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とりあえず、異世界の労働問題を解決しようと思います  作者: 高月怜
とりあえず、異世界の労働問題を解決しようと思います
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出世とは名ばかりの左遷人事

「どけ!」


前を歩く自分よりも年かさの男がその声に慌てて道を譲る。その横を背に竜と剣の衣装が刻まれたマントを翻した一人の少年が駆け抜ける。まだ十代半ば程の黒髪黒目の少年が駆け抜けていく姿に周囲の人間は何事かと道を譲る。


ー少年の目指す先はただひとつー


伝令に来た魔術師を自分の執務室に置き去りにしたがそれぐらい些末な事に思えるほど………事態は深刻だった。普段なら自身の腰ぐらいの高さにある生け垣を飛び越してまでショートカットしない道程もカットする。そんな自分の目に入るのは自身の身長の数十倍も高さのある魔術師達の訓練所。普段の訓練中では閉められている筈の扉は開け放たれ、訓練所の中では魔術師の証であるローブを身に纏った人影達が一人踞る初老の男性をおろおろと取り囲んでいる。その姿を目にし、少年は柄にもなく焦る。普段は上司である自分すら躊躇わずポカリと殴る初老男性が足を抱えて呻いているではないか………。


「じいちゃん、大丈夫!………あ、いてっ!」


その姿に怪我を心配して駆け寄って膝をついた途端に急襲した拳を避ける暇もなく頭を殴られた少年ー第五竜騎士団の若き団長ーは涙目で自分の副官である魔術師を睨む。


「何すんだよ!爺!」


「爺呼ばわりするでない!このひよっこ!」


地面に踞り、片手で膝を押さえた男性はそう叫んでから“いたた………”と呻く。その様子にようやく事態を把握した少年は何が起こったのかを悟って安堵の息を吐く。


「何………またどっか痛いの………」


「またと言うでない………いてて………」


「あー、はいはい。ったく………」


“倒れた”と聞いた時は何事が起こったのかと慌てて駆けつけたが何度目かの“ぎっくり腰騒動”らしい事実に若き団長ーレイ・アルフォードーは額に手を当ててため息を吐く。


「クライシス………だから、いつまでも若いなんて思うなって言ってんじゃん。常日頃から………」


どうせ今日も若い連中の前でいい格好を見せたいばかりに年も考えずに無茶したのだろ。普段の訓練中なら“また”で済んだが、今周囲を取り囲む魔術師達の面々は新顔で年は自分とトントン。つまり今年の入団者達だ。慌てた面々がよく事態も把握せずに自分の元に伝令を送ったのだろう。“はぁー”と一つため息を吐くとレイは魔術師のまだ卵と呼べる面々達を前に口を開く。


「あー、悪いけど………とりあえず医務室連れてくから今日の訓練は終了な?」


『は、はい!』


憧れの団長の言葉に一斉に返事をする新人達を前に若き団長は呆れた表情で膝を押さえている男性の肩に手を回す。


「とりあえず、医務室行くぞ~。じいさん」


「じいさん、言うな!いてて………………」


「はいはい………」


自分に小言を言う相手をいなしながらレイ・アルフォードは医務室に向かって歩き出した。



ーそして………ー


「痛風?」


いつもぎっくり腰だとばかりに医務室に副官を運んだレイは医務官の言葉に目を瞬く。上司の言葉に重々しく頷いた医務官はクライシスの腫れ上がった足の親指を示しながら嘆息する。


「はい、痛風ですね」


「………………………」


その診断結果を前に少年は医務室の天井を仰ぐ。“いたた………”と呻く副官の声すら遠く聞こえる。


「まじか………………」


年季が入って煤けた天井を見上げて現実逃避をしてみたレイ・アルフォードは“ふうー”と嘆息する。それは激務で、更に遠征が多い騎士団にとっては致命的な病名だった。


ー痛風ー

それは発症すると3日~10日ほど痛みを伴う。半年から一年に一回ほどの頻度で発症し、悪化してくると足の親指の関節が腫れ、歩けないほどの痛みを伴う病。


“いたた………”と痛みに呻く自分の副官を前にレイは再度ため息を吐く。


「まじか………………………」


今は………厳しい冬を乗りきり………新しい息吹が山に芽生えるそんな季節。国境を守る騎士団は忙しさの最盛期を迎える。予算申請書類に、新兵の教育など………など………。春の騎士団はそれこそ猫の手が借りたくなるほどに忙しい。


………だから………


「こんな糞忙しい時期に何、痛風になんかなってんだよ!糞爺!だから、あれほど酒は控えろって言ったのに!!」


痛みに呻く老体に向かって半泣きの表情で詰る少年を誰一人として責めないでやって欲しい。




ーそして…………1ヶ月後ー


もちろんその余波は王都にまで波及する。


「………第五竜騎士団ですか?」


上司の呼び出しに応じたユークリッド・コンフリートは自分の耳に届いた言葉を繰り返す。その言葉にユークリッドを呼び出した上司は重々しく頷く。


「ああ………君の手腕を見込んで是非君には第5竜騎士団の副団長として行ってもらいたい………」


「………………………………」


目の前の上司の言葉を吟味するために大きな深呼吸と瞬きを三回繰り返したユークリッドはその言葉の中に含められた意味を嗅ぎとる。


ー体のいい左遷人事か………ー


別に今の職場で何か問題を起こした記憶はない。健全堅実にをもっとうに王立魔術学園を首席で卒業した自分に対して示された人事異動にしては辺境も辺境の場所。また魔術師の端くれとは言え、いまだ平和なこの国に置いて必ず王都よりも確実に戦場に立つ機会は増えるだろう。

   

ーだからこれは出世とは名ばかりの左遷人事ー


「………お受けいたします」


自分の死を願う人間がこの世にいる。それは確実だ。この左遷人事は受けること以外、許されていない筈なのだから。自分の応えに目をかけてくれていた上司が辛そうに口を開く。


「すまない………守ってやれなくて………」


「いえ」


辛そうに告げられる言葉を前にユークリッドこと………前世青山陽一は嘆息する。


ーどこの世界にも他人のやることを             気に入らない人間とは居るものだー


今世では24年。前世では55年分を通して知っている。


「慎んで第5竜騎士団副団長への辞令、お受けいたします」


庶民だった前世とは違い、今世では貴族様として生を受けたユークリッドは優雅に微笑むと礼をした。

誤字・脱字がありましたら申し訳ありません

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