉右近殿は、左近。お主にとって命の恩人だと申すのか?」


「う~ん」カケルは首を捻って、


「命の恩人も何も、右近は幼馴染みだから」


「なに、左近、お主、やはり大和の者であったか!」


「う~ん、たぶんね」


「ならば、話は早い。北庵法印殿、松倉右近殿、此度、織田領内を通過する間だけでも、ワシらその一行へ加えてほしい。お頼み申す」


 と武田家でも筆頭に挙げられる重臣中の重臣、山県昌景が深々と頭を下げた。


 すると、松倉右近が、決然と、


「条件がござる」


 と申し出た。


「ほう、条件。何なりとお申し付けくだされ」


「ならば、山県殿が一行に加わるは、危険がともなえども、武田と我が殿、筒井順慶のよしみを思えばお引き受けいたす。なれども……」


「なれども、なんでござるか。はっきり、申して下され」


「ならば、そちらへ控える。嶋左近を我ら、筒井家へお返し願いたい」


「何?! 左近を!!」


 松倉右近の申し出を、動揺した表情で山県虎が、父、昌景の袖を握る。


「父上、左近は今や、我が赤備えの急先鋒、一番隊”風”の侍大将にございます。我ら山県隊にとっても、もはや、なくてはならない存在。その申し出は承服いたしかねます」


 お虎の申し出を山県昌景も、腕組みしてこたえた。


「うむ、そうであるな。もはや、左近は、ワシの隊の中核を成す侍大将じゃ」


「我が筒井家に嶋左近の帰還がかないませぬとなれば、此度の山県昌景殿の願い入れも承服いたしかねます。よろしいか?」


 と松倉右近はきっぱりと言い切った。


「ううむ……」


 山県昌景は、むずかしい顔をして思案に困った。


 いきさつを黙って聞いていた菅沼大膳が、底の抜けたドラ声で、


「左近、お主はどうしたいのじゃ?」


「ええ、オレ?!」


 腕組みした山県昌景も山県虎も、左近の返事に注目した。


「オレは……」


 カケルは、実戦で、一人前に武将のイロハを叩きこんでくれた師、山県昌景の”大恩”。ほのかに色好き始めた山県虎との”恋心”。苦楽を共にした菅沼大膳との”友情”を思うとなんとも武田を捨てて行くのは慕びないと感じた。


「う~む、う~む」


 思案の深みにはまったカケルの心の雲を一気に振り払うように、襖の奥から聞き覚えのある若い女の声がした。





 つづく

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