今以上に職務に励め
どこか放心した表情で今日の予定を終えたユークリッドは昼食会場を後にしてふっと笑う。
「団長、私は今後は今以上に職務に励みたいと思います」
「やめてくれ。これ以上励んだら俺が過労死するわ」
ユークリッドと共に昼食会の会場から出てきたレイは部下を振り返って即座に突っ込む。
「ですね……」
上司の言葉にユークリッドとも肩を落とす。通算55回目の今以上に職務に励めという言葉を最後にようやく王都会議の開催の挨拶が終わった時には耳鳴りのように今以上に職務に励めという言葉が耳にこびりついて離れなかった。その後、順番通りに王への挨拶を済ませ、昼食会場に移行。ちなみに上司と並んで新任の第5竜騎士団副団長として王に挨拶の口上を述べた時、生まれて初めて王から今以上に職務に励めと有難い言葉を頂いた。なんだろう……自分たちでは限界ギリギリまで仕事してるつもりなのに更に励めと言われると切なくなる。それは置いておき……王宮内の秋の庭で立食形式で行われた昼食会では近寄ってくる貴族達や軍関係者と友好を深めた。表向きに。団長に言われた通りの雑音が自分を襲った。こちらをみて意味ありげに囁かれる言葉。あからさまな嘲り。事前に言われていたとはいえ、かなり気疲れした。
「とにかく疲れました」
「お疲れ」
ユークリッドが疲れを滲ませた表情で深い息を吐くのに苦笑したレイも疲れた表情でその背を叩く。
「ま、とりあえず今日はこの後予定はないから。帰るぞ」
「はい……」
その言葉に疲れが滲む顔をそのままに馬車止めに向かって歩き出す。周囲では久しぶりに会う友人や関係者と友好を深めるための約束が交わされているが足早にすり抜ける。職務に励めと言われたからにはこの王宮での会議中を利用して繋がりを作るのも仕事かもしれないが今日の所は帰りたい。その思いを胸に先を急いでいると先に退出した第2魔術師団の二人が廊下の隅で話しているのに気づく。
「お疲れ様でした」
礼だけはしようと通りすぎる前にそう言って頭を下げようと近づくとこちらの姿に気づいたカイルも上司との話を止めて頭を下げる。
「今日はお疲れ様でした」
「お疲れ」
ユークリッドが足を止めたのに気づいたレイも疲れた表情をしている二人に軽く手を上げる。それにカイルがふわっと笑う。
「それにしても今年は55回目の職務に励めで終わって良かったですね」
カイルの満開の笑みに乗せられた言葉にユークリッドは目を見張る。そのあからさまな言葉に上司が“ああ”と肩を竦める。
「今年は早かったな……去年、最後の方はいかにしてあのヅラを頭から飛ばすかしか考えられなかったしな」
再び紡がれた爆弾発言にユークリッドはぎょっとする。それに何もかもを悟った表情でカイルがウンウンと頷く。
「ですよね……去年誰がやるかで揉めてましたしね」
「結局はもめてる間に終わったからな」
「終わった時には殺意すら沸きましたね」
カイルの満面の笑みに隠された言葉にユークリッドが沈黙してるとこちらにも笑いかけられる。
「コンフリート副団長も初めてで大変だったでしょう?」
その言葉に込められた複数の意味にユークリッドは思わず言葉を濁す。
「あ……いえ」
そんなユークリッドに何を感じたのかアデルが自分の部下に呆れた表情を向ける。
「君はもう少し建前を学びなさい」
「いやですね、団長。俺ほど気遣い上手な部下はいませんよ」
「気遣い上手な部下は自分からそんな事言いませんよ」
「あ、酷い!」
上司からの非難に口をへの字にしたカイルがユークリッドを見る。
「ね、コンフリート副団長もそう思いますよね?」
いつも通りの掛け合いにユークリッドがくすっと笑うのを確認してカイルは切り出す。そしてユークリッドの横に立つレイにも視線を移す。
「あ、ところでアルフォード団長、コンフリート副団長。この後ご予定はいかがです?良かったら一緒に飲みに行きません?」
にこやかに切り出したカイルにユークリッドが口を開くよりも先にレイはずばっと切り返す。
「帰って寝る」
