14 前哨戦
――その戦いは、唐突に始まった。
ウォロは、夜が明ける30分ほど前に目が覚めた。腕を目いっぱい伸ばして伸びをすると、隣に目を向ける。そこにはグレンが枕に足、足が有るはずの所に頭を置くという寝相の悪さで、盛大にいびきを掻きながら眠っていた。その光景に微笑みを零し、ウォロはベッドから降りた。
特にやることがないウォロは、コヒンを淹れて椅子に座り、物思いに耽っていた。考えていたのは昨日出会ったイケメン学者、ミルイである。
―――教会、という団体が言っているのは、果たして本当なのか。それを知るために"神"について調べている、か....
―――この世界に存在する"神"は一柱ではない。俺が知っているだけで少なくともウロボロス、そしてアマテラスがいる。
―――ではなぜ、その教会とやらは"神"をただ一柱だと決めつけるのか
―――ひとまず今度、教会について調べてみよう。もしかしたら、どこかでぶつかるかもしれない....
そこまで考えて、後ろから物音がしたので目を向けると、グレンがのっそりと起き上がっていた。
「おはようグレン」
「ああ、おはようさん。今日は早いんだな」
「まぁな。なんとなく起きてしまった」
「そうか」
グレンはベッドから飛び降りると、剣が立てかけてある方に手を伸ばす。
「俺はちょっくら鍛錬してくるわ」
「いつもこのくらいからやってるのか」
窓の向こう、空を薄紫に染めながら上がってくる太陽を尻目に、ウォロが聞く。
「いいや、いつもはもっと遅いぜ」
自分の背丈ほどの大剣を片手で担ぎ、部屋を出ようとするグレン。ウォロもそれを送り出し、もう少しゆっくりしようとした矢先、その音は町中に響き渡った。腹に響く重低音。その正体は、緊急時にならされる警鐘である。
「この音は....!」
「かなり近いな。南門かッ」
二人が目線を合わせ、装備を整えようとすると、空いたままの扉から突然入ってきた男が一人。その男は相当急いできたのか、壁に手を当てながら息を荒げている。深緑の瞳に明るい蒼の髪を持った青年。
「ミルイさん!」
「ウォロ君、グレン君。状況は知っているかい」
「いいえ、何かあったとしか」
ミルイの問いかけにウォロが答える。
「そうか。時間がないから手短に話そう。今、この街が魔物の大群に襲われている。その数、推定1万」
「1万ッ....!」
その数に驚愕するグレン。一方、ウォロも目を見開いて驚きを露わにしている。もっとも、彼が驚いているのは今の状況に対してなのだが。
―――魔物の大群。襲われる街。昨日見た光景にそっくりじゃないか。まさかこんなに早く現実になるなんて....
「今のところは警備兵隊の方達とかが必死に食い止めてくれているけど、このままじゃいつまで持つか分からない。僕は加勢に行くけど、君たちにも来てほしいんだ」
ミルイの言葉に目線を合わせる二人。一拍置いて、
「あたりめぇだぜ!」
「もちろんだ!」
そう答えた。
「よかった。僕は先に行っているよ」
ミルイはそう言うと、廊下の窓から飛び降りた。普通の人なら慌てるだろうが、そこは冒険者。少ししたら、路地を南門目掛けて疾走するイケメン学者の姿が見えた。
「俺らも準備しようぜ」
「ああ」
二人は見送りもほどほどに手早く装備を身に着けると、同じように窓から飛び降りて、戦場に向かって駆けだした。
南門前。そこでは1万もいる魔物の大群と、それを間一髪で退ける警備兵隊、義勇兵の姿があった。その中にはジャン、クルスの第三分隊の面々、⦅アルバン支部⦆受付嬢のベネアの姿もあった。
「おらおめぇら!こんな魔物の集合体ぐらい、ちゃっちゃと殲滅しろや!」
「それはさすがに無理があると思うっす」
ジャンの怒鳴り声に思わず突っ込みを入れてしまうクルス。しかし、そんな掛け合いもすぐに掻き消えるほどの猛攻を受け、少しずつ疲弊していく彼等達。
「クソッ!領主様の援軍はまだか!」
「まだもう少し時間が掛かるようです!」
「チッ。なんでこんな時に....!」
