後悔の多い人生でした
「あなた……………」
妻の嘆く声に青山陽一はもう開かない瞳から涙を溢す。耳元で聞く妻の声に胸が詰まった。
ー幸せにするよー
そう決めてプロポーズしたのはいったい何時だったろうか………。君を幸せにすると決めていたが先に逝く。妻よ、まだしがない薄給の主任時代に月二万のお小遣いじゃ足りなくて何回かコーヒを奢らせた後輩独身にコーヒ代を返してくれ。踏み倒したままなんだ。
「親父、目開けてくれよ!」
普段は斜に構えて、俺の中年腹を鼻で笑っていた長男が俺を呼んでいる。断言しよう。お前も40を越えたら、腹に気をつけろ。飲み会の後の締めのラーメンは止めておけ………。
「お父さん………………」
普段は“お父さんなんて、邪魔よ” 平日の休日に家のリビングでごろごろする楽しみを嫌そうに見ていた娘よ。お前にもいつか分かる時が来る。………休みの度に会社に用もないのに出勤してみろ。要らぬ噂が店中に流れるんだからな。
「親父………親父………」
この声はきっと次男だろう。高校に入った途端に髪を金髪に染めやがって。なんだ、盗んだバイクで走り出したい年頃だったのか?休日出勤プラスお前に対する妻の小言のコンボが地味に赤字店舗の売り上げ改善に走り回っていた俺の心を危うく折る所だったんだぞ。今すぐ、詫びろ。
それぞれの声に別れとは思えない言葉をかけつつも陽一は自分の人生を振り返った。これが走馬灯か………と思いながらも顔がにやけるのが分かる。
ーああ………幸せだったな………ー
妻と結婚して、子供が三人出来て………お仕事はブラックなサービス業でも走り続けてきた。でも、パートさんの「お給料もらってるんでしょ?」的な視線に曖昧に笑うしかなかったスーパー店長時代。学生時代、真面目に勉強していたら、安定の公務員に就職出来て、胃ガンで死ぬこともなかったかもしれない。仕事上がりの10時からの体育会系の送別会で一気させられなければ………。先発完投が常習化していなければ………。もしかしたらまだ家族と一緒に居られたかもしれない。遠のく家族の声に一気に胸に押し寄せた後悔に胸が熱くなる。
ー後悔ばかりの人生だったな………ー
病気にならなければ家族と一緒に過ごす時間もなかったかもしれない。それでも………やはり思うことはある。
ー次の人生は健康第一に……ー
決してブラック産業と呼ばれるサービス業には就職しない。安定安心を第一に………その思いを胸に青山陽一は人生の幕を閉じる。
ー享年55歳ー
まだ世間では若いと評される男性の最期は後悔に満ち溢れていた。
設定に甘さがあり、お見苦しいかもしれません。お付き合い頂けましたら幸いです。