10左近と月代(現代、左近のターン)チェック済
「ピンポーン! 」
インターフォンが鳴った。
死んでいた清美が復活して、よそ行きの声で返事した。一言、三言話して、ニヤニヤと左近へ振り返った。
「カケル、北庵月代さんが来たわよ」
――公園。
街灯の下、ベンチにならんで座る引きこもりの高校生カケルであるはずの左近と学校帰りに顔を見せた北庵月代。
いつもは臆病に月代をうつむきがちに盗み見るのがやっとのカケルが、シャンと背すじを伸ばし胸を張り威風堂々のカケルに月代が気圧される感じだ。
月代から尋ねて来たのだから、話の糸口を切り出してもよさそうなもんだが、今夜のカケルはカッチョイイ。
月代が、左近が、
「カケルくん……、」
「月代! 」
同時に互いの名を呼んだ。
月代は、左近の自信に溢れた言葉に、先を譲った。
左近は、夜空に登った下弦の月をながめながら、
「月代! 久しいな。まさか、関ヶ原で死んだワシが今またこうしてお前に再開できるとは想像もせなんだ」
カケルの口から左近の感慨を聞いた月代は、悲しげに俯いて、
「カケルくんは、幼稚園からの幼馴染だから行って声を掛けてやれって、めずらしくお父さんが言うものだからヘンだとは思ったけど……ワタシにできることあったら言って力になる! 」
月代の言葉を聞いた左近は、白い歯を見せ微笑んだ。そして、飲みかけのペットボトルのレモンティーを月代へ差し出した。
月代にはそれはまるで艶やかな羽織りをまとった左近が、月下に舞うように美しい漢振りであった。
(惚れちゃうかも……)
月代は頬をピンクに染めながら、微笑む左近からレモンティーをうけとった。
「聞いてくれ月代。オレは石田三成なぞに仕える気なぞなかった。オレはお前と二人近江に隠棲しそのまま果てる気であった」
月代は、カケルが何を言っているか、なんのこっちゃサッパリわからないが、今夜のカケルはイイ男なので、静かに頷きながら聞いている。
「石田三成にな、我らの息子たちを、このまま百姓として世に埋もれさせてよいのかと問われたのだ」
「我らの息子?! 」
まだ高校生の月代は、左近の確信をもった言葉に乙女心がキュンキュン響いている。
「信勝、友勝、清正、息子たちには、ワシが短気を起こして、何不自由ない家老職であった筒井家を出奔してしもうて幼き時より月代、お前ともども苦労をかけた」
「信勝、友勝、清正、具体的ね……」
「石田三成はな、ワシを家老として古今東西例のない自分の祿高(給料)の半分で取り立てるだけでなく、息子達もいずれは豊臣恩顧(豊臣氏の身内のようなもの)の大名に取り立てると約定したのだ」
「(なんだかムズカシイ話だけど、良い話なのはわかるわ……)」
「ワシはそれでも断った。だがの石田三成と言う、男は、ワシを豊臣秀吉の天下取りを支えた名軍師、竹中半兵衛殿にしたように、汗も滴り落ちる夏にどこからか用意したたらいに氷りを浮かべた鮎を、実りの秋に佐和山で取れた米を、冬は寒さを忍んで雪の山路をおのれ自ら三期に及んで欠かさず日参して参ったのだ」
「へぇ~、関ヶ原の石田三成ってスゴいのね」
「ワシは石田三成に惚れたのだ。仕方ないさ」
左近は、風をまとって微笑んだ。
(キュンキュン! )
月代は、左近の微笑みに、運命の男との出会いを告げる心の鐘が鳴ったような気がした。
左近は、グッと力を込めて月代の肩を両手で引寄せ抱きしめた。
「月代、ありがとう。あの世ではお前の献身に応えてやれなかんだが、生きて再び、二人こうして巡り会えたのだ。これから、仲睦まじく参ろうぞ」
左近に力強く抱きしめられた月代は、真っ赤だ。もう、このまま身を任せてもいいと思えるぐらいに心が熱い。
まるで、二人を包むようにステキなメロディーが流れて来そうだ?!
「♪パッと咲いてひらいた……♪」
……いや、聴こえているな……ベンチの陰の植込みの影から……。
「エヘヘ、お兄ちゃん。ごめんなさい」
と、カケルの妹、清香が植込みからひょっこり顔をだした。
清香の登場に、左近からサッと身を放す月代。
清香がバツ悪そうに、手を合わせて必死で左近に謝りながら、隣の植込みに声を掛け、
「ほら、お母さんも月代センパイに謝って! 」
植込みから清美がひょっこり顔をだし、
「エヘヘ、ごめんなさいカケル、月代さん」
月代は、ギャラリーの多さに我に返って、顔を真っ赤にしながらあわててカバンから、封をした手紙を取出して、左近に渡してその場を逃げるように立ち去った。
ぞろぞろと植込みから母、清美が、妹、清香が這い出して来て、左近の右に左に挟み込んで、月代から渡された手紙を覗き込む。
清香が、
「お兄ちゃん、これ何かしら? 」
清美が、
「カケル、この手紙は親として確認の義務があるわ見せなさい」
と、興味津々だ。
左近は、手紙の封にサッと手をかけた……、
「今は、止めておこう。これは月代とワシの秘め事にござる」
と、微笑んだ。
つづく。