6 鍛冶屋の依頼 前編
「さてと、まず一つな」
「ああ、どうした」
「その髪どーしたんだよお前は!」
神眼持ちとなり、フラフラになりながら戻ってきた後、ひとまず家に帰ったウォロは、部屋で沈むように眠りについた。一夜明け、脱力感が無くなった彼に、グレンが叫ぶ。
「髪の毛長くなってるし!ほぼ真っ白だし!背ぇ高くなってるし!なんかいい体つきだし!」
「まあまあ、説明するから落ち着けよ」
「落ち着けねーだろこれは!いったい何があったんっだよい!」
びっくりするあまり語尾がおかしくなっているグレン。そんな相棒を宥めながら、ウォロはコヒン(コーヒー)を飲む。
「ふう...。グレン、ひとまず座れ」
「しっかり説明しろよな」
ふて腐れているグレンを見て、苦笑いが零れるウォロ。自分が神眼持ちになったことで、距離ができたらどうしようかと思っていたのだが、いらぬ心配だったと思ったのだ。変わらぬ彼に、大扉をくぐった後のことについて話した。
「―――ということだったんだ。」
「ほえぇ...。要するによ、やべー力を手に入れて、その力でやべー奴を倒すってことか」
「....まあ、そういうことだ。」
何とも言えない纏め方で理解したグレン。そこはともかくとして、
「これから俺は、この村を出て、来るべき戦いに備えて準備をしなきゃいけない。グレン、付いてきてくれるか?」
「もちろんだぜ。当たり前なこと聞くんじゃねーよ、水くせぇ」
当たり前に答えるグレンを見て、気持ちが空回りしたことに苦笑いがまた零れた。確かにグレンはこんな性格だ。相手がたとえ化物になっても付いて来るような奴なのだ。こいつには敵わないなと思っていたところに、ノックの音が響いた。
「俺だ。入っていいか」
「いいよ」
扉を開けて入ってきたのは、やつれた顔をしたウォドルだ。よく見れば、目元にうっすらと隈が出来ている。心身ともに疲れているようで、入ってくるなり空いていた椅子にどっかり座り、持っていたコヒンを煽るように飲んだ。
「ふう....っと」
やっと一息つけたというように息を吐くと、目を閉じるウォドル。
「父さん、なんでそんな疲れてんの」
「ああ、昨日の件を村長に報告しに行ってたんだ。お前を連れ帰ってすぐにな。そしたらそこから緊急会議になって、夜通しぶっ続けだ。これで疲れない奴がいるかよ。ふぅ....」
私、疲れてますよアピールをしてくるウォドルを見て、どこかで見た行動だなと思うウォロ。さて、いつだったか....
「ああそうだ、お前ら、いつ出発するんだ」
「まだ決めてないよ」
「そうか。ひとまず今日は休ませてくれ。明日になったら準備も手伝う」
会話が聞こえていたのか(話していたのは主にグレン)、村を近いうちに出ることを知っていたウォドル。荷造りを手伝うことを伝えに来ただけのようで、そのことを二人に伝えると、部屋を出ようとする。しかし、扉を開けたところで、思い出したように言った。
「そうだ、二人とも。バルクの所に行ってこい」
「なんでおっちゃんのとこに行かなきゃなんねーんだ?」
「行けば分かる」
そう言ってウォドルは部屋を出て行った。二人は顔を合わせると、ひとまずはバルクの元へ行ってみようと頷いた。
***
バルクは、村の鍛冶屋だ。本名はバルク・セノハン。ウォドルが若いころ、国の王都で働いていた時に出会い、それからの仲だ。彼は、村の衛兵達の装備をすべて担っており、常に最高な状態にしている。ウォロとグレンは小さいころから世話になっていて、気の許せる人物の一人である。最近は髪の毛が薄くなり始めている。
「こんにちはー」
「入るぜ、おっちゃん」
バルクの鍛冶場に着いた二人は、声を掛けて中に入った。そこでは、彼が真剣な表情で金槌を振るっていた。金属が叩かれるたびにリズミカルな、澄んだ音が響く。その音が鳴り終わるまで二人はその音色に耳を澄ましていた。
「ふう。誰か、水取ってくれ」
「どうぞ」
「ありがとさん。っぱぁ。そこ置いといてく....ってウォロ坊とグレン坊じゃあねぇか!」
やっと二人に気が付いたバルク。遅れたのは決してボケたのではなく、ただ単に集中をしていたからなのだ。
「こんにちは。父さんから行って来いって言われたんですけど」
「ああ、あの件か」
バルクはそう言うと、二人に座れと促してから話し始める。
「今回のぁ依頼だ。俺からお前らへのな。してほしいことは、材料の調達だ。今作っている武具に使っているものでほとんど最後だ。補充をしようにも俺は非戦闘職。いつもは衛兵に頼んでいるが、二人なら大丈夫だろう。これから協会で依頼を受けることは確実だろうし、予行とでも思っててくれ。報酬はあるが、今はまだ秘密だ」
そこまで言って、一枚の紙を差し出すバルク。その紙を受け取って見ると、依頼の内容が書かれていた。
