欲しいのは若くてピチピチの計算が出来る男です
ーエルバート公国ー
祖は傭兵だった男が行き場のない人々を集めて作った国。底無しの魔力と武力を用いてを国を作り、守ったこの国最初の王。山あいの厳しい環境を生まれもった魔力と知力で発展させ、他国の侵略から国を守った気高き王。そのため………人は彼の事をこう讃える。
ー傭兵王 エルバートー
………と。
エルバート王が亡くなって、早数十年。そんな自分の名を冠したエルバート公国の辺境も辺境で呻き声が上がっている事をいま亡きエルバート王も知らないだろ。
「………………………………………」
自分の部屋の端から端までをこれでもかと埋め尽くす書類を前にーレイ・アルフォードーはひくりと唇の端をひきつらせる。黒髪黒目に中肉中背。17歳というにはちょっと小柄な身長が気になるお年頃な彼はエルバート公国第5竜騎士団の団長である。色んな人種の集まるこの国においては珍しい黒髪黒目。副団長痛風事件からまだ数時間。あれから痛風にやはり持病のぎっくり腰まで併発した魔術師であり、この団の副団長ークライシス・ダイラムーは現在自分の部屋のベットから動けやしない。
「………まじか………………」
副団長が倒れてからひとまず自分が采配すべき自分の仕事がどれたけあるのかを把握するために、各部署に自分のサインが必要になるものを提出させたがこの量はいただけない。………確かに百歩譲って事実上最高責任者が一人になってしまったこの団の決済書類が一ヶ所に集まってくるのは仕方ない。なんせ元々、騎士団の書類だけでもかなりの量があるにも関わらず、魔術師団の書類まで上から被されば死にたくなるぐらいの量が目の前に積み上げられるのは自明の理だが………。
「じいちゃん………恨むわ………」
しみじみと天井を見上げてため息を吐く。自分の現副官に対して恨み言は漏れるがさすがに恩のある爺の病人に鞭打つ行為は出来ないので諦め半分だ。自分の机に向かって空けられた僅かなスペースを移動してどかりと椅子に腰を下ろすと後をついて来た一番隊隊長を見上げて肩を竦める。
「ま、愚痴った所で仕方ない。やるしかないよなって訳でよろしく」
「………この状況でそう言えるお前の肝っ玉がすごいわ」
部屋の隅々を埋め尽くす書類を前に唖然としていた一番隊隊長ーアルフレット・ノワールーは17歳という若さの団長を前に肩を落とす。その様子にレイは肩を竦めて笑い飛ばす。
「何言ってんの。この団は2年前から逆境っていう逆境の嵐じゃん。むしろ逆境に燃えようぜ。きっと今回もなんとかなるさ」
ー2年前ー
その響きにアルフレットも確かにと嘆息する。2年前と聞けばこの団では背が伸びる。第5竜騎士団は若くして武功を立てた人間が最初に団長や隊長としての地位を賜る場として機能していた節がある。そのため、事実レイの前の前の団長は弱冠22才という異例の若さでこの団の団長として配属されていた。そんな若さ獅子とまで呼ばれた青年の姿に憧れて多くの若者が学園を卒業した後の進路としてこの団を志していた。見習いの多くは彼の側仕えになりたいと思っていただろう。そんな彼にアルフレット自身も憧れてこの団を志望した一人だ。そんな彼に憧れた団員達は彼に崇拝の念すら持っていた。
ーだが………ー
「とりあえず、何から始めるべきか………」
さきほどまでクライシスの病室でうちひしがれていたとは思えない剛胆さで淡々と若き上司は書類に目を通している。そうそんな英雄ともいうべき若き獅子が居たにも関わらず、彼が1年前に団長の地位を国からおしつ………違った賜ったのはひとえに………。
ー前々団長が国を裏切ったからに他ならないー
他国の麗しき姫に心を奪われた若き獅子は姫との婚姻の見返りにこの国を売った。他国の急襲の報を受けて出撃の命が下った団が国境に向かうもそれは罠の中。元々若者が多いこの団員達は訳の分からない状況になすすべなく全滅の危機に襲われていた中、“うわー、半月で予算編成すんの?”と今も宣うこの少年が全ての状況をひっくり返した。合格する奴は全て変人とまで言われるエルバート公国の中途編入試験に最年少で合格し、当時百人隊長でしかなかった少年は右往左往する新兵達を前にたった一言。
『うっせぇな!仮にも竜騎士だろだろうが!死ぬ覚悟もないのに戦場に来てんな!ぴーぴー泣くな!っ………たく!生きたい奴は全部装備外して後ろ振り向かずに国に向かって飛び続けろ!俺が殿引き受けてやるから!』
