10 初受注と黒い影
先週投稿できずにすみません…
「これが噂の身分証ですか...」
右手の八芒星のメダルを天に掲げてそう呟いたのはミラシータ。その反応に覚えがあったウォロとグレンは苦笑いを零す。
先程、ミラシータの冒険者登録とパーティー登録をした“神の代弁者”一行は、協会支部を後にして街中を歩いていた。
「それで?これからどうすんだっけ?」
「ああ。パーティー初の依頼、ベネアさんからしっかり受け取ってきたぞ」
グレンの問いにそう答え、ウォロが巻紙を取り出した。
「内容は何ですか?」
「えっと...配達だな」
「場所は、〈アルバン〉から西に15㎞のとこにある〈リンデル〉って村だな。大体...片道3時間か」
「村に手紙と小包みを配達。そう書いてあります」
「これか」
ウォロは懐から小包みを取り出す。手のひらサイズの小さな木箱だ。
「かなり簡単な依頼じゃねぇか」
「そりゃそうだろ。俺たちまだ最低ランクなんだから」
「一日で往復できますかね」
「大丈夫だろ。まだ昼前なんだし」
ウォロ達は話しながら西門に向かって歩いていく。初仕事で少しうきうきしていた彼等だったが、高騰した気分は一瞬で霧散させられることになる。
「おいてめぇら」
「...なんですか」
ウォロの目の前に、突如巨漢が立ちはだかった。彼より頭一つ高く、ガタイの良いスキンヘッドのその男は、ウォロを睨み付ける。気付けば、辺りを数人のガラの悪い男たちに囲まれていて、あれよあれよという間に路地裏に連れていかれた。
「何の用でしょう」
「しらばっくれてんじゃねぇぞ小僧。俺の子分をどうも可愛がってくれたみてぇじゃねぇか」
「子分...?」
何のことか分かってないウォロの態度に苛立ったのか。男は近くのごみを蹴り上げて怒鳴る。
「今から3週間前!俺の子分をつぶしただろ!」
「あぁ...あいつらか」
ウォロは思い出したとたん怒りが込み上げてきたようで、目から感情が消え始めた。
「あいつら、小僧の所為で冒険者できなくなっちまったんだよ。俺ら“爆闘巨熊”の貴重な労力を良くもやってくれたなぁ」
「そりゃご愁傷さま。で?」
「テメェ...」
ウォロの挑発的な態度でとうとうキレたのか、拳を鳴らしながらウォロに近づいていく。
「俺たちはなぁ。仲間を大事にすんだよ。仲間がやられたとなりゃやり返すに決まってんだよ」
「それには同感する」
「だろ?だから、黙って―――」
「だけどな」
「あん?」
男の言葉を遮り、ウォロは顔を上げる。そこから放たれる得体のしれない何かが、男の心臓を鷲掴みにする。思わず男が後ずさる。そんな彼に、ウォロが問う。
「こちとら出鼻挫かれてイライラしてんだ。邪魔しないでくれるか」
「...覚悟はできてんだろうな」
「そっちこそ、全員冒険者卒業の準備はできてるな?」
「言わせておけば...テメェら!やっちまえ!」
男の号令でウォロの周りを囲っていた男たちが一斉に飛び掛かる。しかし、ウォロはまるで臆せず、剣や荷袋をその場に降ろす。そして。
「ぐはぁ!」
「がほっ」
「ぶばぁ」
「っ!」
次々に戦闘不能になっていくのは飛び掛かった男たち、ある者は腹を抱え、ある者は口元を押さえ、またある者は股間に手をやり悶絶していた。
「な、んだと」
「後はお前だけだが」
まさに一瞬で残り1人となった“爆闘巨熊”リーダーは驚愕に目を見開いている。
「俺はこれから用事があんだよ。邪魔すんな、雑魚が」
「グッ...なめんじゃねぇ。これでも俺はBランクだぞ。俺とお前の格差ってもんを見せてやる」
思いっきり殺気のこもった眼で射抜かれ、息をのむリーダー。しかし、こぶしを固く握ると構えを取る。
「ぶっ潰してやる」
「それはこっちのセリフだ」
