職場の抱える問題は異世界でも変わらない………
ー本当にどこも変わらないー
異世界に転生しても“左遷人事”からは逃れられず、“職場イジメ”に合う始末。目は逸らし続けていたがなんら前世とは変わらない職場と人間関係の真実に本日とうとう気づいてしまったユークリッドは老朽化した天井を見上げてため息を吐く。
「無視すんなよ! 」
横でキャンキャンと喚く新人の声すらBGMにしかならない。暫くの間、煤けた天井を眺めていたユークリッドはふうと冷静になった頭で“走り屋新人”を見据える。
「せめて最低限の礼儀ぐらい弁えなさい。貴方も成人を迎えた大人です。いつまでも親の七光りにすがってるようではこの世間の荒波をどう生き抜くつもりですか?」
「なっ………!!」
普段にはないユークリッドの嫌みに左遷人事を嘲笑うつもりでやって来ていたノワールは思わぬ反撃に口をパクパクとさせる。その姿から興味をなくしたユークリッドは再び書類に向き直る。こいつとは金輪際出会いたくはない。何より異動するのだからもうこの馬鹿に付き合う必要はもうない。キャンキャンと喚く新人を横目に異動に当たっての計画を立てる。明日には塔全体に知れ渡っているだろう事を予想して引き継ぎ資料と机の片付けが最優先だ。何よりモンスター新人の引き取り手を探さないとならない。親の七光りを背後に従えるこの馬鹿を引き取ってくれる………奇特な人間を………。
「リド」
「………………………」
考えにふけっていたユークリッドの前にぬっと長身の男が立つ。キャンキャンと喚く新人すら軽くねめつけて黙らせた青年ーフラン・キャドルーは一人思案顔のユークリッドに肩を竦める。自分を呼ぶ声を聞き逃す相手はトントンと手にした筆記具で紙を叩いている。そんな同期の姿に呆れた顔をしたフランは肩を竦めて再度声をかける。
「おい、リド。リド、聞こえてるか?」
「………フラン………?」
その声にようやく夢から醒めたように顔を上げたユークリッドにフランはにやっと笑う。
「おう。お前が異動するって小耳に挟んだから来てやったぞ~」
「………………………………………」
自分よりも遥かに背の高い相手は学院時代の友人だ。茶色い髪と緑色の瞳。真っ黒なローブを来た相手は下町のガキ大将をそのまま大きくしたような性格だ。自分に対しては裏表がないので友人として親しくはしているが………こんな時は彼に建前を学んで欲しいとは思う。まだ内示の段階なのだから。同期の発言に目眩を覚えたユークリッドはため息を吐く。この国の機密保管に不安を抱く。ま、前世で上司から内示連絡を受ける前に同期から異動を知らされた出来事よりもそんなに衝撃的ではない。
「いったいどこから聞いたんですか?」
諦めたように軽く嘆息するとフランがニヤリと笑う。
「それは秘密」
「そうですか」
その反応にユークリッドは知らず知らずに詰めていた息を吐く。生まれてからこの方………王都からあまり出ずに生活が出来たので王都を出る内示に不安を感じていたらしい。そんなフランの姿にユークリッドは淡々と口を開く。
「第5竜騎士団副団長着任の内示を頂きましたよ」
「第5竜騎士団?」
「ええ」
フランが眉根を寄せる中、淡々とユークリッドは応える。どうやら耳の早い同期でも行き先は知らなかったらしい。
ー第5竜騎士団ー
その名を聞いて眉根を寄せる人間は多い。騎士団への異動は王都に住む魔術師にとって左遷人事だ。その中でも北方の国境にある第5竜騎士団は二年前に起きたとある事件以降、全ての人間から忌避されている。
「何より第5竜騎士団に行くからと言って別に死ぬと決まった訳じゃありませんからね………何とかなるでしょう」
二年前に起きたとある事件はこの王都を揺るがすほどの大事件だった。しがない魔術師の一人である自分の耳にすら届くほどに。ユークリッドの反応にフランもフッと笑う。
「ま、確かにな~。一応、出世人事だし」
「確実に今よりお給金はよくなりますね」
「羨ましい」
「代わりましょうか?」
「遠慮する」
ユークリッドの言葉に生真面目な表情でフルフルと首を振ったフランはさてと腰に手を当てる。
「んじゃ、引き継ぎ始めるか~」
「はい?」
友人の反応に笑っていたユークリッドはその発言に小首を傾げる。ユークリッドが自分をマジマジと見上げる姿にフランはニヤリと笑う。
「正式通知は明日らしいけど、ちなみにお前の後任は俺なんだってさ」
「………………………………………」
フランの台詞にユークリッドは遠い目をした。本気で異世界の人事異動の緩さとその機密保持力を嘆きたくなる。だが………。
「なら、あの馬鹿もお引き取り願えますか?」
横で威圧的なフランの態度に尻込みしている新人を示すとフランが肩を竦める。
「あ~、出来たらお引き取りしたくないけど引き受けるわ」
「よろしくお願いします」
引き取り先が見つかるかが心配の種だった“走りや新人”をあっさりと後任の同期に押し付ける。横で“え!”とした顔をする新人を前にユークリッドは微笑む。
「良かったですね。ノワール君、彼は塔の新人研修担当者でその名を知らないほどの強者です。君のその残念なおつむでも分かるように教えてくれますよ」
その発言に多くの人間が固まる中、ユークリッドだけは晴れ晴れと微笑むのだった。
ーその頃ー
「団長!!団長、聞いて下さい!!」
手に紙を握りしめた一人の青年騎士が息を切らしたまま最上階の部屋の扉を蹴破る勢いでぶち開ける。その衝撃に勢いよく何かが崩れる音がしたがそれすら気にならないほど青年騎士は興奮していた。
「ようやく………ようやくクライシス様の後任が決まりました!」
「マジで!本当に!」
耳に届いた言葉にガバッと顔を上げた第5竜騎士団団長は据わった目を向ける。
「本当に………本当に………ようやく決まった………のか………?」
悲痛さを交えて喉から絞り出された声に青年騎士がこちらも目に涙を溜めながら感極まったように頷く。
「はい、決まりました!」
「………………………………………」
青年騎士の言葉に少年はようやく夢から醒めたかのように天井を見上げる。
ー長かった………ー
王都に要望を出してから早一ヶ月………。いつその知らせが届くかとどれほど待ち望んでいたか………。団の全ての書類が集まってくるこの場所は最早何かの倉庫かと言わんばかりに紙が積み上がっている。中央に置かれたこの机にくるには竜騎士の身体能力をもってしても至難の業だ。その証拠に伝令役の若き青年騎士は扉の中に踏み込みことはせず、部屋の入り口から歓喜の声を届けてくれている。
ーもうすぐこの地獄から解放されるー
数百人の規模の人間が暮らすこの砦において全ての書類の決済がこの場所に集まっていた。溜まっていく一方の書類を前に第5竜騎士団団長ーレイ・アルフォードーは輝きを失っていた瞳に光を取り戻す。
「すぐに歓迎の手紙を書く!とにかく、王都には1日でも早く………1日でも早く来て欲しいと伝えてくれ!」
「はっ!!」
団長の言葉に一礼をした青年騎士は王都に返答するため、走り出す。
ーそうー
王都には知られていなかったが人材不足の第5竜騎士団はただいま結成以来の危機を迎えていた。
大変お待たせ致しまして申し訳ありません。いつもお読み頂きましてありがとうございます。
レイ君の職場環境を整えてやりたいと思いながらも、自分の仕事が山のように8月は積み上がっておりました。ようやく投稿出来て嬉しいです。