絶賛、寝不足中です
ユークリッドは目を開けて、一瞬どこにいるのかと考える。視界に入る天井は煤けておらず、体を包むのは柔らかいベッド。視線を動かせば長年使い込まれた品のいい家具。
「昨日、帰って来てたんでしたね」
ベッドの上に体を起こして嘆息する。ここ数ヶ月で見慣れた景色ではないがやはりこの部屋も自分が育った部屋で間違いない。家具や部屋を見れば色んな思い出が甦る。それは家を離れた今だからこそ、強く感じるものだ。そう感じる自分にふっと笑い、身支度を整えるためにベッドを下りた。貴族の子息なら身の回りの世話をする人間がつくが、人に世話を焼かれるのが苦手なので着替えや基本的な事は自分でするようにしている。それでも顔を洗うための水などは使用人に用意してもらっているので平民に比べれば自分の生活がいかに恵まれているか分かる。
“コンコン”
顔を洗い、服を着替えた段階で部屋がノックされる。
「どうぞ」
「失礼します」
入室を許可すると身支度を整えたナイルが姿を現す。
「おはようございます。よく眠れましたか?」
「お気遣いありがとうございます。久しぶりの柔らかいベッドに溺れそうでしたがなんとか」
ユークリッドの質問にナイルは苦笑混じりにそう答える。その様子にユークリッドは口元を緩める。
「あなたも?私もです。久しぶりに柔らかいベッドで寝たので体が変に緊張しました」
「団の硬いベッドに慣れた身としては柔らかいベッドが凶器ですね」
ユークリッドの言葉にナイルは肩を竦めてみせる。その様子にナイルの疲れが少しでも癒されたのを感じとり安心する。5日間、ほぼ飛びっぱなしの旅は乗っているだけの自分でもげっそりした。常に竜を召還していたナイルはもっと疲れた筈だ。ナイルと言葉を交わしながらもユークリッドは髪を魔石が装飾された品で纏める。今日は王城に行くのだから身嗜みは整え過ぎても問題はない。
「ではそろそろ朝食ですから行きましょう」
身支度を整えたユークリッドはナイルを食事に誘う。
「本当に私まで同席してよろしいのですか?」
複雑そうな表情でナイルはそう申し出る。その言葉に昨日の夜から夕食も部屋も家に用意したユークリッドは穏やかに頷く。
「はい。護衛騎士とはなっていますが、王都にいる間はここに是非滞在して下さい。ああ、ですが旧友と飲みに行く予定があれば遠慮なく行って下さい。遅くなるときは連絡頂ければ助かります」
「ですが……」
「近くにいて欲しいという私の我が儘です」
「……お言葉に甘えさせて頂きます」
ユークリッドの好意にナイルは頭を下げる。上司を送り届けた後、王都にいる友人の家に転がりこもうとしていたナイルをユークリッドが引き留めて、部屋を用意してくれたのだ。ナイルを伴って部屋を出ながらユークリッドはそう言えばと口を開く。
「団長から連絡は?」
「2日前の定時連絡では隊長から予定より半日遅れで出立したと聞いてます。なので昨夜遅くにはついてらっしゃるかと思います」
昨夜には着いた筈の上司からまだ連絡のない事が心配だったユークリッドはナイルの言葉に嘆息する。
「間に合って下さればいいんですが」
「大丈夫ですよ。何事もない限りは」
「そうだといいんですが……」
ユークリッドの渋い表情にナイルは笑ってみせる。その後も二人でたわいない会話を交わしながらも食堂にたどり着く。
「おはようございます。父上、母上」
ナイルを伴って食堂の扉をくぐったユークリッドはそこに両親の姿を認めて口を開いた。その声に先に食事を始めていた母親と父親がこちらを向くのが分かる。40台半ばほどの銀髪に碧眼と同じ色彩を持つコンフリート家の家長ユリアス・コンフリート伯爵。その横に座る40台半ばの少し落ち着いた茶に近い金髪に碧眼の女性が伯爵婦人のクラベジーナ・コンフリートである。どちらもが息子の姿に目元を緩める。
「リド」
「あら、おはよう。リド。よく眠れた?」
目元を細める二人にユークリッドは前世も感じた感慨を抱く。
“老けたな……”
その瞬間、前世でもふとした瞬間に両親の老いを感じてもの悲しくなったのを思い出す。この世界でも親とはいつまでも元気で居てくれる訳ではない。元気なうちに安心させてやりたいと前世を知るからこそ強く思う。左遷された時も変わらぬ態度だったが内心ではこうして姿を見せるまで心配していたことだろう。自分にも経験ある感覚だ。
「ご心配おかけしました。ゆっくり休むことができました」
だからこそ元気だというのを笑顔で伝える。その息子の姿に母親が優しく頷く。
「それならよかったわ。さ、忙しいのでしょう?早く朝ご飯を食べて準備しなさい」
「はい」
前世は母親にこういった言葉をかけられ度に気恥ずかしく思ったが今世ではそこに親の愛情を感じとる。久しぶりに会う母の言葉に従ってユークリッドはいつもの定位置にある椅子を控えていた執事に引かれて座る。目礼したナイルも同じようにユークリッドに続いて座る。