ジャンが毒吐くのも仕方がない。〈アルバン〉の領主、カルメイス・アルバン・レイダー伯爵は今、王の招集で〈王都ファラメル〉に行っているのだ。街を治める貴族には身元の安全維持や治めている街が襲われた時の援軍として私兵の所持が認められている。街を守る警備兵隊もこの分類に入るのだが、私兵の頂点が貴族なのに対し、警備兵隊の頂点は警備兵隊長と、命令系統が異なるために分けて言われることが多い。
話が逸れたが、要するに、カルメイスの私兵を動かすには彼が命令しなければならないのに、肝心の彼がいないために、兵が動けないという状況なのだ。
「あまりよくない状況だね....」
そんな戦いの様子を見たミルイは、彼らの置かれている状況をすぐに把握した。このままでは体力の限界に来てしまう。しかし、領主の援軍は来そうにない。
「人手が必要だ。それも、あの大群の中で血路を開けるような人が」
彼はそう呟くと、ある場所に向かって走り出す。目的の人物がいることを信じて。
「面白くないな」
戦いの様子を上空から眺めていた悪魔族の男は、そう零した。彼の考えでは、魔物の数の多さに人々は戦意を喪失し、蹂躙されるはずだったのだ。なのに、彼らは傷だらけになりながらも必死に剣を振るっている。それが気に食わないのだ。
「我に恐怖し、その顔を絶望に染めながら必死に許しを乞うておけばいいものを....」
しかし、本来の獲物が来ていないことも事実。そして、戦っている彼らに限界が来ていることも。
「まあいい。あの力を手に入れれば、忌まわしきニンゲンどもを蹂躙する事は容易い」
男は嘲笑を浮かべながら、眼下の戦いを見ていた。
「なんじゃこりゃ....」
「〈カリャ〉の時とは比べ物にならないな」
二人は南門に着くと、戦況を確認するために詰所屋上にある見張り台に上っていた。そこから見えたのは、〈カリャ〉の時とは比べ物にならない数の魔物が門前の平地にいる光景。その数1万に対し、それを撃退する者たちはその250分の1であるたった40人ほどしかいない。幸い魔物の強さがあまり高くない事と、こちら側にバリスタというの設置型武器があったお陰で、今のところは命を落とした者は居ないようだ。しかし人手が足りないのもまた事実で、近距離戦闘をしている警備兵隊の面々、冒険者などの義勇兵達の体には少しずつ疲労が溜まっているようだ。
「どうするよ、ウォロ」
「そうだな。ここでウロボロスを召喚するわけにはいかないからな。戦うしかねぇだろ」
「だよな!」
大群をものの数秒で殲滅できる力を使えないと言ったのに、何故か嬉しそうなグレン。そういえば近距離戦闘が好きだったなと、少し場違いなことを考えていたウォロだった。
「さぁ、俺たちも行こうか」
「おう!」
二人は掛け声とともに剣を手に持つと、下の戦場へと身を躍らせた。
ジャンはとても疲れていた。朝、町中に響いた警鐘に起こされたジャンはすぐさま装備を整え、家から飛び出して南門へと急行した。そこで目にしたのは、向こうから押し寄せてくる魔物の大群。一瞬で何が起こっているか理解した彼は、すぐさま兵たちに指示を出す。
「ヘイグ!ラモウス!他の隊に状況を伝えろ!」
「へい!」
「了解」
「ベクタ!総隊長に連絡を!」
「任せろい!」
「ハナーク!ギルド支部に伝えてこい!」
「イェッサー」
「他の奴らはバリスタ用意!クルは何人か引っ張って時間を稼げ!いいか!」
「「「応ッ!!!!!!」」」
そう。ジャン率いる第三分隊は一番早く魔物と戦い始めた者達なのだ。一番早かった西門を守る分隊、第四分隊が来るまでの約20分間、たった10人ほどで攻防を繰り広げていたのだ。しかも、そのうちの4人はバリスタを使っていたので、実際6人で、1万もの魔物相手に戦っていたのだ。分隊長という立場なので、部下の前で戦っていたことも相まって人一倍疲労が溜まっていた。
「クソッ....!」
