8 旅立ち
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@dohanikihuyu_T
―――時は少し遡る。
男は、突然の反応に思わず声を上げた。
「この神気はッ....」
「とうとうあの忌々しい駄龍が完全に目覚めたようね」
配下である悪魔族の男と同時にその神気を感じ取ったフィラーセが呟く。
「貴方にとっても、私にとっても、あの駄龍はただ邪魔なだけなのよねぇ....」
右手の指を唇に当て、目を細めて何やら思案する主を見ながら、男も思いを馳せる。
―――前回は失敗を犯してしまった。フィラーセ様は怒っていないように見えるが、この人は冷酷だからな。リスクのある者は切り捨てようとするだろう。今回の任務は、もう一度チャンスと言ってあの蛇の契約主の殺害、といったところか....
「貴方、前回は失敗してしまったから、もう一度チャンスを与えてあげるわ。駄龍の契約主の調査及び殺害。今の貴方はあの時の貴方とは違う。せっかくだから腕試しをして来ればいいんじゃないかしら」
―――やっぱり思ったとおりだ。しかし契約主の調査だと....?ただの子供に気後れしているというのか?
「分かりました。必ず、成功を収めて見せましょう」
―――ひとまず、そのことはいい。しかし、この人も誰かに忠誠を誓っているようだ。それも「調査」しとかないとな....
「それでは、これで失礼します」
「ええ、お願いね」
男は次の瞬間には跡形もなく消え失せていた。それを見届けたフィラーセは、目を閉じて考えを巡らせる。
―――彼は、今は忠誠を誓っているけれど、いつ寝返るか分からないわね。あの御方を永き眠りより解き放つのはこの私。あんな奴らに邪魔はさせない。
【時主】が封印から解き放たれたことで、様々な者の思惑が表面に浮かび上がってくる。その悪意の矛先は当然....
***
「よし、これで準備は整ったな!」
太陽が優しい光を放ち、時折心地よい風が吹く昼下がり。〈カリャ〉の出入口である門にいるのは、もちろんウォロとグレンの二人だ。二人の傍らには台車が置いてあり、その中に荷物が積んである。二人は忘れ物が無いかどうか、最終チェックをしているのだ。
二人とも、バルクに貰った装備一式を着用している。ウォロは、濃紺の長靴にズボン、胸鎧を着ている。腰には、右に回復薬などを入れる腰小袋、左に剣の鞘を着けている。鞘にはバルクから貰った特注の片手剣が入れられている。その上から足元まであるロングコートを羽織っている。絶対の防御より身軽さを重視したものだ。
グレンは重戦士なので、それに合った装備になっている。衝撃をある程度吸収してくれる厚めの防具下着を上下着用し、その上に金属鎧を着ている。腕には籠手を着けていて、防御もある程度考えられたものだ。背中には剣帯があり、そこにグレンの両手剣が仕舞われている。その背中だけ見てみれば、強そうな印象を受ける....かな....
「そうだな」
グレンに返し、村の方を見てみると、二つの人影が見えた。ウォドルとバルクだ。二人を見送りに来たのだ。
「ウォロ坊、グレン坊、とうとう出発か。いや~、成長したな、ホント」
「そら成長するだろおっちゃん」
「その武具達、大事に使ってくれよな」
「もちろんだぜ。今度はもうぶっ壊さねぇ!」
「そこじゃあないんだけどなぁ....」
バルクとグレンが軽口を叩き合っている。グレンは主に武器の修理でウォロよりもよく会っているので、結構仲がいいのだ。
「ウォロ、大事な物を忘れているぞ」
ウォドルはウォロに小袋を渡す。なんだ、と思いながら受け取るとかすかに金属の擦れ合う音がする。
「あっ、すっかり忘れてた」
中を見てみると、銀貨十枚と金貨二枚が入っていた。そう、貨幣だ。こんな重要なものをなぜ忘れたか。説明するとすれば、当たり前すぎて忘れた、ということだ。
この世界の貨幣は主に鉄貨・銅貨・銀貨・金貨に分かれている。鉄貨10枚で銅貨1枚、銅貨10枚で銀貨1枚、銀貨10枚で金貨1枚だ。解るように言えば、鉄貨1枚が10円、銅貨1枚が100円、銀貨1枚が1000円、金貨1枚が10000円だ。また、証券金貨というものもあり、それは換算すると百万円になる。これは大きな金が動く取引で主に使われたり、各国の緊急用のお金として使われたりしている。
さて、ウォロが渡された貨幣の金額は合計三万円だ。旅宿で一泊するのに大体銀貨五枚なので、初心冒険者にしては少しお高い。流石村の衛兵長と言った所か。
「....少し多くない?」
「俺からの出発祝いだ。消耗品の補充とか武具の点検に使ってくれ」
「まぁ、いいか」
ウォロは少しびっくりしていたが、そんなものかと割り切ったようだ。
「二人とも、まずはどこに行く予定なんだ?」
「ウォロ、俺も気になってたんだよ。まずどこ行くんだ?」
「おいおい....」
グレンの言葉に自分で考えろよと内心で愚痴りながら答える。
