ここは第2の我が家です
「お前は何にする?」
ユークリッドを振り返り、レイはそう問いかける。その質問に仕事終わりに食事をとるべく、上司とともに食堂に来たユークリッドはその言葉に唸る。いつもめんどくさくて第1食堂か魔術の塔に近い第3食堂を使うため、何がいいのか分からなかったのだ。そのため、意を決して上司に口を開く。
「すいません、団長と同じのでお願いします」
「俺と?了解。マール、クリーム煮2つ!片方大盛で」
「はいよ」
カウンターの中に声をかける団長の後について歩きながらユークリッドは嘆息する。昼からは別々に仕事をするので食事を一緒にとったことはなかったのだ。今さらなのだが、第5竜騎士団には5つの食堂が敷地内に点在している。かなり広いのと人数が多いので食堂を分けないと食事時に食いっぱぐれる奴が出るらしい。連れだった上司に今日は“どこの食堂にする?“
そう聞かれるまで食堂が多数ある理由も点在する理由も知らなかった。自分がいかに無知だったのかに遠い目をしている間にも目の前の上司は皿を受け取り、自分のお盆にも乗せてくれる。
「ほら、行くぞ」
「はい」
その言葉に従って次は小鉢を選びに行く。アルフレットの助言に従い、帰って来た上司を捕まえて食事に誘えばあっさりと了承された。そして第2食堂にいる。
これも騎士団の福利厚生の一環らしく、かなりのボリュームの食事が現代で言うワンコインで食べられる。ユークリッド自身も着任するまで、知らなかったが食堂の料理は 画一的に大鍋料理だと思っていたが画一的ではなく多彩なラインナップがあり選べる。基本の食事にプラスで酒を追加するのには別料金だかかなり懐に優しい。更に新兵は最初の1ヶ月は無料らしい。平民出身の人間に配慮された決まりだそうだ。そんな事をようやく知った自分を恥ずかしく思いながら上司の後をついていったユークリッドは上司が選ぶ小鉢の中身に苦笑する。見事に野菜が一つもない。
「団長、さしでがましいですが野菜は?」
「野菜は苦いから嫌いなんだよ」
自分の問いかけに嫌そうに顔を歪めたレイはユークリッドの問いかけにサッと自身のお盆を体の影に隠す。その行動がいかにも子供じみていてユークリッドの笑いを誘う。
「そうですね。でも、野菜はは体にいいんですよ。一つ驕らせて頂きますから食べて下さい」
上司の選んだ小鉢が全て肉系統なのに笑いながらもユークリッドは自身の規定数の小鉢に対して一つ多く選ぶ。
「うげぇ。お前は野菜ばっかりじゃん」
反対にユークリッドの皿の中身を覗きこんだレイは選べる小鉢の3つのうち、2つが野菜という事実に顔を歪める。その反応にユークリッドは残してきた子供達を思い出す。子供は総じて野菜が嫌いなものだ。ちなみに中世ぐらいの時代に近いこの世界では生野菜はあまり好まれない。小鉢の中身もくたくたになるまで茹でられた青菜だ。そのため生魚もない。
「野菜は体にいいんですよ」
そう繰り返し、二人で会計に向かって済ませると空いている席に向かいあって座る。
「神に感謝を」
素早くいただきますに変わる食事の挨拶をした上司が木の匙でクリーム煮を頬ばる。それに微笑しながらもユークリッドも匙でクリーム煮を口に運んで瞠目する。
「……うまい」
思わず、口からそう漏らすと向かいに座った相手がにんまりと笑う。
「だろ?」
その笑みにユークリッドは頷きながらも次の一口を運ぶ。どこか優しくて家庭の味を思わせるクリームシチューに近い味はこの世界に来てから初めてだった。貴族の家に生まれたから母親の手料理を食べた事はない。別にだからといって愛情がなかった訳ではないと思っているが、この味は望郷の念を掻き立てる。ユークリッドが一心不乱にクリーム煮を食べる姿に驚いた後、レイは自身も味わうように食べながら口を開く。
「ユークリッド、知ってるか?ここにいる大半の人間が帰る場所がないんだよな」
その言葉にユークリッドは顔を上げる。自身の反応に嘆息したレイは続ける。魔力がある事が前提の魔術士とは違い。竜騎士になるには特に何の規則はない。ただ、自分のうちに飼う“竜”と契約出来るかだけだ。
「親から農地や財産を受け取れるのは嫡男だけだろ?女なら結婚って道があるけどさ……次男坊や三男なんてさこの国を出て傭兵やるか騎士団に入るかぐらいしか生きてく道はないしな」
だから帰りたい場所は生きるために帰れない場所なのだ。
「なぁ、ユークリッド。お前はこの味で何を思い出した?」
その問いかけに一心に自分が食べていたクリーム煮に視線を落とす。
「遠い昔を思い出してました……」
自分が思い出したのは前世の妻が作ったクリームシチュー。なんの工夫もなかったがやはり家の味というのが確かにあった。素直にそう告げると口の中のものを飲み込んだ上司が二ッと笑う。
「お前が何を思い出したかは分かんないけど……これは砦に近い街で母親が作る家庭料理なんだ。みんなこれを食って思い出してる」
上司が周りを見ながら説明する言葉にユークリッドも周囲を見回して納得する。全員とは言わないが多くの人間がクリーム煮を食べている。再び自分に視線を移したユークリッドを見つめ、レイは笑いかける。
「ここに来るやつに故郷に帰る場所を持つ奴は少ない。だから俺はここが誰かにとっての第2の我が家になればいいと思ってる……お前が保護して来た子供達が胸を張って成長した時に自分の帰る場所はここだと。そう言える場所を作りたい」
自分を見つめて目を見開くユークリッドを前にレイは微笑む。
「ユークリッド、お前は?俺はいつかここがお前にとっての第2の我が家になればいいなと思ってる」
恥ずかしげに告げられた言葉にユークリッドの脳裏にアルフレットの言葉を思い出す。
“レイと飯に行ったら分かるぞ”
その言葉は正しかった。
「……はい」
万感の思いを込めてユークリッドは年下の上司に泣き笑いの表情で頷いた。
後日……
「よし」
砦内の一角に出来上がったばかりの求人広告を持って貼りに回っていたユークリッドはその出来に会心の笑みを浮かべる。そこにはこの数日間悩みに悩んだ言葉がつけ足されている。それに微笑むとユークリッドは違う場所にも貼るために身を翻す。その後、暫くしてその場を通ったアルフレットはそこに貼られた求人広告に気づいて苦笑する。文言はほぼ前と何ら変わらないがそこに通勤時間の記載は一切ない。あるのは……
ーここにはあなたの第2の我が家がありますー
寮完備と書かれているのにも関わらずつけ加えられた一言は笑いを誘った。
後にノワールの奇跡の立役者としてその名を轟かせることになるアルフレット・ノワールはその当時の事について聞かれる度にこう繰り返したと言われている。
「俺は何も見ていない」
それが何をさしての言葉なのかは謎だと言われている。
いつもお読み頂きましてありがとうございます。誤字・脱字がありましたら申し訳ありません。
さて、ようやくユークリッドも周りが見れる余裕が出てきたかなと思います。さて、癖の強い上司二人に振り回されるアルフレット。彼は絶対にユークリッドのあの登場シーンを誰にも言えなかったことでしょう。
少しでも楽しんで頂ければ幸いです。これにて二章は終わりです。次は3章に入ります。お付き合い頂ければ幸いです




