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ギルドライセンスはポイントカードじゃありません

「第3竜騎士団、この費用の出所は?」


「そちらについては別途添付資料にて確認お願いします」


「分かりました」


目の前に資料として用意された紙を見ながら寝不足気味の頭でユークリッドは飛び交う言葉に必死でついていく。王都会議初日は事前提出した予算の消化状態の確認から始まった。一同に介した竜騎士団と魔術師団の合同会議は第1竜騎士団と魔術師団を上座にそれぞれ向かい合う席順で座り、互いの団の経理状態が適正に運用されているかを確認していくのだ。


「第2魔術師団、この費用について説明を」


第4魔術師団の副団長は第2魔術師団にちょくちょく上がってくる“修繕費”なるものを指差し、説明を求める。その指摘にアデルは満面の笑みで迎え打つ。


「それは必要経費です」


「いや、その」


「必要経費ですが何か問題でも?」


とまぁ他の団に知られたくないことを無理やり笑顔で押し通す団長が居たり……。その傍らでカイルがひきつりながら笑っている。そんなに頻繁に第2魔術師団の修繕費が必要な理由が気になって仕方ない。


「第5竜騎士団、災害級魔獣を殲滅した際のギルドからの依頼料は?A級ライセンス保持者と言えども軍属であるからにはそれなりに節度をもって報酬を受け取ったのだろうな」


世界共通のギルドライセンスを持つ軍属者はギルドを通じて仕事を受ける時は軍属であってもお礼金が出る。そこを第3竜騎士団が指摘した途端、自分の横に座った少年が満開の笑みで嬉しそうに笑う。


「聞いてくれ。厩舎の雨漏り直すのに使った」


「は?」


「去年の冬から予算なくてどうしようかと思ってたから俺個人にギルドからもらった金は全部厩舎の雨漏り直すのに使った。確か問題ないよな?俺からの寄付でやったから」


一人嬉しそうに笑う少年に他の団の団長と副団長が押し黙る。だがつい先日ずっと直したかった厩舎の雨漏りを直した第5竜騎士団団長は止まらない。


「軍の仕事で行ってもギルドライセンス持ってるだけでお礼金でるじゃん。A級ライセンスだと結構な額さ。いや、本当にこういう時に持ってるだけでA級ギルドライセンスって役に立つよな~」


『…………………………』


心の底から嬉しそうに笑う少年に他の団長と副団長は複雑そうに押し黙る。全世界共通のギルドライセンスは保有するにはそれなりの能力を求められる。なので持つだけで一種のステイタス。決して自分の意思だけで入会出来るどこぞのスーパーのポイントガードなどではない。それなのに世界でも持つ者が限られるA級ライセンスをいかにもお得なポイントカードのような認識で所有する少年に切ない表情を晒す面々にユークリッドは心の底から謝罪する。


「……すいません……」


キング◯ドラ事件の際に倒した直後にこれで厩舎の雨漏りが直ると大声で叫ぶ上司に感じた切ない思いを共有したユークリッドは遠い目をすると覚悟を決めて上司の肩を掴む。


「団長、それ以上は止めて頂けますか?」


「ん?」


嬉々として持ってるだけでお得なギルドライセンスの利点について話す上司をユークリッドは部下として止める。


「団長、ギルドライセンスはポイントカードではありません」


ーギルドライセンスー

それは世界共通で決められた資格であり、決して持ってるだけで色んな施設でご優待がきくポイントカードではない。


「ん?」


ユークリッドの言葉にきょとんとする上司に全員が深いため息を吐いた。




「あー、疲れた~」


休憩の合図を聞いて会議室を出た途端、レイは伸びをする。普段から事務作業をしているがやはり会議となるとそれなりに肩が凝る。その後をついてきたユークリッドは苦笑する。


「そうですね。でも時刻的には次の議題が終われば昼食だと思います。もう少しの我慢ですよ」


そう口にしながらユークリッドは上司の横顔を伺う。昨日のような不健康な青白さは消えたがまだ疲労の色は濃い。そのことにユークリッドは昨夜の第2魔術師団の二人との会話を思い出す。



「団長?」


急にいらえがなくったことに驚いて視線を横に移したユークリッドの視界に入ったのは一人がけ用のソファーに腕を組んだまま寝ている上司の姿。


「団長」


慌てて起こそうと椅子から立ち上がったユークリッドに事態に気づいた二人が苦笑しながら止める。


「別に構いませんよ」


「寝かせておいてあげて下さい」


「ですが……」


その言葉に甘えていいのかと悩むユークリッドを前にカイルがヒラヒラと手を振る。


「大丈夫ですよ。何より休んでる姿を見る方が安心出来ますから」


深く寝入ったのか身動ぎ一つしない相手をみやってカイルは嘆息する。


「いくらタフだとはいえ、辺境の第5竜騎士団から仮眠もほぼない状態でやって来て、満足に休めてないなら休める時に休まないと参っちゃいますからね」


上司を眺める視線に無茶をする子供を案じる思いが混じってるのを感じとり、ユークリッドは再び自分の座っていた椅子に座り直す。そんな相手にユークリッドは視線を戻して問いかける。