お互い怒りを滲ませた言葉を放つと、相手に向かって駆けていく。男が放った重い正拳突きを左手で逸らすと、ウォロは男の懐に入り、腹に掌底打ちを放つ。
「グフッ...」
「もう一発だ」
呻き声を上げた彼に冷たくそう言うと、左足を軸に体を捻り、遠心力を乗せた右足でわき腹を蹴る。その衝撃で男の体はくの字に曲がる。そして、そのままごみの山に吹っ飛んだ。
「グッ...ガハッ」
男は血反吐を吐くと、焦点の定まらない目でウォロをにらむ。
「覚え、てろ...いつか、お前を...」
そう言って、男は意識を失った。
「...ウォロさん怖い」
「昔からこうなんだ。で、こいつらは?」
「ほっとけ。どうせ“なんとかかんとか”が片付けに来るさ」
「名前すら覚えられない...かわいそうに」
「さ、行くぞ」
「は、はい...」
ウォロは自身の荷物を持ち上げるとさっさと表に出てしまった。その後を、2人は憐れみの眼差しを男たちに向けながらついて行った。
「派手にやられたなぁ」
「ええ、ええ。まったくその通りで」
ウォロ達がその場を離れて数分後、ほとんどの男が気を失って倒れているその路地裏に、二人の男が姿を現した。
惨上を目にし、彼らに嘲笑を浮かべるのは紫の髪を後ろに流し、革製の黒服に身を包む巨躯の男。その首には球体が5つ付いた八芒星のメダルが怪しく光っている。そして、その横で手を揉んでにやにやと笑っているのは腰の曲がった細男。
「おいガルヴェン」
「ぼ、ボス...」
「ボスが御呼びだァ!」
「ぶっ...」
紫髪の大男が声を掛けたのは、自らを“爆闘巨熊”のリーダーと言っていたスキンヘッドの男。彼―ガルヴェンは細男に顔面を蹴られ意識を失いそうになりながらも、ボスへの恐怖心故に意識を手放せない。
「ガルヴェン、あんなに息巻いていたのはどうしたんだ?」
「あの小僧、半端ない強さだったんですよ...」
「見た限り、どいつもこいつも一撃だな」
「ええ、ええ。まったくそのようでして」
紫髪は辺りを見渡すと、「回収しろ」と呟く。すると、何処から来たのか黒のスーツに身を包んだ大男たちが倒れている男たちをヒョイと抱えて路地の向こうへと消えていく。
「そろそろ潮時か」
「ええ、ええ。そうでしょうなぁ」
「なに、を」
「空気がおかしくなっている。これ以上留まるのは危険だ」
「じゃ、じゃあ!」
「うん?」
同じく路地裏に消えようとする彼に、ガルヴェンは問う。
「もうあいつに復讐できねぇんですかっ!?」
「...安心しろ」
紫髪は空を見上げて呟く。
「お前はもう用済みだ。後は好きに生きろ」
「ハァ!まったく憐れな奴め。殺されないだけ感謝しろぉ!」
「———な、なんだと」
ガルヴェンはボスの言葉に目を見開く。そんな彼を置いて、ボスと細男は背を向ける。1人その場に残された彼の眼には、深い憎悪と怒りの炎が渦巻いていた。
「覚えていろ、テメェらは楽には死なせんぞ...」
その言葉が、路地に怪しく木霊した。
***
太陽は西に傾き始め、辺りには心地よい風が吹いている。ウォロ達一行は、〈リンデル〉への配達を済ませ、〈アルバン〉へ引き返している所だった。
「あのおばあさん、とても優しかったですね」
「まさか飯をご馳走になるとはなぁ。美味かったぁ」
「そうだな」
彼らが〈リンデル〉に着いたのは昼を少し過ぎたころだった。配達先のおばあさんが、そんな彼らにお礼とばかりに昼食を作ってくれたのだ。彼らは、依頼の良い所を垣間見たのだ。
「〈リンデル〉のもっと向こうへ行きゃあ王都なんだろ?」
「ああ。正確には北西なんだがな」
「王都に行く時はまたあそこを通るんですか?」
「いや、〈マレタクル森林〉の端を沿うようにして言った方が早い」
彼らがそう話しながら街道を進んでいると、風に乗って微かに音が聞こえてきた。
「...聞こえるか」
