人の印象はだいたい90秒で決まるそうです
「お疲れの所に申し訳ありませんが、団長がお待ちです。これからご案内させて頂いても?」
ひとまず、挨拶をしたアルフレットは目の前に立つ魔術師の青年が予想よりも年若いことに驚く。銀髪、碧眼でいかにも女性受けしそうなイケメン。体も細いし、お貴族様はだいたい長旅に疲れたと挨拶を嫌がる。ならば、部屋に案内して飽きたらお帰り頂く方が楽でいい。そんな事を内心で思っていると目の前の青年が微笑む。
「お忙しいとは思いますがよろしくお願いします」
「あ~なら誰かにあんな………………はい?」
部屋に案内させて頂きますねと続けようとしていたアルフレットは予想外の返答に目を瞬く。そんなアルフレットにユークリッドは更に笑みを深くする。どうやら自分は侮られているなと態度から感じとる。新しい職場で、しかも上下関係の厳しい軍隊で暗に“挨拶しなくていい”というニュアンスを漂わせるのはおかしい。
「上司になられます方に着任のご挨拶させて頂くのは当然の事です。お手数ですが荷物を置きたいのでそれから部屋に案内して頂けると助かります」
目を見張ったアルフレットを横目に椅子の横に置いた鞄を開いて仕事用のローブを取り出す。
「いや………その………」
「ああ………この姿ではいささか失礼かと思いますが、これからお世話になる上司の方にいの一番にご挨拶させて頂きたく思います。しかし、失礼に当たりますからローブだけ替えさせて頂くので少々お待ち下さい」
アルフレットの戸惑いをよそにユークリッドはそれまで着ていた旅用のローブを脱ぎ、仕事用のローブを旅装の上に羽織る。
「お待たせ致しました。さぁ、行きましょう」
アルフレットの戸惑いをよそに鞄を片手に携えたユークリッドは柔和に微笑む。
「ご挨拶しなくては」
「………ご案内します」
ユークリッドの優男風な印象を覆す強引さにアルフレットは頭をかきながら内心でため息を吐くと覚悟を決める。
「こちらになります」
それでも諦め半分は隠しも出来ず、自分が先を歩きだした。
「………………………………………」
案内役を仰せつかったのはいいのだが、実際には寮への案内になるだろうと高をくくっていたアルフレットは今の現状にため息を吐く。どう見てもお貴族様な青年がこの辺境の地に来たくて来たとは思えないのだ。感心するのはあの山道を登って来たにも関わらず、あまり疲れた様子を見せない所だろうか。連れだって歩き出すと見慣れない青年と歩く自分に気づいた面々が興味深そうにこちらを伺うのが分かる。その視線を睨む事で近づけないようにしながらもアルフレットは横を静かに歩いているお貴族様に声をかける。
「コンフリート様はどうやっていらっしゃったんですか?」
迷った末にどうでもいい事が口から漏れる。その質問にユークリッドはアルフレットをチラッと見上げながらも頷く。
「下の街までは乗り合い馬車で。遠いとは聞いていましたが、実際かなり遠いので驚いています。ですが、王都からあまり出た事がありませんでしたので非常に勉強になりました」
この数週間の移動距離に思いを馳せながらユークリッドは頷く。それにアルフレットは泣きたくなる。
ー物見遊山かよ………ー
どうせ挨拶するのも自分はここに来ても仕事をする気はないとか宣うのだろう。レイには悪いが新しい副官が来るまで頑張ってもらうしかない。それを思ってため息を吐くと何を思ったのかユークリッドが更に続ける。
「アルフレット様以下、慣れない業務が多いと思いますのでご迷惑をおかけするとは思いますがよろしくお願いします」
「いえ………………」
形だけは仕事をする事を前提に話をする相手にアルフレットは軽く頷く。
ーお貴族様ー
そう呼ばれることからも分かるように第5竜騎士団では貴族出の団員はあまり歓迎されない。別に貴族だからという訳で差別する訳ではない。しかし、やって来た貴族様がこちらに元からいる団員を差別する。貧しい農民出身者が字を書けない事は当たり前だが、それを見て嘲笑う。またこれ見よがしに新兵でしかないのに自家の馬車に寮の部屋に入りきらんばかりの荷物類をもってくるやつもいる。もちろん叙勲されて貴族になった人間にはそんな馬鹿は少ないが、やはり第5竜騎士団にとっては貴族というのは歓迎されない。
「………………………」
最初の歓迎ムードとは裏腹なアルフレットの態度にユークリッドは内心でため息を吐く。自分が高位貴族に目をつけられて左遷された事をよく思っていないのだ。
“厄介者以外の何者でもないですからね”
自分でも上の人間から目をつけられた部下などあまり欲しくない。
「………………………………」
「………………………………」
互いの勘違いから生まれた沈黙が二人の間を支配する。しばらく無言で階段を登り続けて一番上の階に到着すると廊下を歩き出すアルフレットに遅れることなくついていく。
「………………………………………」
気分はもはや罪人の気分だったユークリッドは顔に当たる風に気づいて顔をあげる。顔をあげると冬には寒さをもたらすであろうが素晴らしい眺望を示す物見窓が視界に入る。物も言えずに食い入るように見つめていると先を歩いていたアルフレットが立ち止まったユークリッドに気づいて“ああ………”と外に視線をやる。
「山の上ですからね。街も遥か彼方………山の緑が綺麗でしょう?」
アルフレット自身も見慣れてはいるがそれでもふと疲れてる時に見ると癒される。その言葉にユークリッドは“ええ”と感嘆する。
「世の中には綺麗なものもあるんですね………………こんなにも………」
王都から見た街の景色とも違う山の緑が一面に広がる光景は素晴らしい。ユークリッドの言葉に改めてアルフレットも外をみやる。冬には真っ白な姿を望む事が出来る。それは壮観の一言に尽きる。
「なら、是非とも初雪が降るまでは居て下さい」
「喜んで」
アルフレットの言葉にユークリッドは初めて自然に笑顔を浮かべていた。
ーコンコンー
「入れ」
部屋をノックする音に第5竜騎士団団長レイ・アルフォードは書類から視線を外すことなくため息を吐いた。あまりに突きつけられる現実の厳しさに耐えられなくて案内役を部下に押し付けたのを後ろめたく思いながらも扉が開く音に口を開く。
「アルフ、ありがとう。で、新しい副団長様はどうだった?」
そう問いかけてみてふと人の気配が二つあることに気づく。報告にアルフレットが戻って来たのだと思っていたレイは書類から顔を上げて目を見張る。視界に入る銀髪・碧眼の男は見慣れない青年。というか………見た事はない。その結論からその青年が誰かという事実に辿り着いたレイが口を開くよりも早く、その一言は放たれた。
「とりあえず、休んで下さい。………あなた………死にますよ?」
………後に吟遊詩人たちが彼らの出会いを謳い上げる時に最も有名な一言として歌う一節はここである。
ー黒の英雄と銀の参謀ー
後世に称えられる二人の出会いはこうして始まる
いつもお読みいただきましてありがとうございます。誤字脱字がありましたら申し訳ありません。
ようやく始まる所にやって来ました。前作は来るまでが短かったのでようやく………と一息つきました。楽しんで頂ければ幸いです