「団長!」
飾りもしない言葉にユークリッドが目を見開く。それにカイルはあははと笑う。
「お疲れですよね~。すいません。でも、できたら仲をもっと深めたくて」
笑いながらも“いかがですか?”と小首を傾げるカイルにユークリッドは言葉に詰まる。自分としては明日の会議に備えて打ち合わせしたい。だが、こんなところで誘いを受けてもいいのかと迷っていると横に居た上司が呆れたように肩を竦める。
「カイル、お前酒が飲みたいだけだろ」
「あ、バレました?でも、団長も帰るって言うし……せっかく来たんですからやっぱり友好は深めて帰りたいじゃないですか。色々と」
顔は笑っているがそこにあるのは怜利な瞳。何に怒ってるかは分からないが彼が怒りを抱いているのだけは伝わってくる。その挑むような瞳にレイはしゃあねぇなと肩を竦める。
「ちょっとだけだぞ」
「ありがとうございます!」
カイルは上司を無視した状態で約束をとりつけると満面の笑みで笑って見せた。
「話は変わりますが第3と第4が明後日の議題についてかなりごねることが予想されます」
ナイルと第2魔術師団の竜騎士を控え室に迎えに行き、王宮を後にした馬車の中で向かい合うなりカイルがずばっと切り出す。その言葉にレイとユークリッドは顔を見合わせる。先に退出した二人がわざわざ帰りもせずに待っていたのは酒の誘いではなく、水面下での駆け引きで不穏な情報を耳にしたからのようだ。眉をひそめたレイは一番の杞憂を口にする。
「ノワールの件か?」
その言葉に渋い顔をしたカイルは頷く。
「はい。就労前の年齢の子供達を魔術師団や竜騎士団で受け入れることに何の利点があるのだと反論するという情報が入っています」
「ノワールに接しているのは第2と第5だけ。第4と第3にしてみれば意味のない取り組みに見えるようですね」
それまで黙っていたアデルも薄く笑いながら吐き捨てる。その言葉にユークリッドは口をつむぐ。馬車内には自分と上司。アデルとカイルしかいない。しかし、迂闊なことは言えない。どう言えばいいのかと悩むユークリッドをよそに嘆息したレイは部下の名を呼ぶ。
「ユーグ」
「はい」
どう答えるべきかを悩んでいると横に座っていた上司から名を呼ばれる。視線を移すと肩を竦められる。
「こいつらは大丈夫だ。うちは第2とは元々仲がいいからな」
「え?」
「同じノワールを持つ者として悩みはつきませんからね」
ユークリッドの警戒した様子にニッとカイルは笑う。それに目を瞬いているとアデルもすまし顔で肩を竦める。
「ですね。毎年、毎年懲りもせず奴隷商が湧きますからね」
上司の言葉に戸惑う自分を前にアデルとカイルはユークリッドに笑いかける。それに同じようにノワール絡みの冬前と春先に起こる定例イベントに毎年頭を悩ませるレイはため息を吐く。
「あいつらは熊かって言いたくなるから」
戸惑うユークリッドの前でレイも肩を竦めて見せる。その様子にユークリッドはようやく自分の置かれた状況を理解し始める。
「え……その……」
「つまりこいつらはうちの味方ってこと」
ユークリッドの戸惑いを肯定するようにレイは苦笑するアデルとカイルを示す。
「味方というかうちが全面的にいつもご迷惑をおかけしているんで今回は全面的にご協力させて下さい」
そのレイの説明にカイルは頭を下げる。それにレイは苦笑する。
「お前が悪いわけじゃないだろ」
「ですが上司の不始末は部下の不始末です」
渋い表情で言い切るカイルにレイはその横に座るアデルに呆れた表情を向ける。
「お前、どんだけ部下に迷惑かけてんの」
「失礼な」
第5竜騎士団団長からの濡れ衣にアデルは心外と言わんばかりの表情を向ける。
「私は誰にも迷惑なんてかけてませんよ」
「嘘つくなよ」
そのアデルの言葉にレイは突っ込むと“で?”と話の続きを促す。
「冗談は置いといて、第3と第4がなんで出てくるんだよ?」