軍において敵前逃亡の離脱命令は死を意味する。それを自分の隊の倍以上の敵と交戦しながらも新兵の盾になっていた少年の命令に初陣だった面々が涙を拭いながらも騎手を返していく。その姿に自身も血まみれにしながら戦っていたアルフレットは“おい”と声をかけた。その声に初陣だった面々を見送りながら文字通り、敵をほふっていた現団長はニヤリと微笑んだ。
ーお前も手伝えー
その言葉に巻きこれて今に至っている。まだ24歳なのに第一隊隊長を押し付けられたのだ。一人現実逃避をしていたアルフレットは逃れたい現実に戻ってくると年下の団長に声をかける。
「で、実際にはどうするんだ?」
複雑な状況での団の再編成が上手くいく訳もなく、有能な人材が不足しているこの隊は若き団長を補佐するクライシス副団長の実積も後押ししてなんとかやってきた節もある。アルフレットの質問に書類に目を通すふりをしながら考えに沈んでいたレイは“ふー”と息を吐く。
「ロディを副団長には出来ないだろうから、王都に報告して人員を回してもらうしかないな」
現在、魔術師団のNo.2を務めるのは女性ながらにその実力を認められたーロディア・オリオンーだ。クライシスの補佐を務め、その実力は認められつつも女性だというだけで軽んじられている。騎士団の状態が不安定な中で副団長に抜擢するには彼女の身が心配だ。
「でも、悪評名高い第5竜騎士団への異動を快諾する奴がいる訳ないからロディアには実務の方だけを任せて維持するしかないよな」
「なら、一番隊から信用の置けるのを二人ばかり護衛につける」
「頼むわ」
アルフレットの言葉に頷いたレイはそれにしてもと目の前に積み上がる書類を睨みつける。
「うちの事務員はなんでこんなに誤字に誤文法が多いんだよ!」
「かろうじて読み書きが出来る奴を集めて使ってるからな」
「分かってる………」
その指摘にうろんげな瞳で書類を見返したレイはさらに溜め息を追加する。そこにあるのはミミズがのたくったような悪筆。そもそも辺境の騎士団で文字が読み書き出来るのは一定の階級以上のやつぐらいだ。さすがに自分の名前が書けないのは困るので、新兵にはもちろん名前が書けるように指導する。そんな奴らが揃う場所で目にする書類は誤字も多ければ脱字も多い。そんな書類を読んで要望から予算の目処をつけて半月で王都に提出。
「………………俺、死ぬかもしんない」
要望書を明日選別は他の奴にさせるが読み書きよりもハードルの高い計算をこなす奴を自分はこの隊で4人しか知らない。一人は自分。もう一人はロディア・オリオン。三人目は会計担当責任者。そして………もう一人は………………。
「………アルフ」
「………なんだ?」
逆境に燃えている筈の団長の低い声にアルフレットは嫌な予感を交えて問いかける。そんなアルフレットをよそにレイは親指を立てて満面の笑みを浮かべる。
「俺がお前も計算出来るようにしてやるよ!」
「嫌だ!」
上司の満面の笑みがどれだけの怖さが混じってるかを知るアルフレットは即座に拒否する。そんなアルフレットを横目に遠い目をした第5竜騎士団ーレイ・アルフォードーは口を開く。
「とりあえず、王都には若くてピチピチした活きのいい性別が男の計算が出来る奴を要望するか………」
「そうしろ………」
ー若くてピチピチの活きのいい計算の出来る男ー
一騎当千の働きか出来る魔術師よりも計算の出来る魔術師を第5竜騎士団は欲していた。
ーその5日後ー
「………………………………」
若くてピチピチの計算も出来る男ーユークリッド・コンフリートーは自分宛に届いた分厚い手紙に戦くことになる。
ー拝啓、コンフリート殿ー
………から始まる恋文かと思うほどの5枚に渡る第5竜騎士団への異動を感謝する手紙を読み終えたユークリッドは横に立つ同期リランに問いかける。
「私は嫁に行くんではなく………副団長として行くんですよね」
「それ以外に何があんの?」
「ですよね………」
まるで恋文のような熱烈さで歓迎を伝えてくる手紙に一抹の不安を抱いたユークリッドが現実を理解するのは1ヶ月先になる。ふうとため息を吐いたユークリッドはこの世界での初めてのー職場異動ーのハードルの高さを知る。
「とりあえず、1ヶ月先が着任日っていう時点で驚愕です」
物理的な距離もさる事ながら、移動手段が馬か徒歩の世界。
ーまさに異世界の人事異動は命がけだったー
いつもお読み頂きましてありがとうございます。設定が甘くて申し訳ありません。まだ二人が出会う所にまでは行きませんがポチポチと頑張りますのでお付き合い頂ければ幸いです