4 予言は現実に
「――ォロ、おいウォロ」
―――誰かが俺を呼んでいる。でももう少しこのままで....
「おい、そろそろ起きやがれ。いつまで寝てるんだ」
―――いつまででも良いじゃないか。静かにしてくれよ
「はぁ....」
―――気配が遠のいていく。やっと静かに――
「起きろーーーッ!!!」
「ドワッ!」
思わず奇声を上げて起き上がったのは、眠り続けていたウォロだ。そして、大声で起こしたのが相棒兼好敵手のグレン。
二人は数秒の間見つめ合っていた。まるで目を逸らしたら負けかの様に。しかし、耐えきれなかったウォロは、
「顔近いッ」
と言って距離を取った。グレンはドヤ顔を決めている。
「起きて早々何やってんだ....」
煮え切らない様子で頭を掻きながら、辺りを見回すウォロ。白を基調にした部屋は、綺麗に整えられている。どうやらウォロ自身の部屋のようだ。
「グレン、俺はどのくらい眠っていた?」
いまだにドヤ顔のグレンを小突くように聞くと、元のグレンに戻って答える。
「そうだなぁ。丸3日じゃないか? ま、あんなヤバそうなやつを呼んだんだ。そんぐれぇ寝てないと体持たねぇだろ」
「それもそうか。お陰で体調に違和感もないし」
「それはそうと、お前が寝てる間、俺は片付けで忙しかったんだぜ~」
今度はニヤケ顔でそう言い放ったグレン。ウォロは一瞬「そうか、お疲れ様」と言いそうになったが、彼の態度がムカつくものだったので、ひとまず引っ叩く。
「ってえぇぇ....なんで叩くんだよ」
「働いてないのに嘘ついたから」
「忙しくはなかったが、ちゃんと働きはしたって....」
それなりの強さだったのか、頭をさすりながらそう呟くグレン。実際、龍が出現する前に死んだ魔物の死体はそのままだったので、その焼却をしていた。
「『封印の祠』ってとこに行かないとな」
「なんか言ったか」
「いや、なんでもない」
『無』空間での一幕に出てきた『封印の祠』という場所は果たしてどこにあるのか。分からないウォロはひとまず父親に聞くことにした。
「父さんはどこに居る?」
「下だ。そういや、お前が目ぇ覚ましたら連れて来いって言ってたっけか」
「そうか」
「行くか?」
「ああ」
二人は立ち上がると、部屋の扉を開ける。いざウォドルの下へ行こうとしたが、
「ちょっと待て」
ウォロが止めた。グレンは「なんだよ....」とウォロの方に目を向ける。すると、彼は一つの場所、詳しくは机の上に置かれた品を凝視していた。
「蛇守の指輪か....」
そこに置かれていたのは、翡翠の宝石が付いた指輪だ。よく見てみれば、宝石がまるで心臓の鼓動の様に光がゆっくり点滅している。
ウォロは半分無意識のまま机に歩いていき、指輪を手に取る。そして、右手の中指へと吸い込まれるように嵌めようとする―――
「やめた方がいいぞ」
寸前で、そう声が掛かる。体の支配権を取り戻したウォロは指輪を少しずつ離していくと振り返る。壁に寄りかかって腕を組んいるグレンが、続きを口にする。
「その指輪、今着けると魔力を吸われるぜ」
「そうなのか?」
「ああ。俺も吸われた」
そう言ってニッと笑うグレン。どうやら一気に吸われる訳ではなく、少しずつ取られていくようだ。
「早く言ってくれよ、そういう大事なことは」
「ごめんごめん、忘れてた」
「まったく....」
こいつはやっぱり阿呆だなと思いながら指輪をポケットにしまう。
「そんじゃ、行くか」
「おうよ」
そして、二人は今度こそウォドルの下へと赴くのだった。
「やっと起きたか。調子はどうだ」
「お陰でばっちりだよ」
「それは良かった。まぁ二人とも座れ」
外付きの階段を下り、玄関から入るウォロとグレン。そこで迎えてくれたのは、コヒン(コーヒー)を片手に何やら資料を読んでいるウォドルだった。
彼の言葉に従い、二人は椅子に座る。その様子を確認し、ウォドルが言葉を放つ。
