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雑音は聞き流すにかぎります

レイの顔に笑みが浮かぶ。その表情にユークリッドは嘆息する。朝、上司の顔を見た時から何かおかしいとは感じていたがどうやらその直感は正しかったらしい。あえてそこは指摘せず、ユークリッドは先を促す。それだけでさすがに上司が睡眠時間を削ってまで来る筈がない。


「で、本題は?」


「という訳で王宮内に入った途端、雑音が増えるから聞き流せ」


真顔に戻った上司は問い直せば即座にそう返してくる。見つめればどんどんと冷めた表情をしていく。


「いいか?どんな事を言われても何も反応するな。反応したら漬け込まれる」


冷え冷えとした表情をユークリッドに向ける。


「そういった馬鹿なことをいう連中はこちらの弱味を狙ってくるからな」


上司の言葉にユークリッドは嘆息する。


「……つまり侮辱されても嫌味を言われても何も言うな……と」


「ああ。ただ何も言わず、笑顔で聞き流せ。反応したらそれが弱味だと晒してるようなものだ。だから何を言われても漬け込むスキを与えなければこちらの勝ち。隙を与えたらこっちの負けだ」


「肝に命じておきます」


「よろしく」


ユークリッドに伝えるべきことを伝え終えたレイはそこで息を吐く。


「それにしてもいつ気づいた?」


ユークリッドが自身の意図をわかっていた事にレイは嘆息する。その言葉にユークリッドは肩を竦めてみせた。


「朝、来られた段階からです。朝から先触れもなく迎えに来られたのはおかしいなとは思っていました。団長なら昨日のうちにローブを届けさせることぐらいされるかと……」


「その通りだよ」


ユークリッドの自分の意図を察した問いかけにレイは肩を竦める。正直な話……昨夜、遅く王都についた時には限界だった。辺境の第5竜騎士団を出発して仮眠に降りたのは3日間で一回。大歓迎の祖父母に会うなり、抱きしめられた時には何の拷問だと思ったぐらいだ。それでも何とか体を動かして自分の部屋に移動したらベッドの上にユークリッドのために作っておいたローブが箱に入れて置かれていた。それを目にした時、心臓を捕まれた。自分はユークリッドに何も話していなかったと気づいた。その後、悩んだが自分の手でユークリッドにこれを渡すことに決めた。ふっと苦笑した上司にユークリッドは何でもないように話しているが覚悟を決めて話してくれたのだと気づく。


「後は事情を知らない私が不当な目に合わないようにとのお心遣いですね。ありがとうございます」


話してる間、普段とはかけ離れた冷めた表情をするほど、この上司にとってあの話題はあまり他者に知られたくなかったはず。それでもわざわざ昨夜も満足に休めてないだろうに朝から自分に事情を説明するために来てくれた上司に頭が自然と下がる。頭を下げるユークリッドにレイは目を瞬く。


「お前、嫌じゃないの?」


不思議そうな視線を感じて顔を正面に戻すと不思議そうな表情をした上司が自分を見つめている。


「何がでしょう?」


反対に問い返せば上司が初めて言葉に詰まる。予想外の質問だったのか暫くうーんと唸った後、困ったような顔で口を開く。


「いや、お前は何にも悪くないのに俺の事情に巻き込まれて嫌な思いをするかもしれないんだぜ?」


「それは相手の人間性の問題です。自分で変えられない部分を指摘して優越感に浸るような馬鹿の言う事を真に受けてどうするんですか」


「……お前のその割りきった考え方に助けられるわ」


確かにユークリッドが言うように釘を刺す意味合いもあったが自分の事情を知らずに魔の巣窟。他人の足を引っ張るのが好きな連中の居る場所に連れていくのはフェアじゃないなと思ったのだ。だから昨夜届けさせる事も出来たローブをわざわざ自分で持って行き、二人で話せる場所としてこの時間を作った。


「それにしてもお前、そこまで割り切れてなんで左遷なんて憂き目にあったんだよ」


ユークリッドの貴族とは一線違う考え方を知るにつれてレイはユークリッドが左遷されて来た理由が気になる。心底、不思議そうな顔にユークリッドは苦笑する。


「あえて言うなら、割りきりすぎて他人に頼るということをあまりしませんでした」


そう言葉にしてみてユークリッドはここに居た半年前の自分を思い出す。


「他人は変わらないと思い込んでいた自分がいました。だから、一人で悩んでいる時に周りが自分を助けるために差し出してくれていた手に気づく事が出来なかった」


山のように積まれる仕事を淡々と片付ける毎日。あの時はそれでいいと思っていたし、自分は誤字脱字の多い書類を前にその背景を深く考えたことはなかった。ただ義務教育の重要性は痛感したが。でもあの誤字脱字の山が実はこの国の負の結晶なのだと左遷されて初めて知った。


「でも、第5竜騎士団に行かせて頂いてからの私は人に頼るということを覚えました。何より自分が変わらなければ他人を動かすことは難しい。それを私は第5竜騎士団で知りました」


ユークリッドは自分を見つめる上司に微笑む。


「だから私にとってこの左遷は無駄な経験ではありません。むしろ、なんという幸運を頂いたかと感謝してます」


「お前のそのポジティブっぷりにドン引く」


「団長、そこは誉めて頂く所かと」


「うるせぇ」


ユークリッドの冗談半分の言葉にそう返したレイはふっと笑いが込み上げる。


「団長?」


「わりぃ……なんかおかしくて」


いきなり肩を揺らして笑いだしたレイはユークリッドの不思議そうな表情に手をあげる。


「なんかお前と話してたら俺の出自なんてなんら気にする必要はないんだと思い出してさ」


王都にくる度に様々な思惑や視線が突き刺さる。第5竜騎士団の団長レイ・アルフォードではなく、不義の子として冷たい視線を浴びることが地味にキツかった。


「俺は俺だもんな」


なのにそんな人間達の思惑は気にする必要性はないと言い切る自分の副団長は今もきょとんと自分を眺めている。


「俺にとっても左遷されて来たのがお前で良かったよ」


どこか突拍子もないことをしでかし、それでも必要だと信じたことには自分の全力を注ぐ貴族世界では生き抜くことが難しい正直者。


それが第5竜騎士団副団長ユークリッド・コンフリート


「頼むぜ、ユークリッド」


そう言ってユークリッドに手を差し出す。


「はい。よろしくお願いします」


差し出された手を握り返し、ユークリッドは微笑んだ。


それから馬車に揺られる事……数分。


「団長、着きました」


馬に乗って馬車と並走していたナイルがコンコンと到着の合図に扉を叩く。


「行くぞ」


「はい」


向かい合って互いに頷くとレイが先に扉を出る。


“よし”


それに続いて扉をくぐったユークリッドは第5竜騎士団副団長としては初めて見る王宮に続く階段に背を正す。


「ユーグ」


微かに名を呼ばれて半歩前に立つ上司を見ればニッと笑ってこちらを振り返る。


「行くぞ」


「はい」


その背に背負った赤き竜を翻し、レイとユークリッドは戦場に向けて足を踏み出した。

いつもお読み頂きましてありがとうございます。

誤字脱字がありましたら申し訳ありません。

少しでも楽しんで頂ければ幸いです。

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