「ああ」
「これは...叫び声!?」
三人は目を合わせると、すぐさま音のする方へ駆け出した。
***
時は少し遡る。
いまから三日ほど前。〈王都ファラメル〉にそびえ立つ王城、〈フレイシア城〉にて行われた王族と各大臣による先行会議が行われていた。その場に突如、1人の青年が入ってきた。彼の名はラドル・ベスラム。現国王クベルト・ファール・ベスラムの第3王子で、今まで世界中を旅していたのだ。
「戻ってきたのか」
「ああ。ついさっきな」
上から見下ろす父を何とも思っていないような態度で、飄々と答えるラドル。クベルトはそんな彼に思わず頭を抱えてしまった。
「それにしても、胸騒ぎって」
「なんかこう、頭ん中ビビっと来たんだよ」
ラドルは顎に生やした無精ひげをさすりながらそう答える。
「そ、そうなのですか」
「そうなんだよ」
「ラドル」
レイゲナにそう答えるラドルの名を呼ぶクベルト。
「なんだ?」
「今までの旅で得た情報を後でカヴァーに伝えろ。それと、さっさと正装に着替えておけ」
「あれ嫌いなんだよなぁ」
「それでもだ。その髭も一回剃れ」
「本気で言ってんのか親父!こいつはなぁ」
いくら父と言えど、一国の王であるクベルトに向かって言いたいことをぶちまける第3王子に各大臣は呆れの目線を向けてしまう。自身の顎髭について熱弁しようとした彼は、しかし父の顔を見た瞬間に固まった。
「...もう一度言った方が良いか?」
「い、いや。滅相もないです」
「ではさっさと行け」
「は、はい」
無機質な目と滲み出る怒気に父の怖さを思い出したラドルは、ぎこちない動きでその場を後にした。
「...はぁ」
「父上。大丈夫でしょうか?」
「なんとかな」
大臣たちは王に向かって同情の目線を向ける。クベルトは場を取り成すように咳ばらいを一度するが、一度弛緩してしまった空気はなかなか変わらない。
「...あのバカ息子め。各大臣、貴族を交えた対策会議に提示するための資料を作成しておくのだ。次回、それを使って細かなところを埋め合わせる。以上、解散!」
「「「はっ!」」」
大臣たちはその場を立ち上がり、部屋の外へと歩いていく。彼らの後ろ姿を見送りながら、クベルトはレイゲナに声を掛ける。
「レイゲナ。各領主からの返事は?」
「はい。ほぼすべての貴族たちが参加との報告を受けました。また、〈アルバン〉のカルメイス伯爵からの返事にマルスタ・フォン・ソルを伴うと書かれておりました」
「〈ソラス神殿〉の神守師か」
「はい」
「彼が出てくるとは。この件はかなりややこしくなりそうだな...」
クベルトは少し目を閉じると、レイゲナに向かって一つの指示を出す。
「《ヘリツィア王国》への親書を用意するのだ」
「...内容は」
「近いうちにわが国で大規模な戦いが起こる兆候あり。よって、我が長年の友である貴国に頼みたいことがある」
「支援を要求するのですか?」
先程否定された内容をほのめかす言葉に思わず聞き返すレイゲナ。しかし王は首を振ると続きを口にする。
「我が愛娘、ロヴェリー・ベスラムの身を保護してもらいたい。もし我が国に万が一のことがあった場合、彼女、そして我が国の事を頼みたい」
「父上、それはっ!」
レイゲナはその内容に目を開く。彼が言わんとすることに気付き、驚愕を隠せない。
「我が友、ヘリツィア国王よ。貴殿を信用している。どうか期待を裏切らないでくれ。そう綴るのだ」
彼は天を仰いで彼女を思い浮かべる。彼の子供の中で一番したの16歳の彼女は、しかしとある事情によって昔から鋭かった。彼女ならこの国を立て直してくれるだろうと、彼は考えたのだ。
―――果たしてその決断は、これからの戦局にどう影響してくるのだろうか。それは、まだだれにも分からなかった。