「まずは、戦いに参加してくれてありがとう。お陰で死者を出すことなく乗り切ることができた」
「礼なんて要らねーぜ。当然のことだ」
「ああ。自分の村を襲われて黙ってる訳ないじゃん」
「....そうだな。魔物に襲われているのを黙って見ている二人じゃないな」
二人の晴れやかな顔を見て、納得したようにそう口にするウォドル。優しい目つきで二人を見ていたのだが、厳しい顔つきに変わると、弛緩した空気が一瞬で真剣なものへと変わった。
「問題は、例のあれだ」
「ああ、あのでっかい龍の事か」
グレンの言葉にウォドルが頷く。
「そうだ。今回は、あの龍について、二人に話そうと思う。これから話すことは、今まで我々"蛇守"に受け継がれ、一度も表に出ず、当主だけに知ることが許された、超機密事項だ」
「「ッ.....!」」
そんな重要なことを聞かされるのか、そう思った二人の体は硬直した。そんな二人のシンクロした表情を見ながら、ウォドルは、"蛇守"当主として話し始める。
―――これから話すのは、なぜウォロが指輪から龍を出現させられたのか、ということだ。そのことを説明するためには、"蛇守"の誕生について話さなければいけない。
二人が知っているように、我々"蛇守"の歴史が始まったのは、今から約300年前。この世界を混沌と絶望に陥れた『悪魔大戦』が終結した後のことだ。蛇守の指輪はその時に作られ、以降、代々受け継がれている、というところまでは話しただろう。しかし、なぜ『蛇守の一族』は作られたのか、何を守っているのかなどは説明していなかったな。それは先程も言ったとおり、当主にしか知ることが許されていないほどのものだからだ。順を追って説明しよう。
それは、あの『悪魔大戦』の火蓋が切られる時より8年ほど遡る。この地に、まだ村ともいえない小さな集落が存在した。そんな集落に、一人の青年がいた。彼は名をドルクウォラスといい、通称ドルクと呼ばれていた頼れる剣士だ。彼は、いつも欠かさず森で鍛錬をしていた―――
そこまで話し、一口お茶を啜るウォドル。
「そのドルクってやつはよぉ、ウォロの先祖か」
グレンが閃いたと言いたげに聞いた。
「おっ、たまにはいいことを言うなぁ」
「たまにってなんだよおい」
「まあまあ...」
茶化されたことに不満をあらわにするグレン。宥めるウォロは苦笑いだ。
「まあまあ。確かにグレンの言うとおり、ドルクウォラスは我々の先祖だ」
いじりに満足したウォドルは、そう言って話を再開する。
―――その日も、いつものように鍛錬をしていたそうだ。すると、ふと声が聞こえてきた。その鍛錬場所は森のそれなりに奥で、人がおいそれと来れるところではない。無いだろうと思いながらも、もし誰か居たら大変なことになるからと、その声のする方へ行ってみた。そしたら、小さな祠があった。ぼろぼろで、今にも崩れ落ちそうなその祠の中に、淡く光る石があった。声は、そこから聞こえていたのだ。
その石から声が聞こえていると知ったドルクは、石に触れた。その瞬間に、意識は飛んだという。私が聞いたのは、その後に『無』の空間に立っていたことだけ。それ以外は歴代当主すら知っていない。そのあと彼は、一柱の神と契約をし、その力で『悪魔大戦』を戦い抜き、世界に平和をもたらした。その神はその後、ドルクによって封印され、今日まで守られてきた―――
「その神の名は"【時主】ウロボロス"という。英雄ドルクウォラスの契約神であり、我々"蛇守"が長年守ってきたものの正体だ」
ウォドルはそう締めくくると、脱力するように背もたれに体を預けた。
「ウロボロス....『無』の空間....それで『封印の祠』か....」
何かに気付いたらしい相棒の姿を尻目に、グレンはウォドルに聞く。
「まあ、封印を守るために『蛇守の一族』の家系ができたっつうのは分かった。だがよ、なんで封印する必要があったんだ?」