「ああ。まずはやっぱり〈アルバン〉に行こうと思ってる。‘冒険者協会’に入ってないとこの先厳しいのは明白だし、一番近い街って言ったらあそこしかないと思う」
「確かになぁ。あそこはそれなりにでかいからな。いいと思うぞ」
ウォロの話に賛成するバルク。バルクは昔〈アルバン〉で鍛冶の仕事をしていたことがあり、その町の良さをよく二人に話していた。
「〈アルバン〉か....なら一つ、提案があるんだが」
突然、ウォドルがそう切り出した。二人はびっくりしつつも耳を傾ける。
「〈アルバン〉の東に〈マレタクル森林〉が広がっているのは知っているな」
「あのでっけぇ森のことか」
「ああ。その森の中に〈ソラス神殿〉という所がある。前に話しただろう」
「―――――!」
ウォロは思い出したようで、息を呑んでいる。
「父さんの、師匠がいるところだ」
「ウォドルさんの師匠だと....」
グレンはそれ自体が初耳で、別の意味で息を呑んでいる。
「俺がまだ若い時、その人に剣術を教えてもらっていたんだ。その人は、前“蛇守”当主であり、今は【陽神】アマテラスの契約主である。その名前は―――」
「その名前は....?」
グレンがごくりと喉を鳴らす。数秒の間が空き、ウォドルはその名前を口にする。
「―――マルスタ・フォン・ソルだ」
「マルスタ・フォン・ソルッ....って誰?」
グレンの間抜けな顔に思わず吹き出しそうになっているバルク。ウォドルは頭を掻いている。
「そうか、こっちの名前はあまり知られていないんだっけな。こっちの名前なら知っているだろう。『精霊騎士』マルスタ・フォルン」
「『精霊騎士』だとッ!ファーリエンス騎士団の伝説の剣士じゃねぇかよ」
こちらの名前は知っていたようで、目を見開いているグレン。
「マルスタさんとは面識がある。あの人は"蛇守"当主の中でも特例で、ただ一人カルゴン家本家の人間じゃないんだ。それに、剣の技量もすごかった。俺はまだ小さかったけど、あれは特別だと思ったよ」
ウォロはその時を思い出しながらぽつぽつと話した。そして、何かに気付いたようで、その顔に驚きを露わにする。
「まさか提案って....」
「多分お前が思っているのと同じだ。お前たちも、師匠に剣術を教えてもらえ。俺が教えたことや、お前たちが独学で身につけたものを見れば剣士見習いよりかは強いだろう。でもそれだけじゃあだめだ。いつ壁にぶつかるか分からないからな。せっかくだし、教えを乞うたらいいんじゃないか」
そう言ってウォドルは封筒をウォロに渡した。
「その中には師匠に宛てた手紙が入っている。これを渡せば指導してもらえるだろう」
封筒を見つめる二人を見ながら、ウォドルは続ける。
「だが、師匠はお前らを試すだろう。どこまで強くなりたいのか、その覚悟を見極めようとする。それに負ければ、その時点で終わりだ。言いたいことはわかるな」
ウォドルの言葉に頷くウォロとグレン。その真剣な顔に満足したようで、「じゃ、頑張りな」と言って話を締めた。バルクも「いつでも帰ってきていいからな二人とも」と言って送り出す。
二人は台車を持つと「行ってきます、父さん」「行ってくるぜ」と言って歩き出す。その足取りは軽やかで、これからの旅が待ち遠しいということがありありと浮かんでいた。
二人の後ろ姿を見送りながら、ウォドルとバルクは話していた。
「いやぁ、とうとう行ってしまったなぁ....」
「そうだな」
「それにしても、師匠さんの事言ってよかったのか?前は様子を見てとか言ってたが」
バルクはウォドルに聞く。
「ああ。初めはそのつもりだったんだがな。思った以上に二人のレベルが高かった。今師匠の下に行けば、ウォロは神眼をもっと使いこなせるし、グレンは〔元素付与〕が格段に使えるようになるだろう」
もう見えなくなった二人の方向を見ながら目を細めるウォドル。
「ウォロだったらあれを、今まで誰も、師匠すら使えなかったあの宝剣を使えるはずだ....」
自分の息子に希望を乗せる父。彼は信じる。息子ならきっと世界を守り抜くことができると....
***
その男は、『封印の祠』の前に立っていた。その大扉は半壊しており、神気が出ている気配もない。男の近くでは動物が優雅に寛いでいる。
「まさか本当に居なくなっているとは....」
男は内心では、あの蛇が契約を結んだというフィラーセの言葉を疑っていた。今まで300年も封印されていた神の一柱が今出てくるとはにわかには信じがたい。しかし、自分の目で現状を把握して、それが本当、事実なのだということを知った男は思考を巡らせる。
―――やっと奴に復讐ができるのか。300年だ。300年の悲願がやっと達成される。ウロボロス、待っていろ。今行くからな....
男はその目に憎悪の炎を燃やしながらその場を後にした。彼が出て行った後、そこには目を白くしながら死んでいる動物たちの姿だけが残っていた。