着任までが命がけすぎるんですが………
ー拝啓、現代のスーパーマーケット勤務の皆さんー
至る所で悲鳴と怒声を聞きながらユークリッドは腕を前に伸ばす。自分の背後にいるのは青ざめた顔をして馬車から顔を覗かせる非戦闘員達。自分の前で乗り合い馬車の護衛として雇われているギルドの腕利きが一人と偶然乗り合わせた冒険者達が野盗の群れと戦っているのを視界に入れながら体内を循環する魔力を練り上げる。
『天に座す雷の神よ』
体内を循環する魔力を存分に高めたユークリッドは視界に入る野盗の群れに目を細めながら最後の言葉を紡ぐ。
『我に力をかし、我の行く手を阻む敵を殲滅せよ!サンダーアルト!』
魔術の発動と同時に手を降り下ろして辻馬車を襲ってきた野党の群れの中に何の躊躇いもなく雷属性の中級魔法を叩き込む。
『ぎゃー!』
爆音と同時に上がる怒声と悲鳴を確かめてユークリッドはほっと一息をつく。それでも苦し紛れに反撃してくる野盗がいるとも限らないので馬車と自分の周囲に張り巡らせた結界を解くことはしない。散り散りになった野盗達が我先にと逃げ出すのを眺めながらユークリッドは漂ってきた臭いに顔をしかめた。人間の焼ける臭いに馴れることはない。
「ふぅ………………」
軽く息を止めて臭いを逃すと散り散りになって逃げ出す野盗を追い払う面々を前にユークリッドは遠い目をする。
ー異世界の人事いどうは違った意味で大変ですー
前世日本人の記憶がある自分が思わず、そう独白してしまうぐらいには異世界の異動は現代とは違った意味で命がけなのだ。着任地を目指して王都を出立し、早2週間………。野盗に襲われるのは今日が初めてだが、野獣と魔獣にはもう四回ほどご挨拶済みだ。こういった危険がつきものの移動に多くの旅人が乗り合い馬車を利用して自身の身の安全を確保しているのだ。そんな中、目の前で息絶えた野盗の死体を冒険者達が森の中に投げ込んでいく。自分達を襲った野盗のために墓を作るなんて常識はこの世にはない。逃げ出した野盗が戻ってくるまでに死体を処理して移動するのがセオリー。
「………………………………………」
現代日本にいた時とは比べ物にならないほど逞しい常識にユークリッドは軽く肩を竦める。前世でも人事異動発令から引き継ぎを含めて着任までが7日という短さと移動距離が百キロ越えの他府県への異動に必要なのは寝袋という悲しい事実は心身共にハード過ぎると思っていたが異世界の異動にあるのは………。
ー純粋な身の危険ー
現代日本との激しい解離にユークリッドは遠い目をする。どれだけ着任までが短くても遠くても文明の利器のある現代日本では野獣に夜毎襲撃されることも野盗と戦闘するなんて皆無だ。
「ユークリッドさん、終わりました!今のうちに移動しましょう!」
返り血で体を半分赤く染めた冒険者の一人が声をかけるのにユークリッドは頷く。
「ありがとうございます。分かりました」
逃げ出した野盗が仲間を連れて戻ってくる前にここを離れなくてはならない。バタバタと動き出す面々を前にユークリッドは遠い目を虚空に向けて再度ため息を吐く。
ー現代日本のスーパー店員の皆さんー
異世界の異動にはもれなく野獣と野盗がセットでつきます
まだまだ着任地まで日数がかかるユークリッドは動き出す面々の横で深いため息を吐くのだった。
ーその頃………ー
第5竜騎士団では別の戦いが繰り広げられていた。
「もぅ~嫌です!団長、いっそ一思いに殺して下さい!」
山と積まれた資料を前に緑色の髪と薄い水色の瞳を持った青年ー第5竜騎士団会計担当 マール・ブランチーは血走った目を上司に向ける。愚痴が止めどなく口から漏れだしても数字を計算する手は止まらない。
「分かった!でも今、お前に死なれたら困るからちょっと待て!」
こちらも必死の形相で建物の予算範囲内での修理場所を決めていた第5竜騎士団団長レイ・アルフォードも血走った目でそれに返す。そんな中、一人コツコツと魔術師団の予算書を眺めていた赤紫の髪と灰色の瞳を持つ現魔術師団副団長ロディア・オリオンは“ふふふ”と突然笑いだす。