後ろから飛び掛かってきた小鬼族を間一髪で躱し、その体に右手の剣を突き刺す。そして死体を刺したまま右に薙ぎ払い、飛び込んできた他の小鬼族諸共吹き飛ばした。一息つこうと思った矢先、左から豚人族が槍を突き出してきた。それを左腕に取り付けた円形盾で受け止めると、その勢いを利用して受け流し、盾の側面を腹部に叩きつけた。
「グォッ....」
豚人族はそのまま飛んでいき、小鬼族数体を巻き込んで息絶えた。
「ハッ....」
ジャンは無理やり息を吐いて呼吸を整える。辺りを見渡して近くに魔物がいないことを確認すると、近くにあった岩に背中を預け、回復薬を喉に流し込んだ。すると体に光が集まり、少しずつ傷が消えていく。回復薬は効果によって三段階に分けられ、痛みを和らげるだけの下位回復薬、あらかたの傷を治す中位回復薬、戦いなどによって失った四肢も復活させる上位回復薬がある。回復薬は主に中位回復薬を差していて、下位は鎮痛薬、上位は復活薬と呼ばれることが多い。
「フウ....」
ジャンはそのまま、しばしの休息をとる。長い戦いのときは、取れる時に少しでも休まなければいけないのだ。しかし、早朝からの戦いに疲れすぎたのだろう。気を抜きすぎた彼の下へ、気配を隠して高速で近付いてくる一つの影。気配を隠すと言っても子供だましのようなもので、いつものジャンならすぐに気付いただろう。しかし、今の彼は普段の状態とは違った。
彼が魔物に気付いた時には、もう魔物は飛び上がっていた。それは疾風狼。この界隈ではどこにでもいる魔物で、何十体も屠ってきたが、今回は魔物への恐怖が体をそこに縛り付け、ただ自分の体を貪り喰われるだけとなっていた。全てがスローとなった世界で、自分の最後を知覚する傍ら、遠い過去の出来事を思い出していた。それは、自分のために命を落とした彼女の事だった。
―――俺を守るために、あいつはその命を落とした。あいつはあの時、こんな気持ちだったんだな
疾風狼の顎が開かれ、頭を噛み砕こうと落ちてくる。その濁った眼はただ目の前の獲物を捕食しようという気持ちしか持っていなかった。
―――ああ。俺ももうすぐそっちに行くようだ。向こうに言ったら、一番最初にお前を探して、謝ろう....
彼は目を閉じて、ただ自分の最後を待つ。大きく開かれた顎が、ジャンの頭をかみ砕く、その瞬間。生に諦めていた彼の脳内に、あの少年の声が響く。
―――一度、帰った方がいいんじゃないでしょうか
その言葉と一緒に思い出したのは、自分の一番大切な決意。
―――そうだ。俺はこんなところで死ぬわけにはいかない。まだ、こっちには謝らなければいけない人がいるんだ!
頭の中でそう叫び、目をカッと見開いて叫ぶ。
「俺はもう一度、我が家に帰るッ!」
その瞬間、疾風狼が勢いよく右へと吹っ飛ぶ。目を左に向けると、自分に決意させた少年が、右手を突き出したままの体勢でニッと笑いながら立っていた。
「やあジャン。生きていて何よりだよ」
***
ミルイは、入り組んでいる路地を自身の限界の速さで走り抜けていた。目指す先は、知る人ぞ知る、ある人物の隠れ家。
「ここか....」
そして彼が辿り着いたのは、古ぼけた外観の一軒家。一見だれも住んでい無さそうだが、今は人がいた。彼は戸を横に滑らせ、眼前にいた人物に声を掛ける。
「お久しぶりです」
「まさかここを知られるとは思わなかったのう。流石クライス家といったところか」
「その名前はもう捨てています。今の僕はミルイ・クラントです」
「おお。そうじゃった、そうじゃった」
「僕がなぜ能力を使ってまでここに来たがお分かりですか。神守様」
「〝かみもり〟じゃなくて〝かんなぎ〟なんじゃがのう」
ミルイが探していた人物。それは、マレタクル森林に建てられた神殿を守る者。
「ではこうお呼びしましょうか。『神守師』マルスタ・フォン・ソル様」
「その方が儂としては嬉しいかな。ミルイ・クラント君」
そして、ウォロとグレンが探していた人物でもあった。
とうとう復讐が始まりました!ウォロ達は、果たして退けることができるのでしょうか。
ジャンの過去について少し触りました。機会があれば、そのことも書いてみたいですね。
次週をお楽しみに!




