ここは戦国関ヶ原! チェック済
およそ半年ぶりの新連載です。どうぞ、よろしくお願いいたします。
――慶長五年九月十五日 美濃国(岐阜県) 関ヶ原。
対峙する葵と大一万大万大吉の風にひらめく幟り旗。
かって、ここ関ヶ原で天下を東西に二分する戦いがあった。
東軍の大将を後に江戸幕府を開くこととなる徳川家康。
西軍の大将を一心に亡くなった主君豊臣秀吉の遺命を守り、豊臣の天下の為立ち上がった石田三成。
石田三成は、関東一円二五六万石の大大名徳川家康と比べると、近江の国佐和山一九万石の小大名にすぎない。
そんな石田三成が、なぜ豊臣秀吉亡き後、天下を圧倒する徳川家康へ刃向かったのか、それは、三成と秀吉の出会いにまでさかのぼる。
石田三成は近江(滋賀県)の国生まれで、幼い頃、寺へ預けられて小坊主をしていた。
そこへ、織田信長の家臣でこのたび長浜を任された羽柴秀吉(後の豊臣秀吉)が、領内見聞の鷹狩りで休息をとる為に、石田三成のいる寺へ来た。この時、石田三成は名を佐吉と言った。
手拭で汗を拭き吹き和尚と談笑していた秀吉が、
「和尚殿、ちと喉が渇き申した。一杯、茶を所望したいのじゃが」
「おい、誰や羽柴殿へ茶をもってまいれ」
しばらくすると小坊主が、秀吉に茶を運んできた。
茶碗に手をかけた秀吉は何かに気づいたように左の眉を上げ、一気に茶を飲み干した。
「ほう、旨い茶じゃ、そなた名をなんと申す」
秀吉は小坊主に尋ねた。
「佐吉と申します」
秀吉は、佐吉へ興味を示したらしく身を乗り出して、茶碗を付き出して、
「佐吉や、もう一杯茶を所望したいのじゃが」
佐吉は、茶碗を受け取ると下がっていった。――しばらくあって、佐吉が茶を入れて戻って来た。
秀吉は佐吉から茶を受け取るとまた、左の眉を上げ、今度はウンウンうなづきながら味わって飲み干した。
すると、また、秀吉が佐吉に尋ねた。
「佐吉とやら、たびたびすまぬが、あと、一杯、茶を所望したいのじゃが」
佐吉は「かしこまりました」と茶碗を受け取り下がると今度は湯気上がる茶を運んできた。
秀吉は、茶碗を受け取ると、目を細めウンウンうなずきながら一口茶を飲んだ。
「佐吉とやら、そなたは熱さの違う茶をワシに三度運んだのはなぜじゃ」
佐吉はこたえた。
「一度目は、羽柴様は汗をおかきにあられました。きっと、喉が渇いているのだろうとお湯半分で点てた茶を、汲みたての冷たい井戸の水でわりましてございます」
「ほう、よい判断じゃでは二杯目は?」 感心した秀吉は尋ねた。
佐吉は、慎んでこたえた。
「二杯目は、羽柴様は一杯目で喉の渇きはいやされたようでございましたが、まだ、少し飲み足りないようでございましたので、今度は、先ほどよりお湯を多めに茶を点て、井戸水でわり、川のせせらぎへ茶碗ごとつけ熱をとりましてございます」
「よい、工夫じゃでは最後の一杯はどうじゃ?」
襟を正した佐吉は、秀吉へ向き直って平伏した。
「羽柴様が、そろそろここをお発ちになるものと熱い茶を点てましてございます」
秀吉は、佐吉を見定めて、
「佐吉とやら、おもしろい小僧じゃ。どうじゃ? ワシに仕えぬか? 」
「ワタシが侍になるのならば、農民から身を起こした羽柴様と決めておりました」
「ほう、それはなぜじゃ?」
「ワタシは人がたくさん死ぬ戦がキライでございます」
「戦がキライなお主がなぜ侍になるのだ? 」
「夢の為でございます」
「夢とな? 」
「はい。ワタシは羽柴様ならば、武士や民百姓も死ぬことのない。万人が一人のため、一人が万民のため尽くす太平の世を作れると信じております」
「よくぞ申した佐吉よ。今日からそなたはワシにはべり、その気転でワシの目となり耳となり仕えてくれ」
と、秀吉はニヤリと笑って、扇子をたたんで佐吉をそばへよせ耳打ちするように、
「ワシには子がないから、お主のような小僧が羽柴の家にはごまんとおる。だがの、皆、お主と違って血気盛んなばっかりで、判断はできても工夫はつかん。そなたには、皆の智慧袋になってほしい。頼むぞ佐吉!」
と、秀吉は佐吉を抱きしめた。
天下分け目の関ヶ原の戦いの間際においても、佐吉こと石田三成は、子供のころに「頼むぞ佐吉! 」と抱きしめられたのが今でも忘れられない――。
「殿、殿! 今は決戦の時、今こそ、この嶋左近へ出陣の下知を! 」
「左近よ、行くのか?」
と、三成は左近へ酒がなみなみと注がれた盃を差し出した。
左近は笑って、盃を受け取るとグッと飲み干し、三成に別れを告げた。
嶋左近は、三成と同じ鬼の前立てを紅く染めた兜をしめ、たてがみを振り乱した漆黒の巨馬にまたがり、10尺(およそ3m)の漆黒の槍で風を斬り、馬腹蹴って、敵陣、葵の御紋がひらめく徳川家康の陣地目指して駆け出した。
「聞け! 武士どもよ! 先陣はこの嶋左近がつかまつる。狙うは徳川家康の首ただ一つ!いざ、参らん!」
つづく――。