ー依頼:各材料の入手---------------------------
・鉄鉱石 五十
・元素石風・地 各三十
・魔晶石 一塊
・翼竜の翼 三十
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「これらを持ってきたら、報酬をやろう。じゃ、頑張りなよ二人とも」
「おうよ、簡単だぜ、こんなもん」
「頑張ります」
二人の不敵な笑みを見て一つ頷くと、また金槌を打ち始めた。二人は、踵を返すと鍛冶場を出た。
「さてと、いっちょ行くか」
「そうだな。まずは元素石だ。」
ウォロは腰の、グレンは背中の、それぞれの剣をひと撫ですると、森の方角に足を向けた。
***
元素石とは、その名の通り、元素が凝縮してできた石だ。それぞれの属性の魔物の体内や、火山、水辺など、属性な偏りが大きい所にできる。その石は様々な用途に使われていて、武具の素材にしたり、加工して日々の生活に使ったりする。しかし、できるまでにそれなりに時間がかかるので、入手するのは少し大変だ。大きければ大きいほど良い値段で売れる。
「今から狩っても夜までに終わらねぇだろ。どうすんだ」
魔物から使える元素石が取れる確率は、大体三割といったところ。彼の言うとおり、結構な数の魔物を狩らなきゃいけない。グレンは一日で終わらせる腹積もりのようで、作戦をウォロに問う。
「いつか売ろうと思ってな、今までの鍛錬の時に取れたものを貯めてたんだ」
ウォロはそう言うと、✕印が付いている木の下を探り始めた。すぐに目当てに物を見つけたようで、それを引っ張り上げる。床扉を開けた下には穴があって、
「うおすげぇ。こんなにあるのかよ」
その中には大量の元素石が入っていたのである。
「せっかくだし、必要な分以外のものは、旅に持っていくか。後、質の良さそうな物は父さんやバルクさんにあげよう。感謝の気持ちってことで」
そう言うと、どこからか取り出した麻袋に詰めていく。
「グレン、お前はこっちの袋に依頼分のものを入れてくれ」
「りょーかいっと」
グレンは麻袋を受け取ると、「さて、良いやつ良いやつ....」と言いながら物色し始めた。
「さて、これで依頼の一つはクリアだな」
数分後、すべてを詰め終わった二人はしばしの休憩を取っていた。
「そうだな。次は鉄鉱石か」
「じゃあ洞窟か」
「そうなる」
近くには天然の洞窟が点在しており、たくさんの鉄鉱石があると思われる。二人は麻袋を持つと、一番近い洞窟に入っていった。
***
「暗ぇな。明かり付けようぜ。〝ファイヤ〟」
「ここに」
「おーけー」
グレンが左手に火を灯すと、ウォロの差し出した木の枝に移した。パチパチと、心地よい音が洞窟内に反響する。
「さて、鉄鋼石はどこだぁ....」
「....あったぞ」
鉄鉱石を探して辺りを見回しながら歩いていると、ウォロが鉄鉱石の塊を見つけた。よく見れば、辺りにはたくさん塊があるではないか。占めたと、それに触ろうとしたその瞬間、
「キイイィィィ!」バサバサバサ
蝙蝠の群れが襲ってきた。
「グレン、俺はこれ採取するから、お前はあの蝙蝠共を頼んだ」
「任せとけ。さぁお前ら、どっからでもかかってこいよ」
グレンは背中の剣を鞘から抜くと構え、不敵な笑みを浮かべながら蝙蝠たちを見た。
―――あの蝙蝠は鉱石蝙蝠だ。強くはないが、鉱石を食べてしまうところが厄介だ。さっさと採らないと。もしかしたらあの蝙蝠共から鉄鉱石を取れる可能性もあるしグレンには頑張ってもらわなきゃな
ウォロはそんなことを考えながら採取用のハンマーを振るって、着々と鉄鉱石を集めていく。その後ろでは、グレンがその剣を振るって、次々に鉱石蝙蝠を屠っていく。
「おらよっと!」
「キイイィィ....」
グレンが剣を振るうたびに、次々に蝙蝠が落ちていく。数分後には、蝙蝠たちはすべて狩られた後だった。
「お疲れさん」
「こんなんで疲れねぇよ、俺は」
剣を背中の鞘にしまいながら、苦笑気味にグレンはそう答える。ウォロは鉄鉱石を入れた袋を持って立ち上がると、蝙蝠たちの死骸に近づき、何やら探っている。
「何探してんだ?」
「あぁ。こいつらは鉱石蝙蝠だよ。もしかしたら鉄鉱石を貯めてるんじゃないかと思ったんだ。ほら、案の定」
ウォロは見つけた鉄鉱石をグレンに見せる。それはあまり大きくないが、質は良さそうだ。
「なるほど。俺も手伝うぜ」
二人は骸を探って鉄鉱石を集める。全ての死体を調べるころには、丁度依頼の数と同じほどの鉄鉱石が集まった。
「これで二つ目も終わったな」
「ああ。ひとまず村の戻ろう。翼竜の縄張りは村の向こうだしな」
「そうだな。これ持ったままの狩りは、さすがに大変か」
二人はそう言うと、洞窟の入り口へと歩み始めた。