「それは『悪魔大戦』の残党から守るため、もしくは、未来に同じことが起こると予想していたから。違うか?」
ウォドルの言葉に被せるように、ウォロが答えた。
「....流石だ。やはり"予言の子"と言ったところか」
「「"予言の子"...?」」
ウォドルは感慨深くそう呟いた。訳の分からないウォロとグレンはそろって首を傾げる。
「そうだ。それが、ウォロがあの龍、ウロボロスの分身体を出現させられた理由だ....」
ウォドルは、高く上った日を見ながら、言葉を紡いでいく。これから起こるだろう出来事に思いを馳せながら。
―――さて、"予言の子"というのが一体どういうことなのか、今から説明しようか。
先程も言ったが、ドルクは【時主】ウロボロスと契約し、かの『悪魔大戦』を終わらせた。話は、その後のことだ。
『悪魔大戦』が終わった後、ドルクは残党がいると確信して、着々と準備をしていた。言わずもがな『蛇守の一族』だ。しかし、いくら準備をしていたとしても、まず残党がいるといっている人は少数派、また、時代が過ぎると忘れ去られてしまう。その問題の答えに使ったのが、【時主】の固有特性〔未来視〕だ。この能力は、膨大な魔力を消費する代わりに、視たい未来を視ることができる、予知系能力の頂点なのだ。ドルクは何日も魔力を蓄え、≪世界にまた脅威が来た未来≫を視た。そこには、巨躯の体を持った者と、それに対峙する一人の青年が居たそうだ。長めの白髪に【時主】ウロボロスの神眼を光らせ、二振りの剣を持っていたそうだ。
そしてその後、その青年を"予言の子"とし、その青年が来るその日まで【時主】などを守る『蛇守の一族』を確約した。そして、もう分かっているようだが―――
「ウォロ、お前こそが"予言の子"だ」
「......」
そう言って、ウォドルは締めくくった。ウォロは、まだ信じられないようで、完全に沈黙をしている。
「ウォドルさんよ」
グレンが言う。
「ウォロが"予言の子"だったとして、いったい何だってんだよ」
「ウォロは、今まで我々歴代"蛇守"が待ちに待った"予言の子"。ウォロがいるということは、そう遠くない未来に第二次『悪魔大戦』が、いや、もっと激しい戦いが起こるということ。何が言いたいか、分かるな」
鋭い眼光で言われ、グレンは息をのんだ。それがどれほどのことか、今更ながら気づいたのである。『蛇守の一族』の家系でないのにこの話を聞けているだけで十分なのだ。口出しをするなと言っているのである。
「ウォロ、お前は、再び攻め来る者たちと戦うためにいるのだ。これは"蛇守"いや"予言の子"が負う責務。逃げるなよ」
ウォロを見ながら、"蛇守"当主としてそういうウォドル。ウォロは、うつむいたまま、ぽつりぽつりと話し出す。
「眠っている間、ウロボロスと話した。『封印の祠』で待つと、そう言われた。今まで忘れてたけど、封印の祠っていうのは、祀っている神の本体が封じられている場所。そこに来いという事は、契約を交わすことになるって言う事なんじゃないか。そう思った。だから....」
ウォロは顔を上げ、ウォドルの目をしっかり見ながら答える。
「俺は逃げない。たとえこの先に何があったとしても、最後まで諦めない」
目は爛々と光り、その本気度が窺える。ウォドルは安心したように息を吐くと、
「そうか。...安心した。さすが俺の息子だ」
そう零した。
「やっぱりな。まあ、俺はいつでも手ぇ貸してやるよ」
グレンも相棒の決意を感じて、励ますようにそう言った。
「ありがとう」
そんな二人を見て、ホッとした表情を見せるウォロ。
「ウォロ、行くんだろ。『封印の祠』によ」
「ああ、もちろん。父さん」
「わかっている。二人とも、準備して来い」
「「はい(おう)!」」
運命を受け入れる決意をしたウォロと、相棒に何処までもついて行くと宣言したグレン。二人は、これから迫りくる困難に共に立ち向かおうと気持ちを固め、最初の一歩を踏み出すのだった。