隻腕の人形 2
「おいミナト。アランだ、迎えにきたぞ」
アランはミナトの顔の高さにあわせてしゃがみ、大きな手のひらで肩をがっしりと掴んだ。
「……」
だがミナトは応じず、その視線はアランをすり抜け奥に牢の外に立つ支配人に向けられている。
「なんだ」
アランも視線を辿ってゆっくりと支配人へ目を向けた。
「ミナトくん。この人が新しい雇い主だよ」
「わかりました」
「――!?」
再びミナトへ視線を向けた。今度は突風のように。
アランは声がでなかった。自分の知っているミナトと違いすぎていて状況判断に時間を取られてしまったからだ。
衣擦れの音をたてながらミナトは勢いよく立ち上がり、アランに向けて敬礼した。
「な、何を……」
呆気に取られながら、アランは遅れて立ち上がり、何が起こっているのか理解が追い付かずただミナトの目を見ていた。
そして聞いた。
「あなたが、僕の新しい雇い主でしょうか」
「――!!」
この言葉を聞くと同時にとある結論にたどり着き、動き出していた。
支配人の胸ぐらを掴み持ち上げ、壁に叩きつけた。アランは鬼気迫る表情をしている。
「ぐあっ」
支配人は恐怖と痛み、二つが混ざった声を肺から吐き出した。
「お前!ミナトに何しやがった!?拷問か調教か!とりあえず人道的なことはやってねえよな!!」
鬼気迫る、ではなくまさに鬼のようである。元軍人の本気の怒りだ。
アランはもう私情を隠すことも忘れていた。支配人はもう疑う余裕などなかった。
「何もしてないっ……ここに運ばれた時からそうだったんだ……!」
「んなの信じれるか!人形商売なんかやってるお前らが言っても説得力がねえんだよ!」
アランはこのまま支配人を殴り殺すだろう、本人でさえそう思った。
悪い商売をやっているのだ、人形商人たちは公の機関に捜査を依頼することはできない。ここで何をしようと罪に問われることはない。罪の意識すらないだろう。
非人道主義者には非人道的手段で終わらせる。そうして作った握り拳は骨が砕ける感触を伝える前に止まった。
「やめてください」
止めたのは機械仕掛けのような感情のない冷たい声だ。
「ミナト……」
「雇い主」
二時間ほど待っただろう。馬車に乗ったジルはこちらに向かって歩いてくる二人組を見つけた。
最初は嬉しかった。仲間が大切な人を取り戻したのだ、ジルはにやけるのを必死に我慢して、どう声をかけるか悩んだ。
二人が近づくにつれて嬉しさは不安に変わっていった。二人組の大柄のほう、アランの足どりが寂しげに感じたからだ。とぼとぼと歩いているように見えた。
不安を表に出さずにジルはアランに声をかけた。
「見つけたんだな。よかった」
「……ああ」
アランは少し間をおいてから答えた。
ジルはすぐに先程の自分の質問の一部が違っているのだと気づいた。
見つけた、は間違いないだろう。後ろの少年が探していた忘れ形見のはずだ。
なら――
馬車に乗り込むアランにジルは言った。
「――よくないことが起きた?」
「そうだな」
アランは疲れた様子で腰を下ろすとミナトも続いて馬車へ乗り、音もなく横に座った。
「ふーん。ああ、俺はジルっつうんだ。お前は」
「……」
「おいおい、自己紹介だぜ」
「……」
ミナトにジルは話しかけるがまったく返事がない。それどころか表情の変化すらない。話しかけられていることに気づいていないのか、と逆にジルは不安になる。
「ミナト」
「了解です。雇い主」
だが返事はアランの一声で返ってきた。
「ミナトです。よろしくお願いしますジルさん」
「……」
今度はジルが黙る番だった。
「アラン。なんだよコイツは、聞いてた印象とだいぶ違うぞ」
「どんなやつだと俺は言った」
「元気で、お調子者で、ムードメーカー的な性格だと」
今のミナトを見る限りではその欠片すらない。
「そうだな。かけ離れてるな」
「もしかして、よくないことに関係するのか」
「ああ――」
アランは重くのし掛かっていた言葉を口に出した。
それが自分のことだとミナトは隣で聞いて理解している。だが何も感じることはなく、ただ真っ直ぐ前を見て馬車に揺れている。
「――記憶喪失だってよ」
4話目まで読んでいただきありがとうございます。4話目にしては進んでいませんが。
さて、後書きに何を書けばいいのかわからなくなってしまったので、次の更新までに考えておきます。
もう日記感覚で後書きスペースを使ってもいいのでしょうか。