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3 勇者ダインと剣聖イリス

 十五年前、人類を恐怖のどん底に陥れていた魔王が勇者とその六人の仲間たちによって討伐された。彼らは七英雄と崇められ、その活躍は王都の吟遊詩人が英雄譚として歌ったことで世界中に広く知れ渡った。


 ダインがリリアの子守歌代わりとして夜ごとに語ったのも、その吟遊詩人が歌った英雄譚だ。しかしその英雄譚は華やかに脚色されており、実際の勇者たちが経験した凄惨な冒険とはまるで別物であることをダインは知っていた。


 何故ならダインこそがかつて魔王を討ち倒した勇者本人だからだ。今でこそ辺境の村の村長を務めて隠居しているが、三十七歳になった今でさえその姿は若々しく、実力も衰えることを知らない。


 そしてダインの妻イリスも、かつて剣聖と謳われた七英雄の一人である。奇しくも彼女が勇者一行と共に冒険を開始したのは、今のリリアと同じ十歳の時であった。


「ねえダイン。私、リリアがあんなに強いなんて思わなかった」


 夜、三人で川の字になって寝ている大きな寝台の上で、リリアが眠ったことを確認したイリスはダインに語りかける。


「その割には何もさせずに瞬殺だったけどな」

「戦闘が長引けば不測の事態が起きる可能性がある。昔そう教えてくれたのはダイン」

「まあそうなんだが。というか俺はイリスの腕が全く落ちてないことに驚いたよ」

「……実は隠れて鍛錬してる。何かあっても、ダインとリリアを守れるように」

「はははっ、やっぱり考えることは俺と同じか」


 そんな風に笑いながらも、ダインは考える。


 イリスの実力が衰えていないのであれば、今のリリアがイリスに剣で勝てる可能性はほぼないだろう。


 というより、単純な剣だけの勝負であればダインでさえイリスには勝てないのだから。


「しかし、そうなるとどうしたものか……」


 リリアの夢を応援したいダインは、隣で幸せそうに眠るリリアの頭を撫でながら、明日以降の特訓の内容をどうするべきかについて思いを巡らせる。


「やっぱりダインは、リリアを応援するんだ」

「そうだな。この子が冒険の中で何を見て何を思うのか、俺はそれが知りたいんだ」

「……でも冒険はリリアが大好きなおとぎ話みたいに、綺麗なものじゃない」


 イリスの言ったことはダインも理解している。おとぎ話の英雄譚の中では七英雄は犠牲もなく破竹の勢いで魔王の軍勢を倒していくが、実際は何人もの仲間が犠牲になったのだ。


「マルタ、ロイ、アルテ、ディクソン、ケス……犠牲になったみんなのおかげで、今の平和はある」


 それはイリスたちが辛く苦しい冒険の果てに手に入れた平和だった。


 なのに、どうしてリリアが危険な目に合わなければならないのか。イリスのそんな思いを理解しているからこそ、ダインは自分なりの言葉を発した。


「確かに魔王はいなくなって世界は平和になったけど、それでも魔物がいなくなったわけじゃない。今だって兵隊や冒険者として日々危険に身を置いて戦っている人間がたくさんいる」

「…………」

「リリアが冒険者になれば、そうしたたくさんの人間を救うことが出来るはずだ。それだけの力がこの子にあるのは、お前も理解しただろ?」

「……うん」


 リリアには大きな力がある。それはかつてのダインやイリスと同じだった。


 ――どうして自分たちがこんなにも苦しい戦いをしなければならないのだろうか。


 魔王の軍勢との凄惨な戦いの中で、そんな弱音を吐く仲間もいた。けれどダインだけは決してそんな弱音を吐くことはなかったことをイリスは知っている。


 ダインはいつだって守るべきもののために戦っていた。守りたいという強い意思があったからこそ、彼はどれだけ傷つこうとも常に前に進み続けたのだ。


「ただ、今のリリアではイリスには勝てないだろうな」

「私も手加減するつもりはない」

「分かってるって。ただもしもリリアがイリスに勝てるくらいの強い意思を示すことが出来たなら、そのときはイリスもリリアを応援してやって欲しいんだ」

「……うん、わかった」


 剣聖イリスという強大な壁を前にして、それでも心折れることなくリリアが自らの意思で道を切り拓くというのであれば。


 そのときは必ずリリアを応援してあげよう。きっとそれこそが親としての務めに違いないのだから、とイリスは心の中で静かに思うのだった。


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