「第5竜騎士団はどうだ?」
席に座って朝食のサーブを受けながらユークリッドは父親の言葉に視線を動かす。こちらを伺う瞳には心配気な色がある。言葉には出さずとも左遷された自分をずっと心配していたのだろう。昨夜は疲れもあって夕飯を部屋で取ったため、帰って来たというのにあまり話も出来なかった。
「なんとか元気でやっています」
「そうか……」
苦笑混じりに答えると父親がほっと肩を撫で下ろしたのが分かる。
「そう言えば兄上は?」
朝食の席に兄の姿が見えない事に気づいたユークリッドは父親に視線を送る。それに朝食を再開したユリアスは嘆息する。
「ああ。あいつならもう出たぞ」
「もう?」
兄と父親も同じように魔術師団に務めている事を知るユークリッドは兄が出たと聞かされて驚く。それにユリアスは苦笑する。
「年一回の王都会議だからな。警備責任者を任されて、ここ数日バタバタ走り回っている」
「それは大変ですね」
自身も副団長として部下を任されるようになったユークリッドにはその大変さがよく分かる。実際、出立前の豊年祭の警備態勢を整えるのですら忙しなかったものだ。その後も不在の間を埋めるように互いの近況を話しながら朝食を進めていると使用人が執事に駆け寄り何かを耳打ちしてるのが分かる。それを何気なく目で追ったユークリッドは壁際に控えていた執事が自分に近づいてくるのに注意を払う。
「ユークリッド様。レイ・アルフォード様という方がお見えです」
近づいて来た執事が耳元で囁く。
「すぐ行きます。客間にお通しして下さい」
「かしこまりました」
耳打ちされた言葉にユークリッドはそう指示を出す。ユークリッドの指示に執事が部屋を出て行く。それを見送りながら食事を止め、口元をナプキンで拭いながら両親に微笑む。
「第5竜騎士でお世話になっている上司が到着されたようなのでご挨拶に行ってきます」
「ああ」
「また夜にでも話を聞かせて頂戴」
「はい」
両親からかけられる声に軽く頷くとユークリッドは席を立つ。
「失礼いたします」
ナイルもユークリッドに続いて席を立つ。食堂を出て玄関を横切り、客間に向かおうとしたユークリッドはそこに人影を認めて足を止める。
「お待ちしておりました。団長」
「ユークリッド」
そこに執事に客間へと案内されるのをやんわりと断っていたレイがこちらの姿を認めて微笑む。その目のしたを彩る隈が上司の寝不足具合を違うことなく伝えてくる。
「おはようございます。団長」
ユークリッドの傍らからナイルも敬礼する。その言葉にレイは二人が無事に着いていたことに嘆息する。
「無事に着いて良かった。ありがとうな、ナイル」
「いえ」
上司の労いにナイルは頭を下げる。それに頷きながらユークリッドにレイは視線を向ける。
「悪かったな。食事中に」
「いえ、もう後は食後のお茶だけでしたから大丈夫です。ですが団長の方こそ大丈夫ですか?」
「大丈夫って言いたいけど、めっちゃ眠い」
ユークリッドの言葉にレイはふわりと欠伸をする。その姿にユークリッドはクスリと笑う。
「お疲れ様でした。何時ごろ昨夜は着かれたんですか?」
「ん?11鐘ぐらいにこっちについた」
欠伸を噛み殺しながらレイは肩を竦める。
「そしたらじいちゃんと俺を待ってたばあちゃんがフィーバーして朝方近くまで離してくれなくてさ」
「久しぶりに顔をみれてご安心したんですね」
「こっちはほぼ不眠不休で来てんだから休ませてって気持ちでいっぱいだったわ。でも流石にもたないって言って仮眠した。で、ばあちゃんが起きる前に出てきた」
そう言って苦笑するレイに笑いながらユークリッドは口を開く。
「そうですか。立ち話もなんですから客間にでも」
そんなに時間はないがお茶を出す時間ぐらいはあるだろうとユークリッドが部屋に促すとレイは首を振る。
「いや、いい。渡したいものがあって来ただけだから」
「渡したいもの?」
「ああ」
目を瞬くユークリッドに笑いながらレイは頷くと自身の横に控えて立つ初老の男を振り返る。
「あれを」
「はい」
レイの背後に立っていた男はその指示にユークリッドの前に出ると箱を開ける。
「どうぞ」
「失礼します」
箱を開けて見せられたのはローブ。
「ローブ?」
「ああ。遅くなって悪かったな」
頭に?マークをつけるユークリッドを前にレイはニヤリと笑う。
「お前の式典ローブだ。受けとれよ」
その言葉にユークリッドは目を見開いた。
いつもお読み頂きましてありがとうございます。誤字・脱字がありましたら申し訳ありません。
少しでも楽しんで頂ければ幸いです。
さて、ようやく若き団長の謎が少しずつ明かされます。お付き合い頂ければ幸いです。




