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とりあえず、異世界の労働問題を解決しようと思います  作者: 高月怜
とりあえず、異世界の労働問題を解決しようと思います
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………もうそろそろ限界です

質素だがそれなりの家具が揃う室内。部屋には所狭しと散乱する書類で足の踏み場もない部屋の中にその人影はあった。 

ー第5竜騎士団団長レイ・アルフォードー


黒髪・黒目の17歳の若き少年の首もとで括られた髪がピョコンと揺れる。


「………ん……………」


机に突っ伏していた少年が顔を上げる。生あくびを何度も噛み殺しながら目を開けた少年の顔色はほぼ真っ青に近い。何日かに一回は仮眠をとっているがそれでも睡眠不足は解消出来ず新たな疲労が目の下に刻まれた隈に追加される。そんな酷い顔色をしたレイはぼんやりとした瞳で何度か瞬きをした。自分が落ちていたことに気づいて呻く。


「………やべぇ………寝ちまった………」


自分のした失態に顔を覆ったレイは書きかけの書類が机にそっくり残っている事実に現実逃避する。昨夜、騎士団の方の打ち合わせをして山積みになっている仕事を少しでも片付けようと執務室に戻って来たのはいいがどうやら途中で落ちたらしい。体の下敷きにしていた書類は装備品の購入申請書だ。見習いを多く入隊させたため、今の備品の数だけでは足りないらしい。ちなみに全員が同じものを揃えようと思うと半年はかかる。ちなみに今の申請書は冬の遠征用の防寒具だ。魔術師団の面々もやれ練習用の的が足りないなどの不満が持ち上がっている。ロディアを侮る人間の多いこと………いくら実績と実力があっても貴族のボンボンが多い魔術師団は自分が睨みを利かさないと不埒を働こうとするやつが多い。


「あ………仕事が終わんない………」


いくら実績と実力はあっても日々、必要な書類は上がってくれば処理は追い付かない。つい半月前に団を後にした副団長はすっかり気落ちして、好好爺の風情で去っていくし………。

副団長がいれば“お前に任せる”という伝家の宝刀が使えるが副団長がいない今………残念なことに任せることの出来る相手がいない。


「あー、これは昨日処理して………今日は朝から再度予算の練り直ししようと思っていたのに………」


落ちていた時間は僅かに二時間ほど。今はそれが惜しいほどに色々な〆切に終われている。


「それが終わったら、王都から帰ってきた予算でうちの組み直ししないといけないのに………」


あーと一通り呻いたレイはげっそりとした表情で吐き捨てる。


「もう………誰かいっそ一思いに殺して………」


日々積み上がる書類も一月後に控えた演習の行軍日程も全てがもうお腹一杯だ。白み始めた空を背後に肩を落としたレイは書きかけの書類を一睨みした後。


「………………………やるか………」


現実逃避をした所で出来るのは自分しかいないのだ。机に放置されたペン先をインク壺に突っ込んでインクを含ませると紙に向き直る。


「………絶対………絶対に……副団長が着任したら寝てやる………」


仮眠でこの二ヶ月を乗りきり続けるレイの願いはただひとつ。


ー安からに眠りたいー


色んな人間から突っ込まれても、その願いだけがレイを支えていた。




ーその四時間後ー


色々と限界に近い新たな上司が虚ろな顔で書類を仕上げているそんな頃………。


“………と………遠い………”


ゼハゼハと情けないことに息を切らしたユークリッドは手近な木に手をついて息を整えていた。まだ朝早いせいか砦からこちらにやって来るものもいなければ自分の後ろからやって来る者もいない。肩に食い込む鞄の重さが憎らしい。


「もう二時間ぐらいは………歩いてますよね……?」


腰につけた革袋に入れた水で喉を潤し、暑さに負けてフードを取り払ったユークリッドは歩いてきた道のりを振り返り、確かめる。予想通り、出てきた筈の城壁は遥か彼方にある。


「………………片道何時間かかるんですかね………」


王都に居た時も健康維持のため屋敷から毎日仕事場に歩いて向かっていた。30分ぐらいと適度な運動だったが今はそれなりの傾斜のある坂道を延々と二時間休みもせず歩いていた。それによる息切れだと思いたいが特にこの三週間も歩きはせず、馬車に揺られるだけの生活で足が弱っているだけかもしれない。


「これではダメですね」


ユークリッドは思い至った事実に空を仰ぐ。自分の人生における最大の目標は『健康寿命』を謳歌する事。


「適度な運動が健康を増進するんです」


北の地方とはいえ、初夏を迎えつつあるこの季節………街からの徒歩は鍛えた騎士でも嫌がるほどの重労働をしているとは思わないユークリッドは一休みすると“よし”と気合をいれる。


「鈍った分も早く取り戻さなくては………」


ウネウネと続く山道を見据えたユークリッドは覚悟を新に自分の視界に聳え立つ新しい職場に向かって歩を進めた。



ーそして………ー


「着いた………………」


影が自分の真下に出来る中、ユークリッドは人で溢れかえる出入り口の少し手前で歩を止める。初夏の日差しの中、聳え立つ新たな職場を前に感慨深げに嘆息する。もう自分の何倍とかいい表せない砦は圧巻の一言につきる。前世で見た西洋チックな城よりももっと武骨な“戦い”を意識させられる様相だ。


ーこれが新しい職場ー


昨日見た兵士と同じぐらいの青少年たちが先輩とおぼしき厳つい体格の兵士に監督されながら旅人の身分証明書を確認している姿を微笑ましく思いながらユークリッドは自身の身分証明書。そして恋文かと思うぐらい感謝の言葉が書き連ねられた手紙を取り出す。


ー拝啓、コンフリート殿ー


移動中の間に何度も見返した手紙はボロボロになりつつある。正直、こんな無茶な異動が決まった時は色んな悔しい思いが胸を過った。投げやりな気持ちで異動内示を受けたのも一種の意趣返しに近かった。


“俺がいなくなって困ればいい………”


生まれ変わった世界でもなんら人間のやることに変わりはなく、世界の理不尽さに悔しくなった。


でも………


ー貴殿の訪れを団一同歓迎するー


手紙にかかれたその言葉を鵜呑みにするほど自分は馬鹿ではない。だが………それでもと思ってしまうのが人間だ。


“ここが俺の新しい戦場”


自分一人で何が変わる訳でもないかもしれない。だが、諦めなければそこに必ず活路は見いだされる。それは前世で培った信念。意を決して腹に力を入れたユークリッドは最初の印象が大事だと穏やかに微笑みながら入り口に近づく。


「お忙しい所に失礼します。こちらで副団長としてお世話になることになりましたユークリッド・コンフリートと申します」


ポンポンと身分証明書に判子を押していた若き事務職員とおぼしき男性はその言葉が耳に届くなり、弾かれたように顔を上げる。


「あの………?」


自分の顔を凝視してわなわなと震えだした若き事務職員にユークリッドは思っていたのと違う反応に軽く首を傾げる。

だが………次の瞬間………事務職員は弾ける。


「お待ちしておりました!!」


さきほどのつまらなさそうな反応とはうって変わって小さな窓口から身を出さん勢いで乗り出してくる。


「第5竜騎士団一同。副団長の着任をお待ちしてました!!」


「…………………………………ありがとうございます………」

 

頬に涙を流しながら自分の訪れを歓迎する事務職員にユークリッドは頬をひきつらせた。

いつもお読み頂きましてありがとうございます。誤字脱字がありましたら申し訳ありません。


前作よりもユークリッドが意外にウジウジとしている姿に驚愕です。

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