1 日常
とある森の中で、魔物と対峙する少年がいた。
「グルゥァア!」
魔物―疾風狼が飛び掛かってきた。その鋭い歯が首を掻き切るその寸前、体を捻って躱すと、下からすくい上げる様に剣を振るった。
「フッ!」
下からの攻撃を避けることはできず、そのまま真っ二つにされる疾風狼。鮮血を撒き散らし、そのまま絶命した。
それを見上げていた少年を、後ろからもう一体が狙う。その顎を開き、右肩に咬みつこうとしたその瞬間、
「———ッ!」
息を吐き切り、そのまま体を回転させる少年。彼が右手に握る剣は刀身に淡い緑を纏わせている。風の速さで薙がれた剣に口を裂かれた疾風狼は、仲間と同じ末路を辿った。
「ふぅ...」
少年は剣を振って血を飛ばすと、左腰に吊ってある鞘に仕舞った。そして、どこからかナイフを出すと、魔物の死体を切り開く。その中に手を突っ込むと、血と一緒に手に収まる程度の球体が出てきた。それは、先程少年の剣が纏っていた光と同じような淡い緑色だった。血がこびり付いていて、綺麗とは言い難かったのだが。
しかし少年はそんなことを露ほども考えず、血をある程度拭き取ると、それを右腰の小袋に入れた。空を見上げると、茜色に染まった空が視界全体に広がる。太陽は空を微かに照らすほどまでその身を隠し、反対側からは月がその姿を現して存在を主張し始めている。
「帰るか」
少年はそう呟くと、踵を返して歩き出した。
少年の名はウォロ・カルゴン。今年17歳の彼は村の衛兵になるために、日々鍛錬に明け暮れていた。5~6歳ほどから始めた鍛錬を彼は着実に自分の物にしていき、今では剣の扱いに関しては村の中でも上位となっていた。最近は実戦訓練と称し近くの森の魔物たちと戦う日々を送っている。
今までの事を思い出しながら歩いていた少年は、とある家で立ち止まる。彼の家なのだろう、中からはカレス(この世界のカレー)のいい匂いが漂ってくる。
「おっ、やっと帰ってきたか」
「おかえりー」
彼が扉を開けると、二つの声が飛んできた。
前者はウォドル・カルゴン。ウォロの父で、息子と同じ漆黒の髪に、暗い金色の瞳を持った彼は、この村〈カリャ〉の衛兵達の纏め役、衛兵長をしている。もちろん村の中では彼が一番腕の立つ剣士なので、誰も不満を感じないし、皆から尊敬されている。いつもは優しい顔つきなのだが、訓練や模擬戦になると一変し、鬼のようになる。
もう一方はグレン・アルベス。燃えるような赤い髪に蒼い瞳。ウォロと同じ17歳で、彼の幼馴染。紆余曲折あり、彼らは小さい頃、もう1歳か2歳の頃からは既に一緒に暮らしていた。また、彼もこの街の衛兵になることを目標として剣の腕を磨いているので、ウォロとグレンは日々競い合っている関係だ。
「ウォロ、ひとまず風呂に入ってこい。返り血を浴びられたまま飯を食われるなんて嫌だからな」
「確かに。それに俺ぁ早く食いてーから、さっさと入ってこい」
「りょーかい」
ウォロは、二人にそう言われ、風呂へと足を運んだ。
数分後。彼らはテーブルを囲んで座っていた。テーブルの上には、ウォドルが作った特製カレスが湯気を立てて置いてある。三人は手を合わせ、「いただきます」と声を合わせて言うと、カレスを口に運び始めた。
「あちち...うめぇー」
「ああ、美味い。疲れが癒されていくようだ」
「そいつは良かった。腕によりをかけて作った甲斐があった」
グレンとウォロがカレスをどんどん食べていくのを見て、ウォドルの顔が綻ぶ。それから1~2分後には、二人の皿は空になっていた。
ウォドルの皿も空になり、お茶を飲みながら一息ついていると、ウォドルがおもむろに口を開いた。
「そういえばウォロ。今日の鍛錬はどうだったんだ」
「ああ。前に覚えた気配感知の範囲が今までよりも大きくなった感触があった。元素付与も不自由なく使えるようになったし」
「なるほど、じゃあ内訳を見てみるとしよう」
そう言って、ウォドルは近くの棚からある装置を取り出した。そこに羊皮紙をセットし、ウォロが手をかざして魔力を流すと装置に取り付けられた球体が眩く光りだす。光が収まった後に羊皮紙を見てみると、そこに詳細が乗っていた。
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氏名:ウォロ・カルゴン 年齢:17歳 種族:人間族
○技能
〔元素付与〕
○特性
〔気配感知Ⅰ→Ⅱ〕〔魔力感知Ⅰ〕〔元素操作Ⅱ〕
○固有特性
Nothing
○加護
Nothing
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特性〔気配感知〕。それは、その名が示す通り、生物の気配を感じ取るものだ。生物は皆、"オーラ"と呼ばれるものを放っている。これは、生命が必ず放っている命の波動であり、これが感じ取れないという事は命が尽きたことを意味する。この能力は、つまり"オーラ"を感知するものだという事だ。
しかし、この特性は使い勝手があまりよくない。もし相手が〔気配遮断〕などの妨害・隠蔽に関する特性を持っていると相殺されることがあるからだ。
技能〔元素付与〕。
これは、"元素"と呼ばれる、炎・水・風・地の四属性の世界を形作っているものを武器や防具に付与することが出来るものだ。魔物は住む場所や環境によって属性が変わるため、これが使えれば有利に戦えるのだ。もっとも、特性〔元素操作〕をうまく使うことが出来なければ効率は悪くなる。それなりに使えるウォロは、戦闘に関して天才肌であるという証明でもある。
「そうか。それは良かった。俺は元素が操れなかったからなぁ、これからかなり楽できるんじゃないか?」
「元素付与なしで名を挙げたウォドルさんにゃ言われたくないと思うが」
「そうか?ハハハハ」
グレンに突っ込まれ、笑い声をあげるウォドル。ウォロは、そんな父親に苦笑いを隠せない。
「ウォロ、明日は俺も行くぜ」
「剣は直してもらったのか?」
「ああ、おっちゃんにしっかり直してもらったぜ。ほら」
ウォロが聞くと、グレンはウォロの後ろを指しながらそう答えた。ウォロが振り返ると大剣が壁に立てかけられていた。
「グレン、もう壊さないようにな」
「もうあんなへまはしねーよ」
「まさか勢い余って岩を叩き切るとは思わなかったなぁ」
「いやぁー」
「なんでそこで照れる...」
こうして彼らの夜は更けていくのだった...
———村を静かに見下ろす影に気付くことなく。