「………団長………もういっその事………王都を殲滅しましょう………。そうすれば予算書の期日はぐんと延びますわ!」
徹夜回数3日目のロディアの意見にレイは即座に首を振る。
「ダメだ!予算書の期日も延びるだろうが、王都の復興で予算を持っていかれるだろうが!!」
「それもそうですわ!」
「………それ以前に人道的観点から駄目に決まってるだろうが!」
やいのやいのど叫びながらも、確実に予算書を仕上げていく面々に背後から一番隊隊長アルフレット・ノワールは冷静に突っ込む。その突っ込みに三者から余裕のない殺気だった視線が一気に向く。
「お前に何が分かるんだよ!俺たちの!」
普段なら目上の相手であるアルフレットに敬語を使う筈のマールがうわわ~と泣き出して机に突っ伏す。
「人道的?なら私の睡眠がもう三日もとれてない事実はどうすればいいんですの!」
普段なら、淑女な態度を崩さないロディアは顔を両手で覆って泣き出す。そんな二人の錯乱を前に徹夜四日目に入りつつあるレイはアルフレットにじと目を向ける。
「お前が計算覚えてくれたらいいのに………」
「付け焼き刃で覚えたって戦力にならないだろ………ってか………ほら夜食。3人ともまだ夕食も食ってないだろ?」
じと目を向ける上司を軽くいなすと休憩所と称して書類が退けられた応接セットの方に抱えて来たバスケットを下ろす。それにマールとロディアは息を吹き返す。
「お腹が空いてましたの!」
「アルフレット様は救世主です!」
先程まで死ねばいいとアルフレットを罵っていた筈の二人はころりと態度を変えてふらふらと応接セットに歩み寄ると夜食を頬張り出す。そんな二人を横目に予算書から目を離さないレイにアルフレットは具を挟んだパンを二つとスープの入った木のカップを目の前に置く。
「ほら、お前も」
「動いてないから腹減らない………」
「せめてスープだけは飲め。昨日もそう言ってあんまり食ってないだろ」
「………………………………………」
アルフレットの指摘にチラッと顔を上げたレイはその顔に浮かぶ表情に肩を竦めてからスープカップに手を伸ばす。
「うまい………」
「パンは食えたらでいいからそれだけは飲め」
スープを口にしたレイの頬が緩む。目の下に隈を携えて、酷い顔色を晒す上司の前の席に腰を下ろしたアルフは3人の様子を確認してため息を吐く。昨年もそれなりにばたついてはいたが今年ほどは酷くない。レイが騎士団と砦の大まかな予算を組み、副団長だったクライシスが魔術師団を組んで回していたのだ。だが今年は人員不足を補うために昨年からの計画通りに騎士団と魔術師団から新兵を多くいれたため、他の事務員や隊長格の仕事が大幅に増えた。そのため必要になる予算も膨れ上がったというのが今年の大きな違い。
「レイ、あの二人………そろそろ限界じゃないか?」
「あ………分かってる。予算も目処がついたしな……ひとまず…明日の提出が終われば一息つける筈だしな」
囁くように告げられた言葉に夜食を食べる二人をチラッとみやったレイはため息を吐く。ロディアにしても魔術師団のトップとして慣れない業務に疲れているだろう。会計担当責任者にいたっては明らかなオーバーワークだ。
「これだけ終わったら後は新騎士団員の振り分けと新魔術師団員の振り分け俺がやるから大丈夫だよ。………なんとかなるさ………」
心配げなアルフレットの視線を横に“んっ”と軽く伸びをしたレイはこきこきと首を鳴らすとため息を吐いて再び書類に向き直る。出来れば次の副団長は事務系だと嬉しい。
「さてと、次の副団長に期待して頑張るわ~」
ー貧乏騎士団も今年と来年の幸せを勝ち取るため………今年も予算と戦っていたー
一度書いたものを誤って消してしまいました。久しぶりに超ショックでした。
いつもお読み頂きましてありがとうございます。次はようやくユークリッドが騎士団にたどり着けるのか………。ポチポチ頑張りたいと思います。