序、閉ざされた扉
「この世界に生きる私たちは、歪んだ鳥籠の中で真っ直ぐな棒を掴んで生きる小鳥のようだ」
と、どこかの詩人が言ったらしい。
僕もそう思う。
真っ直ぐな棒は僕たちの日常。日常はとても穏やかで、歪みなんて欠片も感じることはできない。
でも、端のほうに進んで行くと歪んだ鳥籠と出会う。僕たちはこの歪みから逃げるように、真ん中で暮らしていたのだと気付く。
今は『大戦』の真っ盛りで、徴兵令で僕も軍人として参加した。早くこの歪んだ戦争が終わればいいと思う。そしてまた真っ直ぐな棒の上に戻るのだ。
徴兵令で兵士にされた人は訓練をしてから適当な部隊に送られる。ここに本人の意思などはなく、剣が上手いとか魔術が上手いとか、適正がある部隊に送られる。
でも、僕には父がいた。軍人の父だ。そこそこ階級が高いところまでいっていたらしく、僕を引き抜いてくれたのだ。
嬉しかった。
知らない人と死ぬよりは身内が近くにいたほうが安心する。
そして―――――
突然の轟音と衝撃と熱が突風のように過ぎ去り、恐る恐る瞼を持ち上げた。
―――――今僕の目の前に父が倒れている。
出血が酷い。早く手当てをしないと!誰かいないのか!
周りの仲間は皆父と同じように倒れている。軍服が焦げ、皮膚が爛れている。
周りに動ける人はいないらしい。なら僕が父を助ければいい。後退すれば別の部隊がいるはずだ。
そう思って父を背に乗せようとした時だ。
僕自身に起きた異変に気付いた。
左腕が失われていた。
「あああああああああああ!」
助けれない!傷ついた片腕では父を助けることはできない!
こんなに近くにいるのに、隙間を縫うようにして父は腕から滑り落ちてしまう。
何度も何度も繰り返したが、もどかしいほどに逃げていく。
焦りとボロボロの体で冷静になって動くことができなくなっていた。
再びの轟音が響いた。部隊を破壊したと思われる兵器が近くに落下したらしい。ここに長くいるのは危険だ。
苦渋の選択である。
父を見捨てて逃げるか。父に今できる覚えたての延命方法を試すか。
延命を試みた場合、最悪僕も逃げ遅れて死ぬことになる。
僕はどちらを選んだのだろうか。覚えていないし、覚える気にもなれなかった。
ただあの時、轟音に紛れてもハッキリと耳に届いた音がある。どこかで扉が閉まる音がしたんだ。
扉が閉まってから思った。僕はどうしてここにいるんだろう、と。
冷たい無気力な牢の中で、誰かの悲鳴を聞きながら、鎖を解く気にもなれず座り込んでいる。
今、父はどうしているのだろう。それだけが気がかりだ。この牢を出たら会えるかもしれない。
真っ白な画用紙に絵を描いてくれるおじさんがいる。どうやら僕は人形のようだ。なら父は人形職人が本職だったのかな。
僕は軍人の父しか知らなかったよ。
父とお絵描きおじさんの他に、もう一人だけ僕は知っているよ。顔は見たことないんだけどね。扉の向こうから声をかける人がいるんだ。
誰だろうね。とても綺麗な透き通った声をしているんだ。最後に聞いたのは…………そうだ。3月12日に言われたんだ。
「誕生日おめでとう。兵隊さん」
だったかな。
まず、読んでいただいたことに感謝です。
かなり勢いで書いてしまったのですが、終わりまでたどり着ければと思います。
それでは失礼します。