11女城主おつやの方(戦国、カケルのターン)チェック済み
山県昌景は、一通の文を左近ことカケルへ渡した。
「なんッスかこれ? 」
「これは、ほれ(山県昌景は、秋山虎繁へ顔を向け)秋山殿の恋文じゃ」
「エエッ! あのヤクザみたいに恐い顔した秋山さんがラブレターっすか、いったい誰に?! 」
山県昌景は凍ったナマズヒゲを指でなぞって溶かしながら、霧の向うに見える岩村城を指さした。
「相手はあの岩村城に居る!」
――岩村城。
深い霧だ。山の稜線を縫うように浮かび上がる山城、霧ヶ城こと岩村城。標高七〇七メートルの頂に、棚田を模したように石垣を段々に組み高さを積み上げる。そこから、碁盤をうつように砦柵が広がる。
砦柵の中は、弓、槍、の練兵で忙しない。
軽装の黒塗りの陣笠に同じ黒塗りの胴鎧を斜め掛けに襷に掛ける軽装の爺さんの足軽たち。陣笠を火にかけ鍋代わりにして、ふきのとう、タラの芽、ワラビ、ゼンマイ、菊ゴボウ、こんにゃくを炊き込み寒さを凌いでいる。
「まったく夜になると凍みよるわい」
「岩村城へ籠って1ヶ月、武田は城を取り囲んだまま一向に攻め寄せてこん、ワシらをこのまま干上がらせる作戦かね」
「ワシら百姓もんは、ゼニをもらって岩村へ詰めてるだけだて戦のことはようわからんで。そうだ、新入りの兄ちゃんならわかるだでよ。のう、兄ちゃんもこっち来て山菜汁さかこめ」
陣笠を目深にかぶった男が、ヌッと立ち上り火に近づいた。
「ほげ~、兄ちゃん、ホンにデカイのう~何尺あるんじゃ?」
「五尺(一九〇センチメートル)だったかな? 」
大柄な男が、山菜汁を受けとると陣笠を脱いだ。嶋左近ことカケルである。カケルは、山菜汁を一気に食らった。
「うへぇ~、ニガイ!」
「それにしてもオメェ~さんは言葉が違うが何処の者だい? 」
「くわしくは言えないけど、三河だぎゃ(わざとらしい)」
「まあ、ワシら足軽にゃ、何処の者だと関係ないで、生きて帰れりゃ御の字だで、ワッハッハ~!」
と、足軽の爺さんは「もっと食え!」 と、山菜汁をカケルへ渡した。
山県昌景の命で、面が割れていないカケルは、敵陣の織田方、岩村城へ足軽として忍び込んだのだ。
「これ! あなたたち!! 今は戦の最中一瞬たりとも気を抜いてはなりません!! 」
と、甲冑に織田の木瓜紋がついた陣羽織をまとい手槍をつがえた女が叱りつけた。
「申し訳ございませぬ、おつやの方様」
爺さんの足軽たちは平伏した。カケルは、山菜汁に一口入っていた鶏肉を口に放り込みながら振りむいた。「ポロっ!」カケルは鶏肉を箸から落とした。コロコロコロと鶏肉がおつやの方の足に当たった。
「キッ! 」手槍をカケルの喉元へ突きつけた。女城主おつやの方はカケルを雌猫のように睨む。
「あなた名はなんとおっしゃるの? 」
カケルは、鶏肉を拾って山菜汁で洗って口に放り込み、一瞬の閃きで、
「武田信玄にござる」
と、パッと閃いた知ってる戦国武将の名前を騙ってみた。
するとおつやの方は、カケル目掛けてイキなり手槍を振るった。サッと、おつやの方に付き従っていた足軽が割って這入り、頭を地面にこすりつけるように平伏した。
「申し訳ございません、おつやの方様。こやつは、ワシの孫の助兵衛と申します。先の岩村城の戦で死んだ息子の一粒種でございますだ。どうか手打ちだけはご容赦願いますだ」
おつやの方は割って這入った足軽を睨み付け、
「五平や! 冗談でも、敵の大将の名を騙るなど許しませぬ。以後、孫の指導を厳しくおやりなさい! 」
五平と呼ばれた足軽は、カケルの頭を力付くでおつやの方へ下げさせた。
おつやの方は行ってしまった。
カケルは、五平の汚れた顔をうかがい見た。
「アッ! オジさんはこないだの!! 」
「しーっ! 」
五平は、慌ててカケルの首根っこを引ったくるとそのまま、カケルを人の輪から引き離した。五平は、声を忍んで、
「嶋左近殿、馬狩りでご一緒したワタシでございます」
「オジさん、名前、五平っうんだね」
「いえ、五平は仮の名でございます。ワタシは武田の忍びで名を加藤段蔵、人は鳶加藤と渾名する者もございます。以後、お見知りおきを」
カケルは、鳶加藤の肩を抱き密談するように声を忍んで、
「鳶加藤さん、さっきのあのべっぴんさんが、山県のオジさんが言ってた秋山さんのラブレターを渡す相手でしょ? 秋山さん、あんな気の強い女のどこがいいんだろうね? 」
鳶加藤は、呆れたように、
「左近殿、秋山殿からおつやの方へのラブレターは山県殿の計略でしてな、織田方からおつやの方を寝返りさせる"籠絡"の計にござる」
「でもさ、鳶加藤さん、名前間違っただけで槍を向けるあんなに気の強い女に手紙渡したらオレ殺されんじゃない?」
「でしょうな」
「いやいやいや、鳶加藤さんもイイ方法考えてよ。まだ、死にたくないよ」
「実は一つ方法がございます」
「教えて、教えて、鳶加藤さん! 」
「お耳を拝借……」
コソコソと鳶加藤は、カケルへ耳打ちした。
「左近殿、女は知ってござるか? 」
「女ぐらい分かるよ。任せてよ」
鳶加藤は、目を見張って、
「ほう、それは朗報。実は、ただいまおつやの方の食事に毎日、妙薬を混ぜ、女の欲望を高めており申す。今夜あたりおつやの方は欲望が高まり男を求め夜も眠れなくなる手筈」
カケルは、他人ごとのように鳶加藤の秘め事の策を聞いている。
鳶加藤は、カケルへ問い質すように、
「左近殿、今宵、おつやの方のしと寝へ忍び込み、その手練手管で陥落させていただきたい」
カケルは、首をかしげて、
「しと寝ってなに? 」
「夜の秘め事にござる」
つづく