「すいません、話は少し変わりますが……そんなに負担になるんですか?」


魔術師である自分は竜騎士にあまり接してこなかったため、竜騎士というのがあまり理解出来ていない。その言葉に目を瞬いたカイルはちらっと横に座るアデルが頷くのを確認してから口を開く。


「えっと……俺は魔術師じゃないから何とも言えないんだけど。魔術師って、そこら辺に漂ってる魔力を集めてボン。だから魔術師は魔力を集めるのに自身の魔力を使って、精密なコントロールをする。それとは違って竜騎士は周りに漂う魔力をその身に取り込んでから魔力を自身を媒介に竜に渡すんです」


その説明にユークリッドは目を見開く。


「だから竜の大きさは竜に与える魔力の大きさで決まるし、魔術師と違って魔力を集めて外に発露するのは苦手なんです」


そのため魔術師と竜騎士の違いは発露する魔力の方法が真逆と言っても過言ではない。カイルの苦笑混じりの言葉にユークリッドは上司に視線を移す。


「だから、魔術師も操る魔力量によって緻密なコントロールが要求されると精神的疲労と自身の中の魔力を切らしたら倒れるけど、竜騎士は竜を維持するためには常に自身に魔力を取り込んで流し続ける必要がある。魔術師も竜騎士も周りの魔力を使うには自身の魔力を微量とはいえ、使わないといけないから精神的にも肉体的にも魔術行使は永続的には難しい。だからいくら竜騎士でも魔術師と同じように精神的疲労を回復させるのと自身の中の魔力を回復させるには睡眠をとって休まないと戻らない」


カイルの説明にユークリッドは自身の無知に顔を半分覆う。


「知りませんでした」


砦を立つ時にナイルがあれほど渋っていた理由が今になって分かる。


「だからほぼ休息なしの強行軍はよほどの事がない限りはしないんです」


「した後は必ず休ませますね。無理させ続けると死にますからね」


アデルも死んだように眠るレイを見て肩を竦めた。大概の竜騎士は魔力を使いすぎるとへばって使いものにならなくなるのだ。なのに今日、少年は普通な顔で動いていた。落ち着いたら眠くなっても仕方ない。


「気にしないで下さい。俺達、竜騎士は魔術師適正か竜騎士適性かを受ける時に聞かされるので皆知ってるんですから」


そう笑うカイルにユークリッドは頷きながらも顔を上げて嘆息する。そして年下上司の言うことはこれから話半分に聞こうと決める。


「あの子から聞きたいことは聞けましたし、後はあなたの説明にかかってます」


「はい」


団長が無理をしてでも通してきた案の説明を聞いたユークリッドは自身の持つ資料に視線を落とす。


「全力を尽くします」




「ユークリッド?」


「すいません、ちょっと眠たくて」


昨夜の会話を思い出していたユークリッドは自分を呼ぶ声に視線を落とす。そこにはこちらを心配気に伺う上司の姿がある。


「大丈夫か?」


「はい。団長の方こそ大丈夫ですか?」


あの後、屋敷を後にするまで起きなかった上司に問いかけるとニッと笑われる。


「俺は大丈夫だよ」


その言葉にユークリッドは嘆息する。今日は今日で第2魔術師団のアデルと共に第4魔術師団の団長と夜に会食するとの事。ここのところ仕事の立て込む上司の体調が本気で心配になる。だがそう伝えてもこの若き上司は大丈夫というだろう。だが釘は指しておくに限る。


「ですが、無理は禁物ですよ」


「わかってるよ」


その答えに苦笑してユークリッドは話を変える。


「でも、確か第2で50名。合わせて100名でしたね」


昨夜の確認を装うとこちらを見た上司が苦笑する。


「悪いな。そこが妥協点だった」


罰の悪い顔をする上司にユークリッドは首を振る。


「いえ。充分です。ありがとうございます。本来なら私の仕事でしたのに」


そう告げると上司がニッと笑う。


「気にすんな。竜騎士団は俺の管轄だ」


「うちは我関せずでしたからね」


団長の肩を竦める姿にユークリッドも嘆息する。ノワールの受け入れを魔術師団内で会議した際、誰もが反対しなかった。あのコミュ障どもに自分達が面倒を見る事になる意識があるとは思えない。竜騎士達に全面的にお世話になるのだがら人数に文句など言えない。ユークリッドが疲れた表情で肩を落とす姿にレイは笑う。


「安心しろ。そこも折り込み済みだ」


「ご迷惑をおかけします」


ギルドライセンスをご優待つきのポイントカードのように扱う上司だがそういったところに抜け目はない。


「んじゃ、また戻るか」


「ですね」


暫しの息抜きを終えてレイは首を鳴らす。


「あー、面倒くせぇ」


「会議とはそんなものです」


愚痴る上司を宥めながらユークリッドは再び部屋に戻った。

いつもお読み頂きましてありがとうございます。誤字脱字がありましたら申し訳ありません。

少しでも楽しんで頂ければ幸いです。


100話記念小話はこのシリーズの番外編としてシリーズ化します。本日中に投稿出来るように頑張ります。

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