腕を組んでレイは嘆息する。ノワールに面していていつも取り締まっても取り締まっても沸く奴隷商に嫌気がさしているのは第5と第2だけだ。ノワールに面していない団がなぜそこまで反対するのだろうか。どれだけ取り締まってもノワールの家庭が子供を金に代わる便利な道具としてしかみないためか売られる子供も買う奴隷商も尽きない。どれだけ力を入れても毎年奴隷商がやってくるのだ。眉をひそめたレイにカイルは嘆息する。
「厳密に言えば、強く反対しているのは第4魔術師団団長のようです」
「どうやら、非戦闘員を砦にいれることをあまり好ましく思っていないようです」
カイルの言葉を補足するようにアデルも口を開く。それにレイは苦笑する。
「平民の見習いと一緒だろ?」
「うちもそう思うんですが第4はそこにこだわってるみたいです」
「第3はただ単にあなたのことが嫌いなだけでしょうね」
「あの脳筋」
アデルの言葉にレイは第3竜騎士団団長を思い出して吐き捨てる。その言葉にカイルが怒りに身を震わせる。
「なんでわかんないんですかね!子供を買う奴隷商が来なくなればそれの取り締まりに回す人員削減出来るのに」
そんなカイルの横で人員不足に悩むアデルも嘆息する。
「何より、ここのところ割り込みつつある竜騎士と魔術師の人員の青田買いも出来ますしね」
その二人の言葉にレイも腕を組んで深く頷く。
「しかもこちらから行かなくても向こうから飛んできてくれる」
『凄くいい案なんだけどな……』
異口同音で紡がれる言葉にユークリッドは目を見開いた後、頭を下げる。
「ありがとうございます」
自分の預り知らないところだけでも二人の人間が自分のしようとしていることに賛同し、協力しようとしてくれる事実にユークリッドは嬉しくなる。頭を下げるユークリッドにアデルとカイルは笑う。
「うちにも利点があるなら協力するのは当然の事です」
「不幸な子供を守るのも俺たちの仕事ですから」
頭を下げるユークリッドにアデルとカイルは口々に言葉を述べると真剣な面持ちを二人に向ける。
「だからこそ、協力の必要があります」
「だな。うちでいいか?」
「ええ」
レイの言葉に頷き、アデルは微笑む。
「敵は完膚なきまでに叩き潰すに限りますからね」
『……………………』
その涼やかな容姿に似合わない言葉に全員がコメントを控えたのだった。
「とまぁ、相談の目処がついたところで。アルフォード団長」
上司の言葉に車内が凍りついたことに咳払いをしたカイルは咎めるような視線をレイに向ける。
「青い顔してますよ。今年もやったんですか?」
その言葉に全員が少年の顔を見る。自分に視線が集まったことにレイは苦笑しながら口を開く。
「大丈夫だよ。そんなに心配しなくても」
「そういう問題じゃありません。去年もヘロヘロだったじゃないですか」
カイルは少年の言い訳を一刀両断する。
「アルフォード団長は他の竜騎士より魔力値が高いから普通に動けてますけど、普通なら今日1日動けてませんよ」
今朝からずっと青い顔をしている少年が気になっていたカイルは小言を口にする。
「どういうことですか?」
カイルが自分の団長を叱るのにユークリッドは目を瞬く。そのユークリッドの言葉にカイルは苦笑したままの少年から視線を移す。
「竜騎士はタフですが、流石に一睡もせずに3日で辺境から王都に来るなんて自殺行為に近い。アルフォード団長は魔力値が高いので平気そうにしてますが本来なら今日は横になっててもらいたいぐらいですよ」
「そうなんですか?」
「ええ」
竜に魔力を分け与え、あまつさえ魔力を回復させる休息時間を取らないなんてどれだけタフな竜騎士でも参ってしまう。初めて聞いた話にユークリッドが視線を上司に動かすと苦笑している。
「ユークリッド、大丈夫だって」
「ですが……」
「今日は横になって休むから」
そういうとレイはカイルに微笑む。
「気を付けるって」
「本当に気を付けてくださいよ」
その言葉にカイルは渋い顔を崩さすに嘆息した。
いつもお読み頂きましてありがとうございます。誤字脱字がありましたら申し訳ありません。少しでも楽しんで頂ければ幸いです。




