117銭をうけとれ! その銭はうけとれぬ!! 長束正家の立身出世の振出しを決めたのは……。(左近のターン)
一触即発の「銭を受け取れ!」「受け取らぬ!」の柴田勝定を突っぱねる、長束正家を見かねて止めにはいった石田佐吉は、二人にある提案をした。
「お二方どちらにも都合と、信念がおありでしょう。なればこそ、わたしに良い考えがあります」
「なんじゃ」×2
「柴田殿が出したその銭、私が預かりましょう」
と、佐吉は柴田勝定に手を差しだした。
「突然、何を申す、佐吉! この銭はお主にくてやろうとなどとは思っておらぬわ」
「わかってます、だから、ワタシにはいい考えがあります。一度、お貸しください」
「ならば、預けよう。必ず、返せよ!」
「わかっております」
それを、聞いた長束正家が、
「その銭いったいどうするんです? わたしは受け取りませんよ」
と、佐吉にいった。
「わかっています長束さん。一つ質問します、正直に答えて下さい。あなたは女房殿の千秋さんを医者に診せるお金は持っておられますか?」
「いいえ、わたしはしがないその日暮らしの小口をしのぐ子だくさんの貧乏暮らし、でも、女房のことは、わたしが働いて何とかするつもりです」
「そうは申しても、女房殿のこの咳はもしかすると疫病をすでに患っておられるのかもしれません。長束殿が悠長に、お金を拵えている間に、手遅れになるやもしれません」
「それでも、わたしはこうみえて侍のはしくれ、施しは受けとらぬ」
「そうでしょう、この家の子だくさんでも、手入れされた床や柱、障子に天戸、暮らしぶりを拝見すると、そこかしこに武士の吟じ伝わってきます。がだから、ワタシの考えが役に立つのです」
「どういうわけです」
「長束さん、あなたに、このお金を利息を取って融資します。そして、働いて返してください」
「イヤだ。わたしは、その柴田っていう侍とは関わりたくない」
「そうでしょう。だから、わたしが、柴田殿から元手をあずかって長束さんへ融資するのです。言わば、わたしは銀行の役目をします。だから、長束さんはワタシに返してください。それから、柴田殿!」
「なんじゃ?」
「もし、長束さんが返済できないときは、この佐吉が利息をつけてお返しします。それなら、文句はございませんでしょうな?」
「ぐぬぬ、多少、ややこしくはあるが、それで構わん!」
「長束殿はどうです?」
「それならば、わたしも、女房が大事だ。背に腹はかえられん。融資していただこう」
「た・だ・し! ワタシにも条件があります」
「条件?!」
「そうです、生憎、わたしも蓄えがそうあるわけではありません。もし、貸し倒れになっては、わたしも、柴田殿にどんなひどい目にあわされるかしれません。だから、働いてもらいます」
「そりゃそうだ。わたしも、先ほどから申しておる通り、今夜から夜なべをして、利息の分の銭をこさえるつもりだ」
「いいや、それでは、信用できません」
「なら、どうしろってんだ?!」
「長束さん、あなたには、ワタシと柴田さんから口添えして京都所司代で働いてもらいます。これから村井貞勝さまに、申し出て、京の都に疎い我らの小者として働いてもらいます。それなら、しっかり、お給金も出ますし、利息の取りっぱぐれもありません。それに、長束さん、あなたの大志の振出しにもなりますしね」
「でも、わたしには家族が……」
「旦那様、どうか、小者とはいえ、お侍になられまし、わたしたちはあなたの帰りを待ってなんとかやりますから、ねっ!」
「すまぬ、千秋。わたしは必ず、一角の侍になって、お前たちに何不自由ない生活をさせてやるからな。それまで、おっ母と、弟たち、子供たちを頼んだぞ!」
「まかせておいてください……コホッ、コホッ、、コホッ!」
「千秋……」
「大丈夫です、お前様、京都所司代から入るお給金でしっかり、お医者にも見てもらいます。安心して、立身出世の大志の道をお進みください。あなた、いってらっしゃい!」
と、千秋は今にも消えそうな笑顔を振り絞って、長束正家を送り出した。
――あくる日――
「で、昨日の都の探索の結果はどうであったまずは、左京へ行った渡辺勘兵衛と江口正吉!」
「江口殿、いかがでしたか?」
嶋左近の魂をもつ渡辺勘兵衛は、この発表を目立ちすぎぬように、江口正吉にそれとなく促した。
「それでは、わたくしが、申し上げます。左京は大店が軒を連ねておりますが、人々は、目に見えない疫病を恐れて、皆、戸を閉め、空いている店があっても、客はおりませぬ。居るのは死んだ人間の肉を食らう野良犬ぐらいなものでございました」
「うむ、そうか。次に、右京の柴田勝定、石田佐吉!」
こちらは、柴田勝定が胸をはって発表しようと胸をたたいて話始めようとすると、すかさず石田佐吉が、
「昨日、右京で都を知り抜いた小者を雇いました。此度は、この者から、お伺いください。長束殿ここへ」
佐吉に呼ばれた長束正家は、佐吉に着物を貸し与えられ、姿かたち、身なりの上では、もはや、信長の重臣家から集められた智の精鋭と遜色はない。
廊下にはべる長束正家を、村井貞勝は、人物の器量を確かめるように見つめると、
「長束とやら、ここへ来て、京に生きる生のお主の話も聞かせてくれ」
と、告げた
「されば……」
つづく