人生の終わりから始まる物語
「もうアンタが存在してるだけで私達の家庭はめちゃくちゃなのよ!殺してやる!」
と、金切り声の様に甲高い叫びを上げ、ナイフを振りかざしているのは俺の母親である。
俺は就活をサボり続けニート歴4年、外出は一切しないプロの引きこもりだ。
俺が引きこもりとなる事でうちの家庭はご近所様から白い目で見られているらしい。どうやら弟の縁談の破綻の理由も俺らしいが、知った事では無い。
ちなみに親がこんな風に怒鳴り立ててくるのも今回で3回目、最初の内は多少は怖かったけれども、慣れとはもっと怖いもので、こんな状況下に於いても「そんな事するはずがない」と云う気持ちが大きくあり俺が殺されない事は規定事項。であるはずだった。
「母さん…もういいから、産んだからには責任取れよな…っと、トイレトイレ」
俺はボソっと呟きナイフを持ち奥歯を噛み締めてる母親の横を通り過ぎる。
「…ッ!」
違和感に気付いたのはその直後だった。
胸部が妙に熱い。だが全身は恐ろしく寒い。
胸部に目を向けると、母親のナイフを握る両手が俺の胸部に向けて伸びていた。
少しずつ、浸透する痛みは確かで、俺はその場に仰向けに倒れる。
悲鳴を上げようにも只管噎せる事しか出来ない。そして癖で手で口を押さえたが生暖かい感触が手に伝う。
薄暗くてよく見えないが恐らく血だ、吐血したのか俺は?
遠のく意識の中で最後に見た光景は、ナイフを俺に刺したまま手放してほくそ笑む母親の顔だった。
「責任は取るわよ、アンタを処分する事でね」
「…あれ?」
今、俺は確かに部屋の中で殺された。紛う事無き事実だ。
しかし俺は部屋で倒れているのではなく、RPGで云う神殿的な場所に立っている。死後の世界では勇者にでもなれるのか?
などと思考を巡らせながら辺りを見渡す。
まず右、帽子を被り長い白髭を垂らした白衣のジジイが1人、神父だろうか。本に夢中になっている。
左には黒ゴス衣装で金髪ツインテールの幼女が1人…いや、1匹と言うべきか、猫耳が付いているので種族がわからない。そして此方をじっと見つめている。
「…何だよ」
見つめられていると何かもどかしいので、声を発する。
「異変の民だね、歓迎するよ」
猫耳ロリはそう告げると、ジジイの方に歩いて行く。
「じっちゃん、異変の民だよ」
ロリがそう告げると、ジジイは此方を向いて本を閉じる。
そしてジジイは此方を向くと、此方へスタスタと歩いてくる。
「えーと…ここは…」
俺がお決まりのセリフを言うと、ジジイは拳を握りしめ、俺の胸部へと突きを放ってきた。
数分の間…かどうかはわからないが、俺の体感で数分間忘れていた痛みを思い出す。
「ゲホッ…」
俺は噎せ込みその場に蹲る。
「ふむ…かなりの防御力がある様じゃな」
ジジイはそう呟くと、今度は俺の背中に手を乗せる。
すると俺は紫色の光に包まれ、俺を襲った痛みは引いた。
「何すんだよジジイ!」
俺はジジイに反撃を試みようとするが、直前で思いとどまった。ジジイのバックにいる猫耳ロリが俺に弓矢を向けているのだ。
「…降参です」
俺がそう呟くと、ジジイは「フォッフォ」と笑う。
「お主の弱点は右の肺、お主自身は闇の気を纏っておる」
ジジイはそう告げると、説明を始める。
「弱点を突かれると僅かなダメージが何万倍にも引きあがる、わしの先の突きはただの老人の突き。弱点にはそれ程の効き目があるのじゃ。そして闇の気を纏う者は同じ闇の気に癒される、お主の生命力は闇の技を受ける事で回復するのじゃ」
ジジイはそう告げると、本棚の上に飾ってあった水晶の様なものを此方へ寄越した。
「その水晶は写影水晶、己の姿を確かめる事が出来る」
気にしていなかったがそう言われると気になるもので、俺は写影水晶を覗き込む。
そこには黒の和装に黒いマントを羽織り、腰には刀を携え、右目に黒い眼帯を付けたイケメンが映っていた。
「これが…俺?」
まず確認の為に腰に手を当てる、確かに刀がある。
そして右目、眼帯もある。
「フォッフォッ、お主好みのルックスかのう?」
ジジイの問いかけに俺は頷く。
「シュヴァリエ、此奴に戦闘の基礎を叩き込め」
ジジイの一言で、猫耳ロリ…もとい、シュヴァリエはやっと弓を降ろした。
「戦闘って、やっぱり俺はこの世界で勇者になる為に転生したのか!?」
胸が高鳴り、ジジイに質問する。
「まあ勇者と言えば勇者じゃが…お主1人では無い」
ジジイは髭を触りながら答える。
「というと?」
「この世界は戦国の乱世でのう、わしらが暮らしとるディアモンド王国以外にも複数の国が土地や食料を巡って争っておる、お主には王国の騎士団で働いてもらう」
若干落胆したが、勇者である事に変わりがないのなら俺は迷わず勇者路線を突っ走る。
「でもキミはまだ未熟、だからボクが稽古を付けるよ」
シュヴァリエは再び弓を構える。
「ま、待て!俺は弓の避け方なんて知らない!」
しかしシュヴァリエは躊躇なく矢を放った。
矢は赤いオーラを纏って速度を落とす事も軸がブレる事も無く直進、間も無くして矢は俺の脚に刺さる。
「いってぇ!!!」
膝を押さえて蹲る。
「矢を抜いてご覧」
シュヴァリエはそう言い放つ。
「くっ…」
俺は矢を引き抜く。矢は意外とアッサリ抜けたが、矢が纏っていた赤いオーラが俺の全身を包んでいる。
「紅破爆!」
シュヴァリエが叫ぶと、俺の傷口が文字通り爆発した。
物凄い痛みと熱さだが、意外にも脚が吹き飛んだりなんかはしなかった。
しかし、身体中に火傷を負ったらしくその場に倒れ込む。
「やっぱり中々の防御じゃん、並の相手なら跡形もなく消し飛ばしちゃうボクの紅破爆でその程度の怪我なんて」