目には目を歯には歯を………やり過ぎにはご注意を。
今回も引続き飲酒の場面があります。未成年の飲酒はダメ、絶対!
業界=せかい とお読み下さい
喧騒と食器とトレイのぶつかる音で騒がしい食堂内で向かいあって食事をとっていたアルフレットはニヤリと笑う上司に呆れ顔で突っ込む。
「いやいや………らしいな………じゃないだろう………お前」
アルフレットの突っ込みに肩を軽く竦めてみせたレイは笑みを消す。
「それ以外に何があるよ?」
今日の夕食であるトマトと腸詰めの麺和えを口に運びながら問いかける。その何が問題だよ?と言いたげな態度にアルフレットは自身のチーズ焼きをつつきながらため息を吐く。あの3馬鹿トリオは有力な貴族の子息なので言い逃れが出来ない証拠か責められる失敗がない限り、理由もなく左遷出来ない。
「今の3馬鹿トリオが話題にしてたのがユークリッドだと分からないほどお前は馬鹿じゃないだろ………」
「十中八九はユークリッドの事だろうな」
アルフレットの言葉を肯定し、レイは果実酒を飲む。そのいかにも俺には関係ないと言わんばかりの態度にアルフレットは眉をひそめる。
「お前なぁ………」
厄介だからこそ、早く手を打てとせっついているのにとアルフレットが厳しい視線を向ける。その視線に果実酒の入ったコップを机に置いたレイは組んだ手の上に顎をおいて軽く首を傾げる。
「ユークリッドの事を言われたからなに?俺が代わりに喧嘩を買ってどうすんの?」
アルフレットを見据えて、レイは冷めた目を向ける。
「あいつは成人した大人。ガキでもないのに相談される前から手を出してどうする?」
冷めた目を向けられたアルフレットは言葉に詰まる。食堂の喧騒が沈黙を支配する。そんなアルフレットから視線を食堂に向けたレイは周囲を見回してから再度視線を戻す。
「冷たいかもしんないけど、これはユークリッドが乗り越えないとならない壁だ。他人が手を出していい事じゃない。分かるな?」
「それは………分かるんだけどな………」
レイの射抜くような瞳に我知らず、息を止めていたアルフレットはふうと息を吐く。ユークリッドがどういう経緯で左遷されて来たかを知らなければあの3馬鹿トリオに関わるなという忠告したかもしれない。アルフレットの苦虫を噛んだような顔を前にレイは淡々と言葉を紡いでいく。
「もちろんユークリッドが困ったって言えば助けてやるつもりだ」
頼ってきた部下を“知るか!自分で考えろ”とは突き放す事はしない。自分で考えもせずに頼ってきたなら、“考えろ”とアドバイスする。ちなみにユークリッドに生命的な意味合いでちょっかいをかけるやつがいればその相手は誰にも知られずに始末するつもりだ。もちろんアルフレットにも知られずに………。今の自分から仕事の出来る補佐官を奪おうとする奴は万死に値する。第5竜騎士団を滅亡させる敵だと認識している。そんな事を向かいあっている上司が考えていると知らないはずのアルフレットにレイは語り続ける。
「でもな、アルフ。ユークリッドはこの業界で生きていくしかないんだ」
生命の関わらない事ならユークリッドが成長する種になる。それを奪うことはしない。何より………貴族のしがらみはこの業界にいるのなら逃れることの出来ない宿命。なら早く上手くいなす術を身につけなければ生き抜くことなんて不可能だ。
「………………………ああ」
レイの言いたい事が理解出来たアルフレットは苦い顔で酒を飲む。この業界で生きていくなら貴族の汚ない駆け引きに負ける訳にはいかない。貴族だからと平民を見下してもいけない。自身の立場を理解してその力を活かす方法を自分で見つけないとならないのだ。ちなみにあの3馬鹿は自身よりも年下のこの上司を馬鹿にするようなちょっかいもかけている。それをこの少年は“ふざけんな、殺すぞ!”と物騒なことを呟きながらも実力の違いを見せつけて黙らせていたはず………。
「ちなみにお前はあの3馬鹿トリオのちょっかいをどういなしたんだ?」
「ん?」
アルフレットが苦虫を噛み潰したような顔をしつつもそう問いかけるのにレイは軽く小首を傾げつつも“ニンマリ”と笑う。
「全部違う国の言葉で報告書を提出して来やがったから、学のある貴族のボンボンは違うな~と思ったから旧神聖語に全て書き直して返してやっただけ」
「………お………おう………」
凄まじいまでに輝く笑顔で今では使われなくなって久しいこの国の前身であった国の超難解だと言われる言語に書き直したと宣う上司にアルフレットは違う意味で戦く。あんなに忙しく追い詰められてる最中に“何やってんだ………お前ら”と思ったアルフレットは突っ込んだら負けだと遠い目を向ける。硬直したアルフレットを前にレイはいい笑顔で微笑む。
「あいつらにも学習能力はあったらしくて。次からはちゃんと誤字のない書類を出すようになったぞ。もちろん新神聖語で」
「………………そうか………」
「おう!」
輝く笑顔で“息の根を止められるよりもよっぽど嫌な仕返し”をされた相手を思ってアルフレットは目の前の上司をまじまじとみやるのだった。
ー上司が物騒な会話を交わしているそんな頃ー
日勤から二時間ほどのサービス残業を終えたユークリッドはようやく羽ペンを机に置く。
「ようやく………終わった………」
明日自分の仕事として回ってくるはずの書類を片付けたユークリッドはふぅとため息を吐く。それに自分ではまだ難しい書類を片付けてもらったスプレッドは泣きそうな顔で頭を下げ続ける。
「すいません、すいません!本当に申し訳ありません………」
「同じ被害者のあなたに謝られる筋合いはありませんから大丈夫ですよ」
横で謝り続ける部下を前にユークリッドはこの状態を早急に解決したいと思う。まだ新米の事務官には難しい書類は山ほどある。今は自分が手伝うことでなんとかなっているが実際にはこの仕事をこなすべき役目の人間がいるのだ。彼らを使わずに仕事をした弊害は必ず生まれるものだ。
ーだが………ー
「………………………………………」
ユークリッドがこの状態でも容認している最大の理由は相手が高位貴族の子息であるからだ。自分の部下であるからと相手を簡単には叱れない。その結果が今の自分だからだ。
ーもうこんな思いはしたくないー
自分が左遷される原因になったのも貴族世界のしがらみを上手くいなす術をもたなかったから。ぐっと拳を握りしめたユークリッドは“はぁ”とため息を吐いて額に手を当てる。
ーどうしたらいいのか………ー
今、自分は逃げて来たはずのしがらみに囚われて身動きが出来ずにいた。
いつもお読み頂きましてありがとうございます。誤字・脱字がありましたら申し訳ありません。
少しでも楽しんで頂ければ幸いです。
ネット小説大賞に応募させて頂きました。頑張って投稿していきたいと思いますのでどうぞよろしくお願いします!